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エネミー

作者:上泉友

 宇宙進出、開発が本格化し、人類はその勢力圏を、ついに太陽系外にまで延ばした。
 だが、それを不服とするかのように、深遠の宇宙の闇の彼方から、その存在は襲来した。
 その存在は、地球人類に対し、なんの交渉も、警告も行わずに、一方的に攻撃を開始した。
 宇宙からの襲撃者を、戦いの当初は様々な呼称が使用されたが、程なくして自然に統一される。
 <エネミー>
 <敵>
 人類は反撃に出るが、エネミーとの技術と戦力の差は圧倒的であり、人類は滅亡の危機に追いやられた。
 戦況の逆転を計り、人類は最高技術の全てを投入して、最新鋭の戦闘機を三機製造した。
 三機の最新鋭戦闘機には、人類の救い主にならんとする期待を込めて命名される。
 <トリニティ・メシア>
 <三位一体の救世主>
 そして三人の最高のパイロットが選抜され、トリニティ・メシアは、人類の存亡を賭けて出撃した。


 前方に膨大な数のエネミーを確認した。
「数が多すぎるだろ」
 二号機のロナルドの呟きは、僕の思っていたことと同じだった。
 数が多すぎる。
 前方空間に光の群れが壁のように展開している。
 宇宙空間の闇の中に無数に煌く、一見すると小惑星群のようにも見えるそれらの全てが、エネミーだ。
 このエネミーの壁の向こうに、敵の母船がある。
 中枢である母船を防衛しているのだろう。
 エネミーはこちらの存在を感知し、接近を開始した。
 最初はゆっくりと、次第に早く。
 考えている時間は少ない。
「反物質ミサイル、あと何発残ってる」
 僕が尋ねると、三号機のシェリーが答える。
「二発」
 続いて二号機のロナルド。
「一発」
「僕は三発だ」
 反物質ミサイルは装備の中でもっとも強力で広範囲に効果のある武器だ。
 だが基本的に戦闘中は補充が利かない。
 トリニティ・メシアは人類最高水準の技術が結集されているが、その装備の中で特筆するべきは、強大な攻撃力を持つ反物質ミサイルでも、遠距離からでも正確に狙い撃つことができるホーミングミサイルでも、いかなる強固な装甲をも貫通するレーザーでもない。
 一対の二本のアームだ。
 それはエネミーの装備を回収して、自分の装備として補給することができる装置。
 エネミーを研究し、それらの一端が解明されたおかげで、エネミーと同じ武器の使用を可能とし、補給部隊の存在しない敵地奥深くでも戦闘が継続できるようになった。
 しかし、他の弾薬やエネルギーは倒したエネミーの残骸から回収することができるが、切り札とも言える反物質ミサイルだけは、味方から補給するしかない。
 そしてここまで進むと、もう補給部隊は存在しない。
 だが、目の前に展開されるエネミーの数を考えれば、使用するしかないだろう。
「僕が使う。ロナルド、チャフを前方に発射して」
 液状物質が内在されたミサイルが発射され、一定時間経過すると爆発する。
 内部の特殊液体は真空中であるため急速に蒸発、拡散し、あらゆる電波を妨害する。
 チャフミサイルは一定時間、敵の知覚能力を妨害し、行動を大幅に制限させることがでるが、同時に自分たちのレーダーも使い物にならなくなる。
 だがこれで十分。
 反物質ミサイルを発射。
 前方に広がるエネミーの中心部へ真っ直ぐ進む。
 チャフの効果が切れた。
 動きを止めていたエネミーが、再び急速接近を始めた。
 だがそれはちょうど反物質ミサイルの効果内に入る形となる。
 エネミーの一体がミサイルと接触し、同時に僕たちの前方に閃光が満ちる。
 静寂と宇宙の闇が戻った時には、エネミーの壁のような群れには、巨大な穴が開いていた。
「よし! 突っ込むぞ!」
 ターボを入れて、最大加速する。専用の燃料ゲージを使うことで高出力出すことができ、一気に加速させる方法だが、一度使用するとゲージが蓄積されるまで、一定時間使用不能になる。
 だが、使うならば今しかない。
 エネミーの群れの壁に空けられた穴は、急速に修復するかのように、閉じていく。
 反物質ミサイルの効果から外れたエネミーが、自分たちに向かって急速接近しているのだ。
 突破できる時間は少ない。
 自分に続いて、シェリー、ロナルドがターボを入れた。
 急ぐ気持ちが逸るのに、機体の性能限界でこれ以上速度が上がらない。
 エネミーの群れの中に突入。
 穴はまだ完全に塞がっていないが、すでに数体のエネミーが、僕たちの進行経路を妨害する位置についていた。
 エネミー数は、3。
 大きな猛禽類の羽を持った蛇、ケツアルカトルタイプが三匹、待ち構えている。
 鱗状の装甲が星の光を反射している。
 僕はレーザーを発射。
 レーザーは貫通力が極めて高く、多少の装甲は意味を成さない。
 真っ直ぐ貫く一筋の光は、線上にいたケツアルカトルタイプが左右真っ二つに分かれる。
 二対の大きな翼を持った蛇は、片翼になった蛇のようになる。
 エネミーの外観は、機械というより、生物に見える。
 高度な有機機械だという説が有力だが、一部ではあれ自体が宇宙から来訪した生命体そのものなのだという話もある。
 僕は、どちらかといえば、生命体説に賛成だ。なんとなくという、感覚的な印象だけど。
 三号機シェリーがバルカンで二体のスコーピオンタイプを同時に粉砕した。
 実弾使用のバルカンは貫通することはないが、レーザーに比べて衝撃力に優れ、敵の行動を多少妨げる効果がある。
 また二門同時使用のため、異なる方向への同時攻撃も可能だ。
 ケツアルカトルタイプの装甲が破片となって周囲に拡散する。
 黒い破片を通過すると、後方から接近するエネミーをレーダーが捕捉した。
 八体のバットタイプだ。
 蝙蝠の姿に酷似したエネミーは、まるで本物の蝙蝠のように群れで動く習性があり、必ず五体以上で現れる。
 もっとも現状のエネミーの数を考えれば、あのバットタイプが特別群れているというわけじゃないのかもしれないけど。
 周辺のエネミーは接近を続けている。
 ここでバットタイプを撃墜するために速度を落とせば、全方向から追いついてきたエネミーの攻撃を受けることになるだろう。
 だが、後ろから攻撃を受ければ、やはり速度が落ちる。
 どちらを選んでも危険な状況に陥る、究極の選択肢だ。
「俺に任せろ」
 二号機ロナルドが請け負う。
「どうするんだよ?」
 僕が聞くと、ロナルドは行動で答えた。
「こうする」
 ロナルドは機体安定を司る七つのバランサージェットを、上部右側面だけ噴射させた。
 慣性で機体が一回転する。
 その一瞬の回転で、ホーミングミサイルを八体全てにロックし、発射した。
 一度標準を合わせた敵に対して、自動追尾するホーミングミサイルなら、発射時に多少方向がぶれていても修正される。
 ホーミングミサイルは見事全弾、バットタイプに命中し、八つの爆発でエネミーは吹き飛んだ。
 二号機は多少揺れていたが、速度をほとんど落とさずに、前方へ飛び続けていた。
「やるじゃない」
 三号機シェリーが賞賛する。
 僕も認めた。あんな高度なテクニックいつの間に習得したのだろう。
 一連の攻防の間に、僕たちはエネミーの群れを突破した。
 そして前方に巨大な、黒い球体の空間が見える。
 いや、空間じゃない。物体だ。
 光を出さず、光を反射しない、巨大な物体が、その空間を占めている。
 エネミーの母船。
 エネミーの司令。
 エネミーの基地。
 エネミーの中枢。
 この船を破壊すれば、全て終了する。
 だが、同時に最大の難所であり、難敵だ。
 これだけ巨大な船を破壊するのは、当然ながら外部から攻撃しても不可能だ。
 内部に侵入して、中核となるものを攻撃する必要がある。
 接近するにつれて、巨大な球体は、機械的な無機質なものではなく、むしろ生物的な外観をしているのだとわかった。
 もしかすると、あのエネミーの母船そのものが、エネミーを生み出す母体なのかもしれない。
 外殻に無数の砲座が伸びているのが見え、それらの全てがこちらに向いていることに気づいた。
 外殻から直接生えているそれは、まるで生物の触手に見える。
 このまま接近を継続すれば、集中攻撃を受けることになるだろう。
「チャフを撒く」
 僕はチャフミサイルを発射した。
 僕たちの位置がわからなくなったエネミーは、その攻撃を見当違いの場所に向け、同じエネミーに攻撃し始めた。
 後方から僕たちを追撃しようとしていたエネミーが、次々と破壊されていく。
「ラッキー」
 二号機のロナルドが軽い調子で呟いた。
 エネミーが同士討ちをしている間に、船体周囲を一周する。
 どこかに内部へ侵入する経路があるはずだ。
 チャフの効果時間が切れる間際、船の半分ほどを回ったところで、入り口を発見した。
 巨大な穴だ。
 排出口にも見えるそこから、無数のエネミーが次々と出てくる。
「あそこだ!」
 僕は二人に告げると、突入した。
 僕は飛び出してくるエネミーを次々撃ち、内部へ侵入する。
 内部は生物の体内のような状態だ。
 横に広がる楕円形の通路が続き、壁が腸内のように蠕動し、時折なにかの液体が噴出している。
 壁の所々に穴が開いていて、そこからエネミーが出現した。
 その数は、船の外の比ではなく、すぐにバルカンが弾切れを起こす。
 レーザー系統のエネルギーはまだ残っているが、敵の数を見ると余裕があるうちに補充をしておくのが賢明だろう。
 アームを伸ばして、倒したエネミーの装備から弾薬を補給した。
 僕が補給を終えると、他の二機も、弾薬やエネルギーが尽きて同じように補給を始める。
 その間にもエネミーは次々襲い掛かってくる。
 僕は二人を援護して、接近するエネミーを撃つ。
 急速接近して僕の機体を囲んだウルフタイプを、自機を中心とした周囲全体に対して電撃と衝撃を同時に与えるパルスウェーブで弾き飛ばす。
 そして、続いて接近してくるエイプタイプをバルカンで粉砕し、シャークタイプをホーミングミサイルで迎撃し、バードタイプをレーザーで切断し、エンジェルタイプをボムで爆発させ……
 三十体、四十体、五十体……
 二機が補充を終えて再戦したときには、僕のエネルギー量が底を付いた。
 倒したエネミーから、エネルギーの補給をするが、補給が終了する頃には、今度は援護をしていた二機が弾切れを起こす。
 今度は僕が応戦している間に、二人がまた底に付いた。
 エネミーはまるで無限に出現するかのように、切れ間なく襲撃し続ける。
 応戦と補給の繰り返しで、ほとんど前に進むことができない。
 機体速度は、最低速度に落ち、これが重力圏内だったら、あるいはこの母船に重力発生装置などがつけられていたら、落下していたはずだ。
 無重力であることに感謝だろう。
「これじゃジリ貧だ。チャフを撒く」
 ロナルドが叫ぶと同時に、チャフミサイルを発射した。
 エネミーが混乱を起こすが、ほとんど密集している状態ではあまり意味がなかった
 逆に法則性を失い、動きを予測できなくなったため、迎撃が難しくなる。
「考えてから撃ってよ!」
 三号機のシェリーが非難する。
 壁に激突したエネミーが、至近距離で爆発した。
 爆風で機体安定を失い、錐揉みが始まる。
 操作レバーをほとんど直感で動かして、なんとか止めたが、その時にはエネミーが眼前まで接近していた。
 いや、自分のほうから接近していたのか。
 海のタコに似たエネミー、デビルフィッシュタイプが触手を伸ばして、機体を直接捕縛しようとする。
 思いっきりバランサーを噴かせて、触手を回避。
 ジェット噴射による熱気流で、デビルフィッシュタイプの触手が焼け爛れる。
 デビルフィッシュタイプの脇を通過し、その直後、僕は機体を反転させて、デビルフィッシュタイプへ向けてバルカンを連射。
 軟体の肉片が四散する。
「強行突破しよう!」
 このままでは体力と集中力が尽きる。
 危険覚悟で突破するしかない。
 進行方向へ機体を向けると、ボムを前方へ向けて三発連続して撃ち込んだ。
 ボムには推進力はなく、通常飛行経路に配置する形で、後方の敵へ使用するのだが、速度が最低まで落ちているため、前方へ投げることができた。
 遅い速度でボムは進み、エネミーに命中すると、周囲を巻き込む爆発を起こし、なんとか通過できる程度の隙間ができた。
 時間では数秒しか持たないだろう。
 僕はそこへ機体を向けてターボ噴射した。
 攻撃は考えずに、回避だけに専念すれば、弾切れは起こさない。
 それがどれほど難しいのか分かっているが、
 そして事実、他の二機を確認する余裕もなかった。
 声は聞こえたはずだから、付いて来ようとするはずだ。
 チャフをロナルドが事前に撒いたおかげで、敵は僕に集中しておらず、ただ闇雲に攻撃しているだけで、それだけが唯一突破できる要素だった。
 シャークタイプの巨大な牙が迫り、顎が閉じる寸前、牙が機体に接触するすれすれのところで回避に成功。
 正面にエンジェルタイプが翼を大きく広げて立ちはだかった。
 操縦桿を限界まで曲げて、機体を左へ。
 エンジェルタイプが突き出した槍が、右翼の下を通過したが、寸前で接触していない。
 そして僕は、一切攻撃せずに、エネミーの密集状態の領域を通過することに成功した。
「やった!」
 僕は思わず歓声を上げた。
 そしてここから先は、エネミーが出現する穴がない。
 どうやら母船に入った直後が、エネミーの最も出現率の高い地域だったのだ。
 少し余裕ができたので、後方を確認する。
「うわ……」
 余裕なんてなかった。
 チャフのかく乱から回復したエネミーがいっせいにこちらに向かっていた。
 他の二機も密集地域から脱出できていたが、ロナルドがまずい。
 二号機は損傷を受けていて、右翼が半ば折れている。
 機体を安定させるだけでも大変な状態だ。速度など出るはずもない。
「ロナルド!」
 三号機シェリーがどこか悲痛な声を上げる。
 正直僕も悲鳴を上げたかった。
 ここで戦力が落ちると、ここから先をクリアできるかどうか怪しい。
「大丈夫だ、なんとかする」
 その言葉にどれほど信憑性があっただろうか。
 後方から追跡するエネミーの群れは、遅れている二号機に接触する寸前まで近づいている。
「ああ、大変!」
 三号機シェリーが示したのは、二号機の状態のことではなかった。
 通路前方で、隔壁が両側からせり出している。
 母船の内部に進入した異物を遮断するために作動したのだ。
 あの隔壁が閉じれば、もう進むことができない。
 ターボは使用した直後なので、後十秒は使えない。
 二号機を助ける余裕はこれで完全になくなった。
 援護のためにエネミーに攻撃をすれば、完全に間に合わなくなる。
 こうなったら、ロナルドの言葉を信じて行くしかない。
 通常の状態で速度を上げる。
 どれだけ速度が上がるか。
 残り距離、三百メートル。
 隔壁の幅は狭まり、機体を通すだけでも接触しそうなほど、細くなる。
 残り距離、二百メートル。
「うお!」
 ロナルドの悲鳴。
 二号機のすぐ背後までマンティコアタイプが接近した。
 他のエネミーに比べてひときわ巨大なタイプ。
 獅子の体に、サルの頭、コウモリの羽、蛇の尻尾。
 神話に登場する怪物の姿をしたエネミーは、その巨体に似合わず速度が速く、止めるにはとにかく攻撃するしかない。
 残り距離百メートル。
 巨大な爪が左翼にかすり、二号機は大きく揺れる。
「くそ!」
 ロナルドは機体上部右側面だけのバランサーだけを噴出した。
 母船突入前に見せた、スピードをほとんど落とさずに後方へ攻撃するハイテクニック。
 機体が水平に回転する。
「おおおおお!」
 バルカンとレーザーを同時に連射し、マンティコアタイプを破壊した。
「やった!」
 ロナルドの快哉と同時に、僕の一号機が隔壁をすり抜けた。
「やりぃ!」
 続いて三号機が通過。
 そして二号機。
 隔壁は、機体が通過できるかどうか怪しいほど、細い隙間しか残していない。
「この!」
 ロナルドは機体を縦にして、細い隙間へ強引に侵入させた。
 そして……
「やったぞ!」
 通過した。
 二号機は左翼に損傷を受けていて、安定が悪く速度も落ちているが、なんとか持ちこたえている。
「中枢まであともう少しだよ。がんばれ」
 僕は激励を送る。
 中枢を破壊さえすれば全て終わりだ。
 僕への返答のように、壁に無数の穴が開いた。
 突然開いた穴から、無数のエネミーが出現する。
 ここに進入した直後と同じ状況だ。
「冗談だろ」
 ロナルドは笑っているかのように呟いた。
 実際笑っていたのかもしれない。
 僕はエネミーを手当たりしだい迎撃し、シェリーも弾薬が尽きることを覚悟しているかのように連射した。
 前方で少しでも数を減らさないと、後方にいるロナルドでは対応しきれなくなる。
 しかしそれも限界があり、回避行動をとらざるを得なくなる。
 そして速度の出ない二号機は、どんどん遅れて行き、このままではエネミーに取り囲まれて孤立状態に陥る。
 しかし、打開する策がない。
「仕方ないか」
 なにかを考えたのか、ロナルドは速度を急速に落とした。
「なにするの?」
 三号機のシェリーに、ロナルドは答える。
「お前ら先に行け。俺がここでできる限り引き付ける」
「でも、そんなことしたら……」
「いいから。他に方法ないだろ」
 確かに、現状では二号機は戦力外となったと考えるしかない。
 戦力としては限界に達している二号機のために、自分たちまで損害を受けるわけにはいかない。
「わかった」
 僕は答えた。
「ちょっと!」
 シェリーが非難する。
「仕方がないよ。これ以上戦力を減らすことはできない」
 中枢を破壊するためには最低二機は必要だ。
 ロナルドを庇って、これ以上戦力を落とすわけには行かない。
「がんばれよ」
 ロナルドは激励を送ると、さらに速度を落とし、機体安定と攻撃に集中した。
 もう進むことは考えていない。
 僕はターボを入れた。速度が急速に上がる。
 一呼吸遅れて三号機もターボを入れた。
 エネミーの群れは二号機に集中し、僕たちが相手にしたのは、前方から出現する敵だけで、比較的少なかった。
 母船の中核まであともう少し。
 後方から大きな閃光が走った。
 ロナルドが二号機に残された最後の反物質ミサイルを使ったのだ。
 そして二号機には、限定された空間で効果範囲から退避する性能は、残されていなかった。
「見えてきたわ。中枢よ」
 三号機シェリーが前方の様子を伝えた。
 前方の敵の数が急速に少なくなり、開けた空間が見える。
 そこから青白い光が差し込んでいる。
 通路を抜けた。
 巨大な空間があった。
 なにもない球状の空間。
 この船のどこにこれだけの空間を許容できるのか、疑問に思うほどの大きさだ。
 この船は違う空間と繋がっている、一種の転移ゲートなのかもしれない。
 僕たちは空間を旋回して、索敵する。
 エネミーの中枢が存在するはずだ。
 巨大な空間の中心になにかがいた。
 青白い光の元だ。
 光源の中心に、人がいた。
 女性だ。
 美しい女性。
 銀髪の長い髪を揺らし、水晶のような滑らかな球体の内部に、胎児のように蹲っている。
 眠っているのか、瞼を閉じている。
 その眼が開いた。
 水晶からの光が強まった。
 彼女は立ち上がる。
 その眼が僕たちに向けられていた。
 敵意もなく、悪意もなく、善意もなく、愛情もなく。
 ただ、虚無のように感情のない視線を向けている。
 空間の壁になにかが動いたのをレーダーが感知した。
 眼を向けると、壁を這うように無数のエネミーが動いている。
 始めてみるタイプだ。
 半透明の、昆虫にも似た、妖精のような姿をしている。
 僕はその正体に気づく。
「エネミーの子供だ」
 この空間の壁の素材は、全てエネミーの卵だ。
 この空間に卵が密集しているのか、あるいはこの船そのものが卵によって構築されているのか。
 この船はエネミーを生み出す巣なのか。
 エネミーの卵は、母である中枢の目覚めに呼応して、いっせいに孵化している。
「攻撃しましょう」
 エネミーの活動が本格化する前に、母体を倒す。
 僕は母体に向けてレーザーを放った。
 だが水晶のような滑らかな光沢の表面で、レーザーは消滅する。
「これ、効いてるの?」
 シェリーの疑問に僕は答えられなかった。
 効果があるかどうかまったく分からない。
 とにかく攻撃を継続する。
 バルカンを連射するが、やはり表面で消滅しているようだ。
 あの水晶はおそらく、母体を保護するために張られている、バリアだ。
 通常兵器では効果がないのかもしれない。
「来たわ!」
 教えられるまでもなく、レーダーでエネミーが急速接近しているのを確認していた。
 卵から孵化したばかりの幼生体が、僕たちへ攻撃を開始し始めたのだ。
 僕たちは、いったん母体への攻撃を中止し、エネミーの幼生体への対処を始める。
 幼生体はこれまでのエネミーのように遠距離攻撃は行わないようだ。
 ただ盲目的に突進して体当たりしてくる。
 その体は小さく、一匹や二匹が当たったところで機体は深刻な損傷を受けないだろう。
 だが連続して受けると、ダメージが蓄積され、やがて大破することになる。
 僕は接近する端から幼生体を迎撃していく。
 半透明の体が四散し、消滅していく。
 アームで接触すると、エネルギーが補給できた。
 エネルギーは補給できるので、レーザーの類が使用不能になることはなさそうだが、しかし、数が多すぎる。
 バルカンやボムなどの実弾系統の使用は控えてレーザーやパルスウェーブなどのエネルギーを使用するものを主体とする。
 僕は三号機と並んで母体を中心として大きく旋回し、幼生体を引き離す。
 まるで飛行機雲のように、後方に幼生体の群れが追跡してくる。
 ボムを置いてくるように配置する。
 先頭が接触して爆発し、残存する幼生体の群れが、一気に吹き飛んだ。
 周囲の卵から再び幼生体が孵ろうとしているが、しばらく時間がかかりそうだ。
 その間に母体を倒さなければ。
「レーザーは効かなかったね」
 僕はシェリーに尋ねた。
「バルカンもよ」
 シェリーが答える。
 残された武器は、ホーミングミサイル、ボム、パルスウェーブ、チャフ、そして反物質ミサイル。
「とにかくなんでも試そう」
 僕は言いつつ、ホーミングミサイルを撃ち込む。
 母体を防護する、水晶のようなバリアの表面で爆発し、やはり効果がなかった。
 三号機がボムを近距離で撃ち込む。
 やはり効果がなかったようだが、僕は一瞬バリアの表面が大きく揺らいだように見えた。
 なんだ?
 僕は重ねてパルスウェーブを送り込んだ。少し距離が遠いが、威力は十分のはずだ。
 表面でやはり防がれたが、バリアが確かに揺らいだ。
「もしかして……」
 僕はその弱点に気付く。
「連射だ! なんでもいいから撃ち続けるんだ!」
 シェリーに伝えると、返事を待たずに、ありったけの武器を撃ち込み始めた。
 シェリーもその意味を理解したのか、少し遅れて連射を始める。
 母体を包むバリアの揺らぎが次第に大きくなり、そして泡のように弾けた。
「やっぱり」
 あのバリアは完璧ではなく、耐久度があって、一定以上の攻撃を受けると破壊される。
 ごく単純な理屈だ。
 僕たちは続けて母体に向けて攻撃した。
「GYUAAAA!!」
 母体が悲鳴を上げ、のた打ち回った。
「効果あり!」
 シェリーが歓喜の声を上げる。
 ここまでこれば、あとは母体が倒れるまで攻撃し続けるだけだ。
 だが新たに孵化した幼生体が急速接近を始めた。
 母体への攻撃を継続するのは危険だ。
 攻撃をいったん中止して、再び旋回を始める。
 すると母体のほうでも変化があった。
 破壊したはずのバリアが、再び形成され始めていた。
 どうやら破ってから一定時間が経過すると再生するようだ。
 改めて破壊しなければ、母体を攻撃できない。
 その前に幼生体の対処をしなければならないが、数が多く、相手にしているときりがない。
「反物質ミサイルを使うわ」
 シェリーが叫ぶ。
 これだけ広い空間なら、限定されていても効果範囲の外へ回避できるかもしれない。
 ただ、着弾点とタイミングが重要だ。
「タイミングは三つ」
 僕が伝えると、シェリーはカウントダウンを始めた。
「1」
 次に僕が。
「2」
 そして同時に。
「3!!」」
 進行方向の壁へ向けて三号機は真っ直ぐミサイルを発射、
 母体を中心として旋回している機体は、途中までミサイルと同じ方向へ飛んでいるが、やがて自然と離れる形となる。
 ミサイルが壁に着弾。
 閃光が場に満ちる。
 一瞬の膨大な光が消えると、膨大な数のエネミーの幼生体も消滅していた。
「よし!」
 思わず快哉の声を上げる。
 反物質ミサイルの攻撃は、母体を防護するバリアにも届いており、それはすでに破裂寸前だ。
 ボムを投擲。
 命中と同時にバリアが破裂した。
 攻撃再開。
 ありったけの武器を撃ち込む。
「このぉおおおお!」
 シェリーが普段からは考えられない雄叫びを上げる。
「早く倒れろ!」
 僕も思わず叫んでいた。
「GuGyaAAA!」
 悲鳴を上げる母体は、その体が急速に崩壊していく。
 あともう少しだ。
 そう思った瞬間、不意に状況が変化した。
 どう変化したのか、言葉では言い表せないが、なにかが一変した。
 幼生体はまだレーダーに映っていない。
 なんだ?
「変よ」
 シェリーが告げるが、具体性に欠けた。
「母体がおかしい」
 母体がおかしい?
 僕は母体の様子を観察した。
 そして気付いた。
 母体が攻撃を受けているにもかかわらず、苦痛をまったく感じていないかのように、静かになった。
 バリアが回復したのではない。
 母体に命中しているはずの攻撃が、実体がないかのように通過している。
「KUAAAAA!」
 母体がひときわ大きく叫ぶと、無数のレーザーが四方八方に放たれた。
 放たれる寸前に発生した一瞬の光で、僕は危険を感じて咄嗟に回避行動をとったおかげで、命中はしなかった。
 だが三号機は損傷を受けたようだ。
 尾翼に穴が開いている。
「大丈夫、この程度なら問題ないわ」
 だがこれ以上は危険だろう。
 母体は再び攻撃を行う。
 口を大きく、顎が外れ胸までめり込むほど開けると、そこから一閃の巨大なレーザーを継続的に放つ。
 狙いは僕だ。
 機体を螺旋状に回転させてレーザーを回避する。
 なんとか攻撃を受けずにすんだ。
 だがこれ以上母体からの攻撃が続けられるのはまずい。
 どうやら母体の攻撃方法は二種類。
 全方向に拡散するタイプと、強力な一点集中型の二種類の攻撃。
 これは、繰り返されると脅威だ。
 それに幼生体まで加わると回避は不可能になると考えていいだろう。
 その幼生体が孵化を終え、第三波となって押し寄せる。
 まずい。
 内心の焦りを感じたのか、母体に変化が現れた。
 攻撃を予想したが、しかし行ったのはバリアの再形成だった。
 どういうことだ?
 理由はわからないが、今は幼生体の対応だ。
 速度を上げて幼生体を引き離す。
 三度目ともなれば対応にも慣れてきた。
 やはり反物質ミサイルで蹴散らすのが一番いいだろう。
 だが問題は母体の行動パターンだ。
 反物質ミサイルを撃つ前に、シェリーに尋ねた。
「どういうパターンだと思う?」
「たぶん、バリアを破って攻撃を一定時間受けたら反撃するんだと思う。そのあとは防御になる」
 おそらく、それで正解だろう。
 一定時間攻撃した後は、気をつけなければならない。
 僕が反物質ミサイルを発射すると、前回と同じパターンで幼生体が吹き飛んだ。
 母体を防護するバリアも、その直後のレーザーとバルカンの攻撃ですぐに破れる。
 母体へ攻撃を再開。
「GYAAAA!」
 母体は悲鳴を上げる。
 ここまではいい。
 問題は、いつ攻撃に転じるのかだ。
 違和感が生じた。
 攻撃を受けているにもかかわらず、母体が苦痛を受けていないかのようになる。
 攻撃が始まる。
 予測して回避行動をとる。大きく旋回し、全方位に渡る拡散型の攻撃に備える。
「あ、ダメ!」
 シェリーが叫んだ。
 母体の口が大きく開く。
 拡散型じゃない。一点集中型だ。
 咄嗟にターボをかけてレーザーを回避する。
 攻撃の順番は決まっているわけじゃなかったのか。
 シェリーはそのことをすでに予測していたようだが、僕はそこまで考えていなかった。
 シェリーが黙っていたのは、たぶんそのくらいは僕にも予想が付くと思っていたからだろう。
 次の攻撃はなんだ?
 一点集中型か?
 拡散型か?
 母体の口が胸まで大きく開かれる。
 一点集中型だ。
 その狙いは、またしても僕に向けられる。
 なんでシェリーを狙わないんだよ。
 攻撃対象が自分ばかりで不条理なことを考えた。
 操縦桿を回して、バレルロールでレーザーの回避に成功。
 偶然の発見だが、一点集中型はこの回避法がいいようだ。
 幼生体が孵化し始め、第四波となって押し寄せる。
 僕は確立した回避行動を開始。
 球体の空間を大きく旋回し、幼生体が群れを成す状態にする。
 僕の反物質ミサイルは最後の一発だ。
 シェリーは後一発残っている。
 つまり、母体を倒すチャンスは、これを入れても二回だけ。
 いや、いっそ反物質ミサイルを母体に直接撃ち込むか?
 だが、空間の広さから考えれば、中心部で爆発すると、回避できないだろう。
 それに、母体を反物質ミサイル一発で倒せるとは考えにくい。
 やはり、幼生体を駆除することだけに使用するしかないか。
 考えている時間は少なく、とりあえず僕は反物質ミサイルを発射しようとした。
「ああ!」
 だが、突然シェリーが悲鳴を上げ、次の瞬間、僕の機体に衝撃が走った。
 いったいなにが起きたのかまったく理解できなかった。
 機体に深刻なダメージを受け、すぐにでも爆散しそうな状態だ。
 機体の体勢が崩れ、飛行も不可能に近くなる。
 かろうじて確認したのは、母体から発せられた、拡散型の攻撃レーザーの光だった。
 母体からの攻撃は二回で終わりというわけじゃなかった。
 三回目もあった。
 法則は不明だが、一定回数ではなく、一定時間攻撃を繰り返すのだろう。
 そのことを考えなかった。
 考える余裕もなかった。
 幼生体の群れが機体に纏わり付く。
 夥しい数の幼生体が攻撃し、小さな損傷が繰り返され、重大な損傷となり、反撃しても焼け石に水にしかならず、まともに飛ぶことのできない機体では振り切ることもできなかった。
 そして……
 全てが消え去り視界が真っ白になった。
 純白の世界。
 失敗はなんだったのだろうか。
 あえて上げるとするならば、母体の攻撃を予想しなかったことだろう。
 いや、予想はしていたが、一度の行動結果で、それが全てだと思い込んでしまった。
 そのために次の行動の変化に対応し切れなかった。
 ようするに、少し疲れていたのかもしれない。
 早く倒さなければという焦燥もあった。
 もう終わってしまったことだが。
 視界に広がる白い画面はやがて真っ暗になり、中央に赤と黄色のロゴが表示された。
 GAME OVER。
 僕は大きくため息を付いて、筐体から出た。
 とたん無数の電子音が耳に入る。
 筐体の中は防音で、接続された筐体同士でしか会話ができないようになっているが、外に出たとたん騒々しくなる。
「惜しいな」
 筐体の隣で待っていたロナルドが、残念そうに声をかけてきた。
 隣の筐体を見ると、ちょうどシェリーも出てきたところだ。
 どうやら僕がやられたあと、彼女もすぐにゲームオーバーになったようだ。
「あともうちょっとだったのに」
 口を尖らせて告げる口調に険があることから、ゲームオーバーになったのは、僕に原因があると攻めているのだろうか。
 筐体の横にゲームタイトルが描かれているが、最近誰かのいたずらでアルファベットが変な風に剥げて、ENEMYという文字がFNEVYとなっている。
 ゲームセンターに出た三年前は、超体感シューティングゲームとして好評だったのが、今では誰も見向きもしない有様。
 やるのは僕たちくらいなものだ。
「もう少し考えてよね。闇雲に動き回ったら、やられるに決まってるじゃない」
 シェリーの非難に、僕は反論しなかった。
 ラスボスには一機で戦うのはほとんど不可能だ。
 三機で戦うのがいいらしいけど、ラスボスまで到達することそのものが、相当難しい。
 今回は、そのオールクリアの数少ないチャンスだったわけだけど、今回も見事に失敗した。
 僕はさすがに疲れて、筐体の椅子に座り、大きく息を吐いた。
 ロナルドが僕とシェリーに向けて言う。
「お前らもうちょっと粘れよ。根性ねえな」
 僕とシェリーは同時に反論した。
「「真っ先にやられたのはキミ」」


   ゲームオーバー



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