表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

序列3位 エックス・セル・フィネストラ

リハビリ



「眠れ、勇者。直に――貴様が守りたかったものを届けてやる」

「む、無念……」


 魔王が勝利した。


 勇者のパーティーは全滅し、魔王に歯向かう者はこの世界にいなくなった。

 結果、誰一人として魔王に抗える勢力は残らなかった。


「足りぬ。所詮、勇者などその程度。我が魔力には届かぬ」


 魔王の勝因は圧倒的な魔力。

 並の魔法使いを十、勇者パーティーにいた人類最高峰の魔女の魔力を一万とすれば、魔王の魔力は三百万。圧倒的な魔力で、他者を蹂躙してきたのだ。

「グハハハハ。まずは人間どもを根絶やしにしてやる。だが、それより貴様の首を剥製にして飾るのが先か」


 高笑いする魔王。その背後から、突如として人の声が響いた。


「それはちょっと待ってもらっていいかな」


 魔王の玉座に、ひとりの魔法使いが腰掛けていた。

 魔王と同じくらい堂々と、玉座に君臨している。


 侵入者は少年ほどの背丈で、深緑の髪。

 瞳孔は四角く開き、厚手のローブを羽織り、右手には無数に枝分かれした杖を握っている。


「侵入者め。兵はいったい……いや、倒された後だったか」


 魔王は、この魔法使いが別ルートで侵入した兵士だと予測した。


「しかし、残念だった。もう少し早ければ、こいつらを助けられたかもしれんが」

「こいつらのことなんてどうでもいいし」

「そうか。だが、世界が終わるこの瞬間でも、人の争いとは醜いものだ」


 勇者と別の所属か。人類が一枚岩ではないことを示している。


「我の前に名乗ることを許す」


 聖都ブッタ、神宮ミャー、大街キラキラ、魔法都市イルル──

 人類で魔王軍と対抗し得る組織はこの四つだが、


「終末全否定俱楽部 リローデッドダイス 部員 エックス・セル・フィネストラ」

 その魔法使いは、どの組織でもなかった。


 組織ではなく、クラブと呼ばれるお遊び集団の一員だという。

 これまで傲岸不遜に構えていた魔王も、不機嫌そうな顔を滲ませる。


「なんだ、そのふざけた所属は」

「人類の存続危機に待ったをかける、お節介集団だよ」

 魔法使いは平然と、ありのままを告げる。


「災害や戦争が発生し、原住民の手では回避不可能と判断した場合、部員がその世界に派遣され、存続できるよう援助する組織。今回なら魔王が人類を滅ぼそうとしているから、その要因を排するために来た。要するに――」


 椅子から立ち上がり、虫を見るかのように魔王を見下ろす。


「お前は人類の繁栄に邪魔だ。だから、これから僕に排除される」

「実に分かりやすい。だが、不可能という一点を除けばな」


 兵は勇者によって多数倒されたとはいえ、単独でここまで来られる者。

 それだけの実力者だと、魔王も理解している。

 なおも魔王は、その実力を測る。

 勇者が初めて敵と対峙したときのように、魔王も敵の気力や魔力をオーラとして読み取れるのだ。


「(なるほど、戯言をほざくことはある)」

 そこに横たわる魔女よりも、魔力は数倍、あるいは数十倍高い。

 魔王自身も、自分以外でここまでの魔力を持つ者を見たのは初めてだった。


 しかしそれだけだ。


 魔王の十分の一ほどの魔力しか持っていない。

 敵であることは認めるが、雑魚でしかない。


 ならば手加減は不要だ。

 この形態で最も早い一撃を相手に放つ。

 だが、その一撃は魔法使いに衝突する前、突如現れた魔法陣によって跳ね返された。


「ふんっ」


 跳ね返った一撃を、魔王は拳で振り払って遠くへ弾き飛ばす。

 闇の炎に包まれたそれは、高さ四千メートルはあろう岩山に触れて爆発し、

 山は一瞬にして平地へと変わった。


「ふっはははは。なるほど、魔法反射か。いいだろう」


 魔法に長けているならば、格闘で勝負すればいい。

 魔王たるもの、魔力だけではない。

 白兵戦も一流だ。

 破壊剣を振りかざし、魔法使いを自らの一撃で叩き潰そうとする。


「我が一撃は山をも落とす。貧弱な魔法使いが受けきれるものか!」


 剣は魔法使いの脳天を掴むように振り下ろされた。


「――っ」


 だが、剣は、万物を破壊するはずの刃だというのに、そこで破壊された。


「なっ?」

「お察しの通り僕は白兵戦が得意ではない。ただ、星が落ちる程度の衝撃なら耐えられる。山がどうこう言っている時点で程度は知れたよ」


 そう言って杖を下ろし、指先を向ける。


「万が一のために武装はしてきたが、必要なかったか。超小型火球リトルフレア


 魔王が感じたのは――轟音と閃光。

 指先で灯された炎は一瞬で膨れ上がり、爆散したのだ。

 魔王城とその周辺は炭と化し、魔王ですら一瞬で焼け焦げる。

 生き残った魔法生物は灰の砂となって零れ散った。


「へえ、やるじゃないか。確定二発とは恐れ入った」

「ぐゅぐぅぅう……」


 ここで初めて、魔法使いは驚愕の表情を見せる。

 魔法使いとしては一撃で瀕死にする予定だったが、魔王の耐久は存外高く、完全には落とせなかったのだ。九割後半ではなく、八割程度の削りだった。


「あ、ありえん。それほどの力を持ったものが、なぜ」

「もう一回、自己紹介がご所望に見える。答えよう。終末全否定俱楽部リローデッドダイス部員。名をエックス・セル・フィネストラ。世界の終末に待ったをかける、お節介な異邦人だ」

「……異世界人か」

「そうとも言う」

「しかしなぜだ。その程度の魔力で、これほどの炎を……」


 魔王の十分の一ほどの魔力で、魔王を圧倒するなどありえない。


「……まさか、ステータス偽装か」

「察しが良いね。僕の魔力を何らかの手段で観測しようとすると、なぜか発狂してしまう輩が多くてね。魔力の隠蔽にはちょっとした自信があるのさ」


 エックスが最も習得に苦労し、最も得意とする魔法は自身の魔力の隠蔽である。

 並の者では観測することすら出来ず、秀でた者はその異常性に気づき、極めた先に到達した者は失禁するほどの異常を起こすが、彼の魔力は人前で正しく恐れられることが少ない。


「ただ、それ以上に――」

「ならばこうするしかあるまい」


 魔王は自らの胸に手を突き刺した。


「?」

「これが我の第二形態だ」


 突き刺された心臓から、ぬっとりとした血が溢れ出す。

 血は骨全体に這うように広がり、山羊のような骨格に粘着していった。

 出来上がったのは、血管を張り付けたような、気味の悪い骸骨だ。


「他者にこの醜い姿を見せるのは初めてだ。我が第二形態――血魂流ブラッドモード

「そうなんだ。なんか悪いね、僕のためにそんなことをさせちゃって。そろそろ、攻撃した方がいい?」

「好きにしろ。絶望を見せてやる」


 返事を待たず、魔王は先ほどと同じ攻撃を放つ。


超小型火球リトルフレア


 違いは一つ。

 1回目の攻撃でかろうじて形を保っていたものが、二度目の攻撃で灰と化した。

 しかし、直撃を受けた魔王本体には傷一つついていない。


「魔法無効――でいいのかな」

「その通りだ。どれほど優れた魔法を使おうが、我が肉体には無効化される」


 魔王の第二形態は、あらゆる魔法を無力化する。第三形態は物理を無効化し、最終形態では全ての攻撃が九割減されるという。


「秀でた魔法使いよ。お前の強みはこれで死んだ」

「無知な魔王よ。あなたが死ぬ前に覚えておけ。真の意味で魔法を完全に無効化する能力など、この世に存在しない」


 魔法攻撃を完全無効にするなどあり得ない――と、魔法使いは告げた。


「なぜ魔法が効かないのかを考えたことはあるか」

「なぜだと? 我が体質に理由は不要だ」

「それは思考の放棄だ。なぜ、どうして、どうやって――それを考え再現するのが魔法使いというものだ。魔法無効化物質があって無効だからと諦めるのは、どれだけ魔力が多くとも三流の魔法使いだ」


 明確な侮蔑を受け、魔王は言葉を失う。


「魔力の差が大きすぎてゼロと感じる。大いなる意志によってかき消される。魔力が四散して魔法が使えなくなる――そういう理屈があるなら、それを四散前提に魔法を使えばいい」


 全ての現象を完全にゼロにできるのは不可能。

 道理として世界全てを魔法で包む方がまだ合理的


「僕は君の無効化を、ダメージ計算時にゼロを掛ける処理だと分析している」

「それがどうした? 結局貴様は我にダメージを――」

「僕の攻撃に対して魔法を無効にするなら――」


 魔王が緑色の炎に包まれる。


「君自身が使えばいい」


 生命が焼かれるように、魔王は叫び声を上げた。


「ぐぁあああああああ!」


 これまで何度も耳にした、命尽きる時の絶叫が、魔王の喉から漏れる。


「な、なにをした?」

「僕が君の魔力で自滅魔法を使っただけだよ。君の魔力で、君の命を燃やす魔法」

「そ、そんなことが……」


 魔王が自ら自滅魔法を発動していると、システムは判断する。

 攻撃されたわけではないため、無効にはならない。


「君ができないからといって、他人もできないとは思わない方がいい。視認できる距離なら、僕はどんな魔力でも操れる。だって魔法使いだから」


 自分が使う魔法は自分の魔力だけ――という常識を持つ者は、リローデッドダイスにはいない。


 彼らは、自分と同等、いやそれ以上に理不尽な連中と組しているのだ。


「他に手はないのか? こっちはまだあるぞ。まだ指を二本しか使っていない。足掻けよ。強者だろう?」

「お、おのれおのれおのれぇええ!」


 威厳はとうに崩れ落ち、魔王はただの敗者になっていた。


「吠えるだけなら意味がないよ。勝負がついた後の形態変更は無意味だから、変化後の形態も焼き払っておくけど文句はないよね」

「や、やめてくれ!」

「残念だが、君はやりすぎた。人類を絶滅させるなど愚かな考えを抱かなければ、領土の半分を譲る程度で妥協していれば良かった。現地の勇者に倒される程度の強さなら、僕が派遣されることはなかった」


 この魔王に落ち度があるとすれば、――この星の誰よりも強過ぎたことだ。


 たった一人で全てを決めるような存在を、クズの魔法使いは許さない。

 個人による力の正義は、それ以上の力を外部から持ってこられることを反論できない。


 誰かに相談し、誰かの協力を仰ぎ、誰かと共に支配する。


 そうしなければ最低最強な魔法使いがやってくる。


 魔法使いは骸を蹴り飛ばし、反応がないことを確かめる。

 続いて魔法で再生できないよう、念入りに焼却する。

 魂も存在も何もかもが燃やし尽くされ、魔王が復活する要因は完全になくなった。


「終わりました」


 一通りのチェックを終え、戦闘が終わったことを確認すると、魔法使いは組に連絡を入れた。


「はい。魔王は勇者一行が倒したことにします。ええ、ちゃんと勇者には真実を伝えますよ。はい、邪神とかはいない世界でしたので大丈夫です。自作魔法の持ち込み申請はしてないって? しましたよ。申請が来ていない? あー、あの子新人なんで多分忘れてますね。は? 顛末書を書かせる? いやいや、だめですって、ちゃんとフォローしていない僕らが悪いです。え? 始末書? 了解です。始末書書きます。はいはい。ではこれで」


 魔法使いは、自分の格好とは似つかわしくない機械的通話装置を懐にしまう。


「絶望というほどはなかったが、爪痕くらいは見せられたか」


 灰となった骸を踏みにじり、今度は勇者の蘇生を始めた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ