第10話・誰も私の敵じゃない
――記憶が蘇る。
誰かが言っていた死の間際にはこうやって過去の記憶が頭を駆け巡るんだと。
初めて冒険者になった時、初めて師匠に会った時、初めてシルバーランクに上がった時、そしてアポロとプロンを見つけた時
(ごめんなさい、結局私はアナタたちを守れなかった。約束を果たせなかった)
ハイドラ・ワームと共に落下する彼女は最期に思ったのは二人のことだった。
自分が言ってここまで連れて来たのに文句の一つ言わず、戦ってくれた彼らのことを思うと胸が張り裂けそうだった。
(もし、私に力があったなら……二人を守れたのに)
そう、失意に飲まれ涙を流しながら彼女は下に張った水たまりに沈んでいった。
***
落ちて、水底に向かうかと思われた彼女の意識は思わぬ形で浮上した。
「起きなさい」
私の耳元で一言、誰かが呟いた。
その声は、透明で、儚く、だというのに力強くもあり耳の奥まで響いた。
「……私、なの?」
意識がはっきりとしたと同時に目に入って来たのは私を見下ろしている自分と全く一緒の要旨をした人物だった。
「違います。私は、アナタたちが『海蛇座』の神と呼ぶ者、名はハイドラーンです。本来の姿は人間には刺激が強いのでアナタの姿を借りて現れました」
「……!?」
驚きすぎて言葉も出ない。
立ち上がって再度その姿を見ると、明らかに雰囲気が人間じゃない。
お世辞にも学はあまりないポラリスでも、この状況はとんでもないことだとは理解していた。
なぜなら、自身の目の前にはこの世界を作ったと言われる88柱の神のうちの1柱がいるのだ。
「話をしましょう。まず、アナタの状況はわかっていますね」
「……はい、もしかしてここは死後の世界なんですか?」
ハイドラ・ワームとの戦闘中、水弾の爆音を隠れ蓑に奇襲を受けた。
その結果、アポロが水弾を迎撃しその隙をついて私はワームと共に落下した。
「いいえ、アナタはまだ死んでいません。あくまで意識だけを呼び寄せたというだけです。ですが、このままではもうじき死ぬことに変わりはありません」
「ッ、そんな……それで、神様は一体どのような用件で私を呼んだんですか?」
冷たい真実を神様に突きつけられ、歯を強く食いしばる。
だが、用件を聞いた途端、神様は口角を釣り上げ不自然に笑う。
「アナタを救いたくここにお呼びしました」
「す、救いにって……もしかして!?」
「はい、アナタの想像通り…私がアナタに加護を与え、この窮地を救って差し上げようと言っているんです」
「本当ですか!?」
聞いたことがある、神様はたまに目に留まった人間にアポロのように力を与えることがあると。
その提案はポラリスにとっては願ったり叶ったりであった。
思わず歓声を上げてしまう、なぜなら自分の命だけでなく、守るべき2人を守ることができるのだ。
「ええ、これは契約です。アナタは私の使徒となり、力を授けられその力を振るうのです」
「……契約、ですか」
ポラリスは神様が言ったその一言に引っ掛かりを覚える。
やはり冒険者という職業柄、契約というワードには敏感である。
力を与えてもらえるのは嬉しいが、この状況を打破できるほどの力の対価として渡せるものが自身には見当たらなかったからだ。
「気にする必要はありません。私はただアナタを助けたいと思って手を差し伸べたのです。ですから、対価は頂きません。強いて言うなら、幸せに生きることでしょうか」
だが、それを見越したように神様はそう言った。
「かみ、神様……!!」
慈愛の神の姿を振りまく神を前にして跪き、一転、少しでも疑ったわが身を恥じた。
それには、ここまで命を懸けて頑張って来たのだから神様に手を差し伸べてもらうことだってあると自分を納得させてしまったというのも背景にある。
「それでは、よろしいですね。アナタは契約します。そう一言いえばいいのです」
「私、ポラリスは…『海蛇座』の神ハイドラーン様と契約いたします」
その直後、雲の間から光が指すような神々しい光にポラリスの身は包まれる。
ちょうど、胸の間辺りから小さな光球が現れ神様はそれに触れた。
「『海蛇座』の神ハイドラーンはアナタの魂がその輝きを失わないまで共に戦うことを誓いましょう」
神様も誓いを告げ、星のような光を放つ魂と自身に繋がりを作り出した。
その結果、神の力が注がれ魂の変容が始まる。
やがて、光が収まった。
「……これが、私?」
「ええ、アナタは『海蛇座』の使徒となりました」
現れたポラリス先輩は髪色と瞳が水色へと染まり、体のところどころには蛇に撒かれたような跡が刻まれていた。
力はこれまでと比較にはならないほど沸き上がり今なら――
「誰も私の敵じゃない!!」
「ふふっ、行ってきなさい。そして、その力を存分に振るいなさい!!」
そう、神様が告げた瞬間にポラリスの姿は消えて、現実に戻っていった。
***
奇襲に気づけず、思考も止まり先輩に発破をかけてもらえなきゃ水弾の迎撃すらできなかった。
「……僕のせいだ」
呟いてすぐに、まだ戦闘中だと意識を取り戻し立ち上がる。
プロンさんも突然のことでパニックになってしまっているのか呆然としている。
だが、今優先すべきは先輩と共に墜落したハイドラ・ワームを倒すことだ。
「そうだ、僕が殺さないと……」
ポラリス先輩の犠牲によって、それを目の前にした僕は前世で父親に向けた殺意を再び取り戻していた。
「WILLLLLLLLLL!!」
横穴から顔を出せば、先輩と共に墜落したハイドラ・ワームが水弾を今度は上空に放ちながら壁を這い上がってきていた。
「だ、ダメです。アポロさん!!この距離じゃ水弾を回避できません。危険すぎます!!」
「……」
だが、プロンの声は僕の耳には届かない。
思考のほとんどが殺意によって支配され、残りはプロンさんを守るということに占められていた。
「【パワーアロー!!】【セカンドアロー!!】【フリーズアロー!!】」
その結果、アポロが取った行動は自身の命を危険に晒すものであった。
アポロは横穴から飛び降り、落下しながら弓を引き絞り水弾の迎撃を始めた。
当然、こんなことをすれば水弾の的になるのだが、あの場で撃ち続けていても水弾が集中して殺される。
その上、こちらの位置が割れている現状で、横穴まで追い詰められればそれこそ2人とも殺される。
ならば、いっそのこと落下しながら接近して刺し違えてでも倒そうと決心したのだ。
「お前は殺す!……たとえ、僕が死んでも。プロンさんだけは守る!!」
水弾を破壊し、ワームの元に徐々にだが迫っていく。
時間して僅か数秒の時間だが、死の間際にいたからこそと言うべきか数分、いや数十分にも感じられた。
「ッ……!!」
だが、その時は訪れた。
矢を構えるのが間に合わない、だというのに僕の目の前には巨大な水弾が迫ってきている。
問題はこれを食らう場所、攻撃に使う上半身を避けなおかつ即死を避けられる部位に当たるのを願うしかない。
「もう心配はないわ」
覚悟を決めたその直後、聞こえないはずの声が底から聞こえて来た。
そして、突然水柱が上がり僕の体は誰かに掴まれ間一髪で水弾を回避した。
そのまま、僕の体は浮上しプロンさんの元まで戻って来た。
「危なかったわね。2人とも」
「せ、先輩!?」
髪色やら瞳の色が変わっていたり、体には蛇に撒きつけられたような跡があるものの間違いなく僕を助けてくれたのは先輩だった。
「それじゃ、片付けてくるわ。待ってなさい」
そう言うと、驚きの声を上げる僕と、呆然としたままのプロンさんを置いて先輩は横穴を降りていった。
「食い破りなさい【ハイドラ・ロアー!】」
詠唱と共にワームに切っ先を向けた短剣から巨大な海蛇が現れ水弾を食い破りながらとぐろを巻きその中心を彼女は降りていく。
やがてとぐろを巻いた海蛇はワームに齧り付きその動きを拘束する。
「これで、おしまいよ。【アルファード・ボム】」
そして彼女は、ハイドラ・ワームが放ち続けた物より巨大な水弾を作り出して落下させた。
当然、海蛇に拘束されたワームは避けることができず爆散した。
「……すごい、ですね」
「そうだね……でも、先輩に一体何が……?」
その一部始終を見ていた僕たちは感嘆の声を漏らす。
だが、先輩があの水たまりに落ちた直後でのこの変化に違和感を感じた。
覚醒というにはあまりにも突然で、言い方は悪いが力に使われているような印象すら持ってしまった。
「おそらく、神の加護を得たんだと思います。それも、私やアポロさんよりも高位の」
「……でも、先輩は先輩なことに変わりはないんだし、それよりもハイドラ・ワームが倒されたことに喜ぼう!」
「そうですね、これで帰れるんですから!!」
下を見ればハイドラ・ワームが出した水も消え去ってちゃんと地面が見えている。
僕たちは横穴から脱出して、底に立っているポラリス先輩の元に向かった。
「先輩!」
「ポラリスせんぱーい!!」
「……ふふっ、ふふふふふふふふ!!」
下に降りた僕たちは先輩の元に駆けより呼ぶが、先輩の返答はなく不気味な笑みを浮かべるだけだった。
「せん、ぱい?」
「……あぁ、2人とも来てたのね。見た?私の力…私が神から頂いた力よ。これなら、ゴールド……いや、エレクトラムランクだって成れるわ!!それだけじゃない、魔王種だって敵じゃない!!」
先輩は興奮を隠して切れておらず、これまでのポラリス先輩の姿とは乖離したその言動に僕とプロンさんは互いに顔を見合わせて首を傾げた。
と言っても、実際に先輩の力は凄まじいものだったことに変わりない。
突然、そんな力を得ればこういう反応をしてもおかしくないだろうと結論付けた。
「そういえば、脱出の扉ってどこにあるんですかね?確か、ボスを倒したら出てくるんですよね」
「あ、そうでした!!でも、扉は私たちが入って来た扉しかないですね……」
右往左往視線を動かすもそれらしいものは目につかない。
もし、僕たちが入って来た扉と似ているのなら淡く光っていて見つけやすいと思うのだが。
「そうね……そうだったわ。まず、2人を送り届けないと……あら?」
その時だった、先輩の視線が上空に向くと同時に僕も視線を向ける。
そこには、先ほどまで隠れていたのかわからないが、普通のサイズのケーブ・ワームが壁を這って徐々にこちらに近づいていた。
「ケーブ・ワーム?倒しますね」
「あれが、脱出の扉が出てこない原因ね。アポロ、私に任せて下がっていなさい」
「……はい」
思うことがないわけではないが、先輩の指示に従ってプロンさんの隣まで後退した。
「ふふっ、ちょうどいいわ。ケーブ・ワームだろうと、私の力の試す相手を待ってたのよ!!【アルファード・ボム!!】」
掌の前から放たれる巨大な水弾は真っすぐ、壁を這うケーブ・ワームに激突して爆音と巨大な水しぶきを起こす。
この攻撃は、あのハイドラ・ワームですら一撃で爆ぜる威力を持つ。
並のケーブ・ワームでは原型すら残らないだろう。
(……なのに、なんだこの違和感は?)
水しぶきの向こう側は何が起こっているかわからないが、とにかく嫌な予感を感じ取っていた。
「はぁ……ケーブ・ワームじゃ的にもならないわね。ほら、二人とも脱出の扉を見つけてさっさと……」
落胆した先輩が僕たちの方を向いた直後、水しぶきを破ってケーブ・ワームが空を舞いながら接近していた。
「先輩!!」
遅かった。
「え……?」
僕も、プロンさんも、ポラリス先輩もみんな遅かった。
それは、みんながハイドラ・ワームを倒して冒険者にとって一番大切なことを忘れてしまったからだと思う。
それは、決して油断しないこと。
僕が先輩に違和感を感じていた原因は、突然得た加護の力ではない。
油断大敵だとよく理解している先輩が油断しているように見えたからだ。
「……」
先輩の頭があった場所に今はワームの口がある。
その直後、体にあった蛇に撒きつけられたような跡が消える。
それと同時に首と分かれた胴体は糸が切れた人形のように地面に落ちていく。
突然の出来事に、僕たちはその様子を呆然と眺めることしかできなかった。
異世界メモ:契約
契約とは今回の場合は神様と人間が交わすものを指すよ!
でもね、この契約実は【禁止ワードを確認】…って、じゃあこれなら【禁止ワードを確認】えーじゃあこれだ!【禁止ワードを確認】
…なんも言えないじゃん!!ただ、みんな!!期限が決まっていない契約には気を付けるんだぞ!!
これで、第一章は終わりになります。まだ、総合評価が4ptしかないのでこのタイミングで評価していってくれると嬉しいです!!
ちなみに、まだ小説初心者なので感想で指摘もお待ちしております。




