本日の『遭難者』(その二)
「『遭難者』だ」
そう言うと、モニタールームの男がふり返る。
薄暗い部屋の中、男の顔はゾンビだ。
といっても、これは「かぶり物」だ。
もしも客が、この部屋をうっかりのぞいてしまっても、おばけ屋敷の世界観を壊さないための工夫である。
ただし、かぶり物は暑い。部屋の中ではエアコンと扇風機が動いているが、男の首からは汗が垂れていた。
彼は、このおばけ屋敷の責任者で、「梅雄」と呼ばれている。
これは本名ではない。このおばけ屋敷では、中で「スタッフの本名」を呼ぶことを禁止している。
なぜ、そのようにしているのか。
一つ考えてもらいたい。あなたは心霊スポットに行って、そこで自分の本名を大声で呼んでもらいたいだろうか。
だから、ここでは「個人情報保護」のため、スタッフ間では、「偽名」または「番号」を使っている。
後方に置いていた小型無線機をつかむと、
「こちら本部。全員よく聞け。【C-4区画】に『遭難者』がいる」
梅雄は小型無線機を持ったまま、再びモニターの方を向いた。
無線機を持っていない方の手で、キーボードを叩く。
モニター全体の中央部分に、大きな地図が表示された。【C-4区画】の地図だ。
その中に黄色く光っている点が一つ。
これは、『遭難者』がいる地点だ。
このおばけ屋敷では、「途中で立ち止まっている客」、「迷子になっている客」などを総称して、『遭難者』と呼んでいる。彼らは救助すべき存在。
「今回の『遭難者』は小さな男の子だ」
梅雄はキーボードから手を離す。
そばにあったメモ帳に、「正」の字の「五画目」を書きこむと、
「これで本日五人目だ。絶対にしくじるなよ」