69話。地下通路を進み、獣人少女を助ける
さて。
焦ったら駄目だが、ゆっくりしている理由もない。
俺は駆け足で地下通路を進む。
湿度の高い地域の地下だから、足下はねっちょりしている。
中は明かりがないため、ステータスウインドウを光らせようと思ったが、それだとあとでシャルロットが困るだろうし、分岐路でもなんでもないが、さっそく発光植物とやらをちぎって、転がした。
なるほど。100均ショップに売っているソーラー式のライトくらいの光量はある。いつまで保つか分からないが、一定間隔で置いていけば良いだろう。
俺は奥へ進む。地下通路はたまに曲がってはいるが、一本道だった。騎馬が通れそうな高さがあり、やや昇り斜面になっている。
通路の端には溝があり、突入口側に地下水を流しているようだ。溝の縁にはマッシュルームらしき大量のキノコが生えている。
かび臭さや毒ガスのような異臭はないが、やはり獣臭い。
しかし、獣の姿はない。
ここを獣やモンスターが大量に通ったのか?
まさか、足下がしっとりと濡れているのは、大量のうんこ?
採掘時に出た石を積み重ねて作ったらしき柱が一定間隔であり、そこに、たいまつを設置するためらしき窪みがある。
「む……。分岐か」
十字路になっていた。
俺の家は方向的に真っ直ぐの気がするし,道幅が広いし、気分的に真っ直ぐ進みたいな。
俺は真っ直ぐ進むことにし、そちらへ発光植物を落とす。
十字路や丁字路がいくつかあったが、俺はひたすら真っ直ぐ進んだ。
何があるか分からない未知と、暗さからくる恐怖が最大の障害だった。
やがて不意に前方が明るくなる。
扉が開いて、向こう側の光が漏れてきたかのように、明かりは長方形だ。
大きな人影と小さな人影が浮かびあがった。
……もしかして、村長が言っていた「今朝、地下通路に落とした獣人の子供」か?
可能性としてはある。
地下通路が村からザマーサレルクーズ家の屋敷まで続いているなら数キロメートルはある。こんな暗闇をたいまつか何かだけで歩くなら、普通に歩くより時間がかかるはず。
俺が数分で駆け抜けてきたから、追いついたんだ。
よし。助けよう。
様子を見るとか、そういうの、考慮するまでもない。
シュンッ!
俺は超加速で移動した。
出入り口にはゴロツキふたりと、獣人の子供ひとりがいた。
トンッ!
トンッ!
俺はゴロツキふたりの首筋に気絶チョップを放つ。
男達が手放したたいまつを、地面に落下する前にキャッチ。地面に突き刺して固定。
それから、倒れる最中のふたりの服をつかんで、ゆっくりと地面に落として、音を鳴らさないようにした。
レベル72のスピードなら、これくらい余裕余裕。
この先に何があるのか、向こう側が気になるが、いったん扉を閉める。
俺はしゃがみ、ケモ耳の子に声をかける。
「助けに来た。大丈夫か?」
「は、はい」
暗いからはっきりしないが、犬系の女の子っぽい。
鼻をヒクヒク動かしている。俺の臭いを嗅いでいるのだろうか。
俺は性別確認のためにお尻を触ろうとするが、伸ばしかけた手を止める。
「俺の性別は男。君は?」
「お、女です」
「そうか。ごめん。名乗るつもりが間違えた。俺はアーサー」
「……」
その子は口ごもった。
もともと犬の獣人は名前を付けない文化なのだろう。
「メ、メスイヌノガキです……」
人間につかまって、商品としての名前を与えれたのだろう。
やはり首に奴隷の首輪をしている。
「ごめん。それは名前じゃないんだ。人間が迷惑をかけたな」
「……」
「ちょっと待っててくれ。アーサージャベリン!(ただの手刀)」
俺は少しでもスフィ(仮)の緊張がほぐれるように、冗談めかして手を構えた。
そして、パワーを加減して壁面に突き刺す。
ズブッ!
ズブッ!
さすがレベル72のパワーだ。固いはずの壁面をスポンジケーキのごとく容易くえぐれる。
俺は壁面に、ちょうど人間が入るサイズの穴を縦方向に掘った。
そこにさっき気絶させたゴロツキを、パズルのようにぴったりはめこむ。
足から奥につっこみ、窒息しないように頭だけは外に出る状態だ。
意識がないからゴロツキの頭はガクンと後ろに倒れて、口がカパッと開いた。キモい。ふたりめは仰向けではなくうつ伏せに埋めた。
「よし、これで安全だ。ぴったりフィットだからな。こいつらはもう自分の意思ではどこにも行けない。誰かが頭をひっぱらない限り、死ぬまでこのままだ」
「わ、あ……」
子供は安堵とも感嘆ともとれない声を漏らした。
「キモ……」
「キモって言った?!」
「あっ……」
「いいよ! 同意だから。言っていいよ!」
「は、はい。キモいんだよ、このクソ人間!」
ボコッ!
スフィ(仮)は穴に埋まっている変態の頭に蹴りを加えた。
「いいことだ!」
「え、えへへ……」
心が強い子のようだ。これは結構安心できるぞ。
「この先で悪事が起きているんだ。俺は行かなければならない。君はここで待っていてくれ」
「はい」
「すぐに向こうから人間の美しい女性が来る。シャルロットという名前だ。たぶん君に気づいたらひと声かけてくる。そうしたら、アーサーは先に行ったと伝えてくれ。君はその美少女の指示に従ってくれ」
「はい」
「じゃあ、ひとりぼっちにさせて悪いんだけど、ここにいてね。なにか困ったら叫んで。助けに来るから」
「はい。この人間をいたぶりながら待ってます」
「……! おう! その意気だ!」
この子のためにも、この先で行われている悪事を阻止しなければ。
俺は決意をこめて、ドアノブをつか――。
ドアノブなんてない!
くっそ、しまらねえな! しまってるが!
俺はそっと押して扉を開けた。