第20話・復讐すべき、その時は
十年前――
今でも脳裏に焼き付いて離れない記憶がある。
街を襲った魔物たちの姿、人々の泣き叫ぶ声、燃える街、死体、嫌なものが混ざった匂い。
それが、スタンピードによるものだと知ったのは少し後の話。
崩れた街の中、私は兄とはぐれてしまっていた。
凄く心細くて、怖くて、泣きながら、ひたすらに街を彷徨っていた。
すると、そんなときに私はお父さんを見つけることができた。
『……』
だが、駆け寄ると様子がおかしい。
なぜか、お父さんはその場に跪き、誰かもう一人が傍に立っていた。
影になっているのか、位置が悪いのかわからないが顔は見えなかった。
『……さらばだ。誇り高き騎士よ』
そして、私がすぐそこまで近づいた瞬間に私のお父さんの首から上が消え去った。
『……お父さん?』
突然のことに呆然とし、その場から動けなくなってしまう。
何が起きたのか頭の中じゃ理解できなかった。
その時、私の近くで爆発が起きたことでお父さんの近くにいた人物の顔が照らされた。
『……!?』
その人を私は知っている。
見間違えることなんてありえないくらい有名な人物だった。
その正体こそ、当時は副団長を務めていたルクバトを収める英雄の子孫『サジタリウス家』の令嬢、アウストラリス様だった。
その後のことはうまく覚えていない。
気づいたらお兄ちゃんがいて、はぐれた私を叱っていた。
お母さんは魔物に食べられて帰ってこなかった。
***
僕は、プロンから十年前の悲劇を聞いて愕然としていた。
「……ね、わかったでしょ?絶対に見間違いじゃないんだよ。アウストラリスにもちゃんと確認したんだから」
「か、確認もしたの?」
「うん、強く問い詰めたら教えてくれたよ。殺したって」
「……」
プロンが実際の現場を目的して、容疑者が自分の犯行を自白しているのだ。
どうやら、何かの間違いという線は消えたらしい。
(……でも、あの団長が?)
それでも僕は違和感を感じざるをえなかった。
やっぱり、どう考えてもあの団長が部下を殺すなんて真似をする光景が全く想像できない。
だが、殺しているのは間違いないんだろう。
僕の見る目が悪いのか、それとも何かしら殺さなければいけない理由があったか――
確率としては前者の方が高い。
「……私ね、魔王との戦いが終わったら復讐するつもりなの」
「っ、それは……団長を殺すってこと」
「そうだよ、お父さんの仇を討つ。これが、今の私が戦う理由だから」
目が違う、冗談を言っている目じゃない。
確実に殺そう、そういう覚悟を決めている目をしている。
同時に、その気になれば自分の命を懸けてしまうようなそんな危うさも感じてしまった。
「待って欲しい。まだ、プロンは団長のことを何も知らないでしょ?もしかしたら、どうしても君の父親を殺さなくちゃいけない理由があったのかもしれない」
「……それってどんな理由?どんな理由があったら私は自分のお父さんの仇を許せるの?」
「それは……」
理解しているはずだ、そんなものはないと。
だって、自分の父親が殺されたという事実は決して変わらない普遍的なものだ。
たとえ、世界を守るために犠牲になったと言われても心が納得できない。
「でも、それでも……」
「それでも?それでもって何!?復讐をやめろって言いたいわけ!?」
「そう、そうだよ。復讐なんて何も生まない……やっても、誰も喜ばないよ」
こんなのただの綺麗ごとだ。
わかってるさ、わかっているけれど今の僕にはこれしか言えなかった。
「良く言うね。私の気持ちなんて何も知らないくせに……」
「……」
「アポロは目の前で大切な人を失った苦しみを知らないからそうやって言えるんだよ!!試しに失ってみれば?きっと、私と同じ気持ちになるんじゃないかな!?」
「……わかるよ」
激昂する彼女に対して、僕はか細くそう返した。
だが、その一言はむしろ彼女の怒りをあおるだけだった。
「わかるって何?下手な同情ならやめて……!!」
「……わかるんだよ。僕も、目の前で大切な人を失ったことがあるから」
「っ……ごめん、言いすぎた。その……誰が?」
僕のカミングアウトに頭が冷えたのか謝罪する彼女は恐る恐る誰か聞いた。
「妹、サクラって言うんだけど……目の前で父親に絞殺されたんだ」
「父親に、その父親はどうしたの?」
「殺したよ」
正直、今でも思い出すと吐き気がする。
僕が前世で死んだときというのもあるが、あの父親がサクラを殺した瞬間を思い出さなければいけないのが辛かった。
「……どんな気分だったの?」
「別に何も思わなかった。復讐は何も生まないってよく言ったもんだね」
殺した後に僕がすぐ死んだのもあるのかもしれないが、少なくともスッキリはしなかったし、達成感も何もなかった。
むしろ、その時はサクラを守れなかった無念でどうにかなりそうだった。
「ありきたりなセリフかと思ったら実体験だったんだ。それなら、止めるよね……その、お母さんとか他の家族は止めなかったの?」
「もう、いなかったからね」
僕の母親は父親の二番目の妻だった。
父親に会ったのは僕が四歳の頃で、その時には物心はついていた。
そんな子供が近くにいるのに、困ったら僕の臓器を売れると言って結婚を迫ったくらいしか思い出はない。
しかも、そのあと本当に腎臓を売られた。
「だからさ、復讐……いや、復讐自体は別にいいと思うんだ。だけど、プロンはやるべきじゃないと思う」
「どうして……?」
「まだ、失うものがあるからだよ」
「ッ!!」
あの時の僕は結果的に復讐になった形ではあるが、それが出来たのはもう失うものがなかったからだった。
金もない、社会的地位もない、噂のせいで周りからは避けられて友達もいない、家族は妹だけだった。
僕の人生で一番大切なのは妹の存在だった。
二番はない、それしか人生にはなかった。
「僕にはこれ以上失うものなんかなかった。だけど、プロンにはまだフルドさんがいるじゃないか。なら、まだ復讐すべきじゃない」
「まだって……なら、私はいつ復讐すればいいの?」
「本当に何もかもを失った時だよ。フルドさも、家も、希望も、明日も失って残ったのは命と後悔、無念、絶望って時に復讐すればいいと思う」
「……アポロにはなかったの?」
「なかったね」
とは言っても、最後の最後にはその命すら失ったのだが。
「それに、僕の場合は復讐相手が確実に殺すべきだというか……死んだ方が世のため人の為みたいな人だったけど、団長について僕たちは何も知らない」
「アポロの父親って一体どんな人なの……?」
そう言われても、いいところが何一つないのだから仕方がないだろう。
「人間の悪意だけを切り取って形にしたような人。とにかく、復讐するってなったらその後、後悔しないために相手を知るべきだと思うんだ」
復讐を達成した後に、実はプロンの父親を殺さなければいけない正当な理由が出て来てしまえばどうしようもできない。
「……じゃあ、もし知ってからでも復讐するべきだと思ったらどうする?」
「その時は、僕も復讐を手伝うよ」
それが、ここで話をした僕の責任だと思うから。
神様には品位品格に欠いた行動をするなと言われているけど、その時がもし来ることがあれば一緒に地獄に落ちることにしよう。
「……ズルい。そんなこと言われたら、もう復讐できなくなっちゃうよ」
「それでいいのかもね。でも、これだけは覚えていて欲しい。僕は、本当に君のことを大切に思ってる。だから、何があっても全力で守るよ」
フルドさんとの約束はまだ消えていない。
それに、僕個人としても妹と重なる部分の多いプロンを見す見す地獄に送るわけにはいかない。
「っ!!……それって、私のことが好きだからってこと?」
「そう、かもね。僕はプロンのことが好きだよ」
「っ、ぅぅぅ!!」
何故か彼女の耳まで顔が赤くなっているが、これでやっと通常運転に戻って来たような気がする。
とりあえずしばらくの間は復讐を中止してくれそうでほっと胸を撫でおろすのだった。
異世界メモ:アポロの言動
好きって言ってるやん!!(妹への好きと同じなもよう)




