序列3位 エックス・セル・フィネストラ
リハビリ
「眠れ、勇者。直に――貴様が守りたかったものを届けてやる」
「む、無念……」
魔王が勝利した。
勇者のパーティーは全滅し、魔王に歯向かう者はこの世界にいなくなった。
結果、誰一人として魔王に抗える勢力は残らなかった。
「足りぬ。所詮、勇者などその程度。我が魔力には届かぬ」
魔王の勝因は圧倒的な魔力。
並の魔法使いを十、勇者パーティーにいた人類最高峰の魔女の魔力を一万とすれば、魔王の魔力は三百万。圧倒的な魔力で、他者を蹂躙してきたのだ。
「グハハハハ。まずは人間どもを根絶やしにしてやる。だが、それより貴様の首を剥製にして飾るのが先か」
高笑いする魔王。その背後から、突如として人の声が響いた。
「それはちょっと待ってもらっていいかな」
魔王の玉座に、ひとりの魔法使いが腰掛けていた。
魔王と同じくらい堂々と、玉座に君臨している。
侵入者は少年ほどの背丈で、深緑の髪。
瞳孔は四角く開き、厚手のローブを羽織り、右手には無数に枝分かれした杖を握っている。
「侵入者め。兵はいったい……いや、倒された後だったか」
魔王は、この魔法使いが別ルートで侵入した兵士だと予測した。
「しかし、残念だった。もう少し早ければ、こいつらを助けられたかもしれんが」
「こいつらのことなんてどうでもいいし」
「そうか。だが、世界が終わるこの瞬間でも、人の争いとは醜いものだ」
勇者と別の所属か。人類が一枚岩ではないことを示している。
「我の前に名乗ることを許す」
聖都ブッタ、神宮ミャー、大街キラキラ、魔法都市イルル──
人類で魔王軍と対抗し得る組織はこの四つだが、
「終末全否定俱楽部 リローデッドダイス 部員 エックス・セル・フィネストラ」
その魔法使いは、どの組織でもなかった。
組織ではなく、クラブと呼ばれるお遊び集団の一員だという。
これまで傲岸不遜に構えていた魔王も、不機嫌そうな顔を滲ませる。
「なんだ、そのふざけた所属は」
「人類の存続危機に待ったをかける、お節介集団だよ」
魔法使いは平然と、ありのままを告げる。
「災害や戦争が発生し、原住民の手では回避不可能と判断した場合、部員がその世界に派遣され、存続できるよう援助する組織。今回なら魔王が人類を滅ぼそうとしているから、その要因を排するために来た。要するに――」
椅子から立ち上がり、虫を見るかのように魔王を見下ろす。
「お前は人類の繁栄に邪魔だ。だから、これから僕に排除される」
「実に分かりやすい。だが、不可能という一点を除けばな」
兵は勇者によって多数倒されたとはいえ、単独でここまで来られる者。
それだけの実力者だと、魔王も理解している。
なおも魔王は、その実力を測る。
勇者が初めて敵と対峙したときのように、魔王も敵の気力や魔力をオーラとして読み取れるのだ。
「(なるほど、戯言をほざくことはある)」
そこに横たわる魔女よりも、魔力は数倍、あるいは数十倍高い。
魔王自身も、自分以外でここまでの魔力を持つ者を見たのは初めてだった。
しかしそれだけだ。
魔王の十分の一ほどの魔力しか持っていない。
敵であることは認めるが、雑魚でしかない。
ならば手加減は不要だ。
この形態で最も早い一撃を相手に放つ。
だが、その一撃は魔法使いに衝突する前、突如現れた魔法陣によって跳ね返された。
「ふんっ」
跳ね返った一撃を、魔王は拳で振り払って遠くへ弾き飛ばす。
闇の炎に包まれたそれは、高さ四千メートルはあろう岩山に触れて爆発し、
山は一瞬にして平地へと変わった。
「ふっはははは。なるほど、魔法反射か。いいだろう」
魔法に長けているならば、格闘で勝負すればいい。
魔王たるもの、魔力だけではない。
白兵戦も一流だ。
破壊剣を振りかざし、魔法使いを自らの一撃で叩き潰そうとする。
「我が一撃は山をも落とす。貧弱な魔法使いが受けきれるものか!」
剣は魔法使いの脳天を掴むように振り下ろされた。
「――っ」
だが、剣は、万物を破壊するはずの刃だというのに、そこで破壊された。
「なっ?」
「お察しの通り僕は白兵戦が得意ではない。ただ、星が落ちる程度の衝撃なら耐えられる。山がどうこう言っている時点で程度は知れたよ」
そう言って杖を下ろし、指先を向ける。
「万が一のために武装はしてきたが、必要なかったか。超小型火球」
魔王が感じたのは――轟音と閃光。
指先で灯された炎は一瞬で膨れ上がり、爆散したのだ。
魔王城とその周辺は炭と化し、魔王ですら一瞬で焼け焦げる。
生き残った魔法生物は灰の砂となって零れ散った。
「へえ、やるじゃないか。確定二発とは恐れ入った」
「ぐゅぐぅぅう……」
ここで初めて、魔法使いは驚愕の表情を見せる。
魔法使いとしては一撃で瀕死にする予定だったが、魔王の耐久は存外高く、完全には落とせなかったのだ。九割後半ではなく、八割程度の削りだった。
「あ、ありえん。それほどの力を持ったものが、なぜ」
「もう一回、自己紹介がご所望に見える。答えよう。終末全否定俱楽部リローデッドダイス部員。名をエックス・セル・フィネストラ。世界の終末に待ったをかける、お節介な異邦人だ」
「……異世界人か」
「そうとも言う」
「しかしなぜだ。その程度の魔力で、これほどの炎を……」
魔王の十分の一ほどの魔力で、魔王を圧倒するなどありえない。
「……まさか、ステータス偽装か」
「察しが良いね。僕の魔力を何らかの手段で観測しようとすると、なぜか発狂してしまう輩が多くてね。魔力の隠蔽にはちょっとした自信があるのさ」
エックスが最も習得に苦労し、最も得意とする魔法は自身の魔力の隠蔽である。
並の者では観測することすら出来ず、秀でた者はその異常性に気づき、極めた先に到達した者は失禁するほどの異常を起こすが、彼の魔力は人前で正しく恐れられることが少ない。
「ただ、それ以上に――」
「ならばこうするしかあるまい」
魔王は自らの胸に手を突き刺した。
「?」
「これが我の第二形態だ」
突き刺された心臓から、ぬっとりとした血が溢れ出す。
血は骨全体に這うように広がり、山羊のような骨格に粘着していった。
出来上がったのは、血管を張り付けたような、気味の悪い骸骨だ。
「他者にこの醜い姿を見せるのは初めてだ。我が第二形態――血魂流」
「そうなんだ。なんか悪いね、僕のためにそんなことをさせちゃって。そろそろ、攻撃した方がいい?」
「好きにしろ。絶望を見せてやる」
返事を待たず、魔王は先ほどと同じ攻撃を放つ。
「超小型火球」
違いは一つ。
1回目の攻撃でかろうじて形を保っていたものが、二度目の攻撃で灰と化した。
しかし、直撃を受けた魔王本体には傷一つついていない。
「魔法無効――でいいのかな」
「その通りだ。どれほど優れた魔法を使おうが、我が肉体には無効化される」
魔王の第二形態は、あらゆる魔法を無力化する。第三形態は物理を無効化し、最終形態では全ての攻撃が九割減されるという。
「秀でた魔法使いよ。お前の強みはこれで死んだ」
「無知な魔王よ。あなたが死ぬ前に覚えておけ。真の意味で魔法を完全に無効化する能力など、この世に存在しない」
魔法攻撃を完全無効にするなどあり得ない――と、魔法使いは告げた。
「なぜ魔法が効かないのかを考えたことはあるか」
「なぜだと? 我が体質に理由は不要だ」
「それは思考の放棄だ。なぜ、どうして、どうやって――それを考え再現するのが魔法使いというものだ。魔法無効化物質があって無効だからと諦めるのは、どれだけ魔力が多くとも三流の魔法使いだ」
明確な侮蔑を受け、魔王は言葉を失う。
「魔力の差が大きすぎてゼロと感じる。大いなる意志によってかき消される。魔力が四散して魔法が使えなくなる――そういう理屈があるなら、それを四散前提に魔法を使えばいい」
全ての現象を完全にゼロにできるのは不可能。
道理として世界全てを魔法で包む方がまだ合理的
「僕は君の無効化を、ダメージ計算時にゼロを掛ける処理だと分析している」
「それがどうした? 結局貴様は我にダメージを――」
「僕の攻撃に対して魔法を無効にするなら――」
魔王が緑色の炎に包まれる。
「君自身が使えばいい」
生命が焼かれるように、魔王は叫び声を上げた。
「ぐぁあああああああ!」
これまで何度も耳にした、命尽きる時の絶叫が、魔王の喉から漏れる。
「な、なにをした?」
「僕が君の魔力で自滅魔法を使っただけだよ。君の魔力で、君の命を燃やす魔法」
「そ、そんなことが……」
魔王が自ら自滅魔法を発動していると、システムは判断する。
攻撃されたわけではないため、無効にはならない。
「君ができないからといって、他人もできないとは思わない方がいい。視認できる距離なら、僕はどんな魔力でも操れる。だって魔法使いだから」
自分が使う魔法は自分の魔力だけ――という常識を持つ者は、リローデッドダイスにはいない。
彼らは、自分と同等、いやそれ以上に理不尽な連中と組しているのだ。
「他に手はないのか? こっちはまだあるぞ。まだ指を二本しか使っていない。足掻けよ。強者だろう?」
「お、おのれおのれおのれぇええ!」
威厳はとうに崩れ落ち、魔王はただの敗者になっていた。
「吠えるだけなら意味がないよ。勝負がついた後の形態変更は無意味だから、変化後の形態も焼き払っておくけど文句はないよね」
「や、やめてくれ!」
「残念だが、君はやりすぎた。人類を絶滅させるなど愚かな考えを抱かなければ、領土の半分を譲る程度で妥協していれば良かった。現地の勇者に倒される程度の強さなら、僕が派遣されることはなかった」
この魔王に落ち度があるとすれば、――この星の誰よりも強過ぎたことだ。
たった一人で全てを決めるような存在を、クズの魔法使いは許さない。
個人による力の正義は、それ以上の力を外部から持ってこられることを反論できない。
誰かに相談し、誰かの協力を仰ぎ、誰かと共に支配する。
そうしなければ最低最強な魔法使いがやってくる。
魔法使いは骸を蹴り飛ばし、反応がないことを確かめる。
続いて魔法で再生できないよう、念入りに焼却する。
魂も存在も何もかもが燃やし尽くされ、魔王が復活する要因は完全になくなった。
「終わりました」
一通りのチェックを終え、戦闘が終わったことを確認すると、魔法使いは組に連絡を入れた。
「はい。魔王は勇者一行が倒したことにします。ええ、ちゃんと勇者には真実を伝えますよ。はい、邪神とかはいない世界でしたので大丈夫です。自作魔法の持ち込み申請はしてないって? しましたよ。申請が来ていない? あー、あの子新人なんで多分忘れてますね。は? 顛末書を書かせる? いやいや、だめですって、ちゃんとフォローしていない僕らが悪いです。え? 始末書? 了解です。始末書書きます。はいはい。ではこれで」
魔法使いは、自分の格好とは似つかわしくない機械的通話装置を懐にしまう。
「絶望というほどはなかったが、爪痕くらいは見せられたか」
灰となった骸を踏みにじり、今度は勇者の蘇生を始めた。