第19話・ピンチはチャンス?
思えば前世の僕は運動とは縁遠い人生を送って来た。
小、中学生の時は共に毎日体が痛くて体育どころではなかったし、そもそも体操着すら持っていなかった。
支援金?というのがあったらしいが気づかないうちにパチンコ台に飲まれたか馬の餌にでもなったのだろう。
「はぁ、はぁ、はぁぁ!!」
「団長!!この人ずっと苦しみながら笑ってます!」
「気にするな!」
だから、今の時間が本当に楽しいし辛い。
さて、僕が現在何をしているかと言うと、魔王討伐に協力すると約束した後に団長の提案で昼頃から始まる騎士団の訓練に混ぜてもらうことになったのだ。
「ひぃひゅっ、はっ、はっ、はぁぁぁっ!!」
それが今やっている、建物の外周を走るというもので単純だがとにかく疲れる。
元々、運動なんてほとんどしていなかったもやしのため遅いのとは思っていた。
だが、甲冑やら重い装備を付けているはずの他の騎士たちには余裕で周回遅れにされてその場に残っていたのは走っている僕と団長だけだった。
「よし、後一周!!全力で走れ!!」
「いぇええええええええええええ!」
最後の力を振り絞り、全力で両腕を振るい、足を回してまるで野球のヘッドスライディングのようにゴールに滑り込んだ。
「体力ないな、お前。だが、そのガッツは褒めてやる。ほら、ウォーミングアップは終わりだ」
「う、ウォーミングアップ?」
死ぬほど(体験済み)くらい走ったのにこれがウォーミングアップなんて信じられない。
何なら、死ぬ瞬間よりも意識がもうろうとしてきた。
「ああ、行くぞ。私が直々に鍛えてやる」
「……」
「鍛えてやるぞ」
「はいぃ!!」
岸に打ち上げた魚のように横たわりなら動かなくなっていたが、次の瞬間には頭を掴まれて無理やり立たされた。
数十分前の僕よ、なぜ騎士団の訓練に混ぜてもらおうなんて言ったんだ。
少し前の自分を呪いながら地に足すらつくことなく頭を掴まれたままどこかへ運ばれていくのだった。
「ほら、弓を出してあそこを狙え。当てるのにスキルは使うなよ」
「へ?は、はい……【クリエイトボウ】【クリエイトアロー】」
次に待つ地獄の特訓に備えていた僕の思いとは裏腹に連れて行かれたのは、弓の練習場で僕がいるレーンには推定100m以上離れた場所に的が設置されていた。
僕は団長が言うがまま弓と矢を作り出し、構える。
「はっ」
短い一声と共に放った一射は、宙をかけながら山なりに進み的のど真ん中に突き刺さった。
こんなものである、少し集中すれば100m以上離れていたとしても外す気はしない。
「……お前、本当にすごいな。騎士団にもこの距離の的のど真ん中を射抜ける奴はいないぞ」
「だけど、これは加護のおかげですよ。加護があれば誰でもできることですから」
「いや、それはそうだが、あくまで加護は本人の才能を引き出すだけだ。ほら、見てみろ」
そう言い、団長も僕と同様に弓矢を作り出して放つと矢はあらぬ方向にぶっ飛んでいくだけだった。
同じ【射手座】の加護を持つ同条件のはずなのに、ここまで技量に差が出るとは驚きだった。
「本当だ……これは、僕の才能だった」
前世で僕は何もないと思っていた。
神様に与えられた加護のおかげではあるけれど、もしも前世で普通に生きて弓と巡り合っていたら――
いや、そもそも普通の暮らしが何かすら僕には想像できない。
「私には弓の才能はなかった。だから……私が弓になることにした」
「はい?」
「スキルというのは発動には本人のイメージに大きく左右される。それを拳に当て嵌める戦いを編み出した」
「はい?」
「要するにだ。拳を放つとき、弓を引き絞るように拳を引いて……放つ!!」
そう言って放った拳からは確かに空を引き裂く音が聞こえた。
つまり、団長にとっての矢とは拳であり、弓とは自身の腕、肩、胸や背中の筋肉と考えることによって文字通り自分自身を弓矢として使っているのだ。
だから、矢に発動するパワーアローも拳で発動することができるというわけだ。
「だが、お前は弓の才能がある。腕前も見せてもらった……だから、お前に必要な訓練もわかった」
「おお!!」
「基礎体力訓練だ」
「おお……」
―――
――
―
***
「……はっ!!僕は何を?」
目覚めると、僕は見知らぬ部屋の中にいた。
そして、まるで待っていたようなタイミングで誰かが扉を開けて入って来た。
「おっ、起きたんだな。新入り」
「えっと……どうして、僕はここに?」
入って来たのは、おそらく僕を一度か二度周回遅れにした後、団長に僕が苦しみながら笑っていることを報告した人だった。
「それはな、俺が団長との訓練で気絶したお前をここに運んできたってわけよ。どんな訓練か知らないが、運んできたときは死んだ魚みたいになってたぜ」
「気絶……訓練……ううっ、うっ……」
僕は確か団長から基礎体力訓練の宣告を受けて――そこからの記憶がない。
思い出そうとしても頭痛と脈拍が早くなるくらいで思い出せそうもない。
「うわぁ、記憶がなくなるくらいしごかれたのか。まあ、無理もない。うちの団長は言い方は悪いが脳筋だからな」
「少し天然も入ってますよね」
「そうだな、だが俺がお前を回収したとき団長は笑ってたし、それなりに満足していたと思うぜ」
「ま、満足……うっ」
一瞬だけ、すごい満面の笑みの団長が脳裏にちらついた気がする。
「どうやら思い当たる節があるみたいだな。ほら、お前の連れももう起きてるぜ。多分、団長に会いに行ってるだろうから行って来たらどうだ?」
「プロンが!?あっ……そうだ、名前はなんて言うんですか?」
「俺か?俺はアッシェラ。お前のルームメイトだ。敬語もいらないぜ、俺も使わないからな」
「そう、そうなんだ。ありがとう、それじゃあ行ってくる」
僕はアッシェラに礼を言って部屋を出て団長室に向かった。
ここについさっき来たばかりで少し迷ったが、無事に団長室と書いてある部屋の前まで来ることができた。
「……誰か言い争ってる?」
おそらく、まだプロンは部屋にいると考えて待っていようと思っていたが、団長室の中から外からでも聞こえるくらいのボリュームで声が聞こえた。
少し聞き耳を立ててみると、叫んでいるのはプロンだった。
『……ください!!』
『……』
おそらく、話し相手は団長だろうが声がここからでは聞き取れなかった。
だけれど、憧れと言っていた団長にここまで声を荒げるのはかなり違和感があった。
『やっぱり私のお父さんを殺したのはアウストラリス様なんですか!?』
『……』
「っ……!?」
相変わらず団長の返答は聞き取れないが、とんでもないことを聞いてしまった。
(ど、どういうこと……!?確か、プロンの両親は魔王の襲撃の時に亡くなったって……)
記憶を思い返してみても、確実に彼女は魔王に両親を殺されたと言っていた。
だが、扉の向こう側では父親を殺したのは魔王ではなく団長だと言っている。
何が何だかよくわからない――
でも、もし本当に団長がプロンとフルドさんの父親を殺しているのだとすれば、彼女が騎士になりたかったのは、団長に近づくためという可能性もある。
(いやいや、そもそも何で団長が殺す理由なんてあるのか?)
別に知り合って長いわけじゃないが、少なくともプロンの父親を殺すような人には見えない。
結局、その後は聞き耳を立てることなく呆然としたまま団長室の前で立ち尽くしていた。
数分経つとプロンが団長室から出てきた。
「……アポロ?気絶したって聞いたけど大丈夫なの?」
彼女は僕を見つけた途端に目を開き心配してくれるがどうにも目が笑っていないように見える。
「あ、うん……プロン……その……何か、話さない?」
一方、それを見た僕はどんな顔をしていいかわからなかった。
そんな僕が考えて考え抜いて出した行動は話をしないというものだった。
「……」
「あ、はは……無理かな?」
途端に視線が鋭くなるプロンに思わず、僕も動揺してしまう。
「……ううん、いいよ。私もアポロに聞きたいことがあったし……せっかくなら外で話さない?」
「う、うん」
目が笑っていない状況は変わらないまま、僕はプロンと一緒に外へ出ていった。
***
星が瞬く空の下で、男女がベンチに座っているというロマンチックな展開だと言うのに外に出た僕とプロンであったがその間には沈黙が流れていた。
「……」
「……」
というのも、誘った僕が何か会話を切り出そうとしたのだがあまりにも緊張しすぎて頭が真っ白になってしまったのだ。
そんな中、会話のスタートを切ったのはプロンであった。
「……ねぇ、団長室での話。聞いてた?」
「……」
痛い、胃が痛い。
というか、心臓がきゅっと縛られたような感覚が一瞬あった。
「沈黙は肯定ってことでいいのかな?」
「……はい」
頭が真っ白になっていたせいでこの時まで気が付かなかったが、プロンからすれば扉を開けてすぐに呆然としている僕がいるのだ。
何か違和感を感じ取っても無理はない。
「……その、本当なの?団長が、プロンの父親を殺したって」
「なんだ、結構聞いてたんだ」
頼む、頼む、頼む――
念じるように、どうか団長は無罪であれと祈る。
緊張で心臓が早鐘を打つのが感覚でわかるし、鳥肌も立ってきた。
額には少しの脂汗が滲んできた、瞳は怖くてプロンを写せない。
ただ、彼女の一言を待った。
「本当だよ。団長……いや、アウストラリス様が私のお父さんを殺したの」
「……そう、なんだ」
ピンチはチャンスとよく言ったものだ。
ああ、神様。
ここから逆転のチャンスってありますか?
異世界メモ:ピンチはチャンス
神様「多分、無理じゃな……」
アポロ「そんなぁ!!」




