67話。サフィが怒る。それは、俺たちの信頼度が上がり、遠慮がなくなったからだ
「……シャルはここに残って、サフィとシフィと馬を守ってほしい」
ゴロッキー、シロッキー、サンロッキーが『俺たちは?』という視線を向けてきたが無視。お前たちは割とどうなってもいい。
サフィがシフィを抱きしめ、決然とした眼差しを俺に向ける。
「駄目みゃ! ミャルロットはミャーサーと一緒に行くみゃ! シフィはサフィが守るみゃ!」
ゴロッキ、シロッキー、サンロッキーが『俺たちは?』という視線をサフィに向けた。
「ミャーサーのパパと戦うなら、ひとりじゃ駄目みゃ」
サフィはいつになく興奮した口調だ。
ハンミャーミャーを食べた感動の声よりも大きい。
「おいおい。サフィだって、俺の強さを知って――」
「知っているみゃ!」
サフィが初めて見せる剣幕で、俺の言葉を遮る。
サフィの瞳孔がキュッと細くなった。
「ミャーサーは強いみゃ。でも、生き物は、パパの方が強いみゃ! ミャーサーが強いなら、ミャーサーのパパも強いみゃ! 絶対に、ひとりで行っちゃ駄目みゃ!」
「サフィ……」
いや、でも、あのクソ親父が強いとは思えないが……。
「サフィの言うとおりだ。アーサー。たしかにお前は強い。だが、相手はお前の父親だ」
「でも……。俺の親父は腹が出た中年のおっさんだぞ。もともとうちには3頭の馬がいて、俺がメルディに乗っていたのは教えたよな? なんでオス馬のメルディに俺が乗って、メス馬のランディに親父が乗っていたと思う? 馬術が下手だからオスには乗れないんだよ。親父と弟は、大人しいメスにしか乗れなかったんだ。ふたりとも身体能力が低いんだよ」
戦闘力が高いはずがない。
だが、俺の説明にシャルロットは頷かない。
「今、お前が光のステータスウインドウボールで相殺した物はなんだ?」
「それは、俺のを光と呼ぶなら、相殺したのは闇のステータスウインドウボールだが」
「それはいつから作られていた?」
「え?」
「ここの村長が悪事を働き始めたのは昨日や今日からではないだろう。お前の父親はもっと以前から、お前と正反対の能力を使っていたのだぞ。経験が違う」
「そ、そうか! たしかに言われてみるとそうだ」
俺は自分から見える位置、いや、手の届くくらいの距離にしかステータスウインドウボールを作れない。だが、親父は見える範囲にいない。巧妙に隠れていたとしてもサフィかシフィが臭いや気配で気づくはずだ。
つまり、闇のステータスウインドウボールは、親父が離れても長時間、残り続けているということだ……。
俺だからこそ分かる。とんでもないステータスウインドウテクニックだ。
「分かったようだな。私だって、殴り合いになればお前に勝てる人類がいるとは思えん。だが、それこそ油断だ。相手はお前の父親だ。使うのは奴隷化スキルのはずだが、お前と殴りあえる汎用スキルを隠し持っているかもしれない。冷静に、慎重に行動しよう」
「……ああ。これが本当にステータスウインドウボールだったなら、少なくともステータスウインドウに関して、親父は俺より遥かに上手だ。シャル、ありがとう。俺はうぬぼれていた」
「それでいい」
「サフィもありがとう。どんな生物だって最初は親の方が強いよな。俺が逆転したと思うのは、ただの思い上がりだった」
「みゃ」
「アーサー。少しだけ時間をくれ。ニュールンベージュの兵に魔法伝書鳩を飛ばしておく」
「分かった。俺はサフィにこれからのことを指示しておく」
「ああ。頼む」
俺はサフィ達を連れて穴から少し離れる。
「サフィ。シフィと馬たちを護ってくれ。万が一の時は……。大人になっても構わない。進化してくれ!」
「任せるみゃ!」
「メルディ、ランディ、クルディ。いざとなったら、サフィとシフィを乗せて逃げろ」
「ブヒィ!(※)」 × 3
※:Oui:ウイ:フランス語の「はい」を意味する言葉。英語のYesに相当する。
ゴロッキー、ロクロッキー、ナナロッキーが『俺たちは?』という視線を向けてきた。無視するのは可哀想だし……。
「ザグ、ディーチ、カイン。お前たちは屋敷を探して、ロープでもあれば、倒れているゴロツキを拘束しろ。危険があれば遠慮せずに逃げろ。もし俺たちが帰ってこなかったら、ニュールンベージュに行き、マルシャンディという商人を探して頼れ」
「アーサーさん……。俺たちの名前を……」
「へへっ! ちゃんと覚えるに決まってるだろ!」
ガッ!
俺はゴロッキー、ロクロッキー、ナナロッキー(シロッキーとサンロッキーだったかもしれねえ……)と拳を軽く打ち付けあった。
「足りないが、これを使ってくれ」
話が聞こえていたらしく、シャルロットが魔法の革袋から取りだしたであろう縄を投げてきた。
輪っかになっていた縄はゴロッキーの首にスポッとはまった。
「ありがとうございます。俺はこれでゴロツキを縛ってきます」
「荷物を縛る縄があるはず。俺は荷車や蔵を見てくるぜ!」
「数が必要だ。なら俺は村人から借りれるか聞いてくる」
ゴロッキーたちは早速、駆けていった。
「ブヒヒ……」
メルディが悲しそうな鳴き声を漏らし、顔を近づけてきた。俺は鼻筋を撫でてあげる。
人間の緊張が伝わってしまったのだろうか。
馬なりに、深刻な空気を感じているのだろう。
「よしよし。大丈夫だから心配は要らないよ。ん?」
メルディは口をくいっともちあげた。頬が膨らんでいる?
「なんだ? 何か咥えているのか? ん? 何かを俺に渡そうとしている? いったいなんだろう」
何か重要なアイテムでもあるのだろうか。俺はちょっとだけ期待しつつ手を出す。
んべっ。
メルディは咥えていた物を、俺の手に乗せる。
というか口から何か黒い物を吐きだした。
「なん、だ、これ……。黒い糸? 違う! 髪の毛だ! お前、これ、俺の髪の毛!」
「ブヒフ」
「返す、じゃねえんだよ、どうすんだよ、これ。ん? ランディ、クルディ、お前たちまで。ま、まさか、お、おい、嘘だよな」
んべっ。
んべっ。
「なんだよ、このおびただしい量! お前ら、どれだけ俺の髪の毛を食ったんだよ! 俺の頭、どうなってんだよ! おい!」
「ブヒフフハ!」
「お前らなあ、気にするなじゃねえんだよ……」
馬たちの愛嬌あるあほ面を見たら、怒りが霧消した。
いや、まあ、そんなに怒ってなかったけどさ。
俺だって、換毛期にこいつらの毛を刈っていた。愛情をこめて世話をした。
だから、多分、こいつらが俺の髪の毛を食ったのは馬なりの愛情表現だろう。
「ありがとうな。お前ら。まあ、励ましてくれているんだよな」
ねちょおっ。
俺は唾液まみれの黒い毛玉を頭に乗せて、残っている髪の毛にすりこむようにして混ぜる。
「なあ、シャル。髪の毛が元に戻るポーションみたいなの、ない?」
「え? あー」
俺がシャルロットの方に向くと、彼女は魔法伝書鳩を飛ばすところだった。
「村長やゴロツキ達を捕縛する兵士を派遣するよう、ニュールンベージュに連絡を送ったのだが、ついでに、髪の毛用のポーションを依頼しておけば良かったな」
「そうか。つまり、今はないってこと」
「ふふっ。気にするな。みんなでからかっただけで、お前の髪の毛はなんともなってない」
「そうか! そうだよな! じゃあ、なんで目をそらすんだ? ああ、愛しのシャル。美しい瞳で俺を見つめておくれ」
「……愛してる」
シャルロットは俺から顔を背けたまま、肩をふるわせた。
俺は振り返って馬を見る。
さっ……。
さっ……。
さっ……。
「なあ、サフィ?」
さっ……。
「お。おい。……なあ、シフィ。俺の頭をどう思う?」
俺は、ほとんど面識のない子供なら、なんのしがらみもなく正直に答えてくれるだろうと期待する。一応、俺は彼女の恩人だしな。
俺はシフィの前にしゃがみ、頭を下げて頭頂部を眼前に突きつける。
「ミャーサー! 小さい子を虐めちゃ駄目みゃ!」
サフィが俺とシフィの間に入って、ガチめに怒った。
「え、ええ……」
ガチめに怒ってくれることは、それだけ心の壁がないってことだから、嬉しいんだけど、なんていうか、こう……! 今じゃないだろ……!