44話。人が倒れていたから助けてあげる。
しばらく進むと、倒木で道がふさがって困っていたので片付けたら、反対側で立ち往生していた人からお礼に葡萄酒をもらえた。
昼過ぎに、山を見下ろした地形を時計盤に見たてて、9時の位置まで来た。
カットしたホールケーキみたいな感じで森の隙間に草原が広がっていたので、馬たちに走ってもらった。その間、俺たちは食事だ。
俺たちが昼寝をすると、馬たちは草を食ってた。基本的に草を食いまくる。気づいたら食ってる。
草なんて栄養がないだろうし、いっぱい食べる必要があるのかな?
あとで聞いてみよう、なんて思いながら昼寝をして、起きたら、すっかり忘れた。
移動を再開。
山の南側斜面から北側斜面に入り、山や木々の日影が増える。
老人が山菜を採りに登れるくらいの低い山だが、それなりに日当たりは少し悪くなるため、空気がちょっとひんやりしている。
ちなみに狩りは禁止されているが、山菜は採って良い。どんぐりは駄目だ。許可制だ。
「……みゃ?」
サフィが何かに気づいたらしく、列の最後尾から先頭までやってくる。
サフィは休憩中に摘んだらしき花が髪飾りになっており、可愛らしさが2割増しだ。
「どうした?」
「人の声がするみゃ」
わざわざ報告するということは、雰囲気に異常があるのだろう。
「ん~。みゃ? 苦しそうみゃ。あっちみゃ」
「誰か、怪我でもしたのかな? 案内してくれ」
「みゃ」
俺は馬をシャルロットに任せて、サフィと一緒に先行する。
俺に人の声は聞こえないし、姿は見えない。
「ここみゃ」
崖ってほどの崖でもないが、ちょっとした段差があるところからサフィは身を乗りだし、下を覗く。
「人が倒れてるみゃ!」
「え? 分かった」
俺も駆けより下を覗く。
段差の下に人が倒れていた。
岩にもたれかかるようにしていて、首は下を向いているから顔は分からない。
普通の服を着た庶民だ。
見える範囲では出血している様子はないし、四肢もある。モンスターに襲われたわけではなさそうだ。
生きているか死んでいるのかは分からない。
「そこの人。大丈夫か? すぐに助ける」
せいぜい2メートルの段差だから俺は地形を迂回せず、飛び降りた。
若い男だった。俺より少し上で、大学生くらいか?
同年代が大人びている可能性もある。
どこにでもいるやや痩せて、よく日焼けして、着古した服を着た、普通の中世ファンタジー人間だ。
たんに岩陰で休んでいるだけのようにも見える。
「えっと。生きてる? 休憩中? 倒れてる?」
「……あ?」
男がうっすらとまぶたを開けた。
「あ、ああ。た、倒れてる。脚が折れてるかもしれない……。苦しんでる」
かすれた声だ。
俺の質問が変だったからか、男の回答もちょっと変だった。
\ バッドコミュニケーション /
「立てないのか? いつから倒れているんだ?」
「ミ、ミズ……」
「ほら、とりあえず、水」
俺は水筒の革袋を渡した。
「あ、いや、ミミズが、いる……」
男の視線を追うと、たしかに、苔むした岩の周囲に落ちた葉っぱの隙間を、ミミズがモゾモゾと動いていた。
「なんだよ。要らないのかよ。そんなかすかすの声してるくせに」
「す、すまない。冗談を言ったんだ……。み、水をくれ……」
「最初から、そう言えよ」
俺はミミズを捕まえて、男の手に乗せてあげた。
「た、助かる。ありがとう」
男はミミズを口元に持っていったから、俺は、水筒の革袋をつきだし、ミミズと交換した。
「変なやつだなあ。脱水症状がヤバい感じなのか?」
男は勢いよく水を飲み始めた。
もしかしたら、結構な時間、倒れていたのかもしれない。
ここは位置的に、北側の大都市から遠ざかる道だから、人通りが少ないだろう。
誰からも発見されずに、もしかしたら1日以上倒れていたのかも。
「遠慮するな。ほら。足りなかったら、もう1袋」
「す、すまねえ。生き返る」
「どうする? まだ要るなら仲間の分をもらってくるぞ。仲間は魔法道具で大量の水を持っているし、俺は脚が速いから村の井戸や川に一瞬で戻れる。遠慮は要らないぞ」
ついでに言うと現代知識があるから、布と木炭を使って水を濾過できるし煮沸の必要性も知っているから、多少汚い水でも、飲めるようにできるぞ。
アフリカの人が砂漠で水を得る方法や、米軍が雪山で遭難したときに水を得る方法のような、ネットでバズった動画の知識もあるが、いつか役に立つだろうか……。
まあ、シャルロットが綺麗な水を備蓄できるから、そんな必要はなさそうだが。
「ありがとう。たくさん飲んだ。もう腹はタプタプだ」
「そうか。喉の渇きが癒えたようで何よりだ」
「あんたは恩人だ。清き魂を持つものに神の祝福を(※)」
※:ラドゥール王国では定番の、感謝を示す言葉。
男は手を重ねあわせた。蟹の影絵みたいだが、天使を表現している。
「汚れなき精神を持つ者に大地の恩恵を(※)」
※:定番の返事。手を合わせていただきますの形で、世界樹を表現する。
さて、と。
改めて男の様子を観察する。
顔色は悪い。額に脂汗が浮いていて、息が荒い。
頬は擦り傷があるし、服も地面を転がったかのように汚れている。
足首が曲がりすぎているようにも見える。
「この段差から落下して足を折ったのか?」
「あ、いや、落下したわけではないが、足は折れているのかもしれない……。痛い」
「そうか。ちょっと待ってろ。置いてかないから心配するな。回復ポーションがあるか、連れに聞いてくる」
俺は段差の上に飛び移る。
サフィだけでなく、シャルロットや馬もすぐ上まで来ていた。
「シャル。人が倒れてた。怪我をしているっぽい。回復ポーションあるか?」
「ああ。聞こえてた。『死んでいなければ助かる』ものから『擦り傷を治す』ものまでいろいろあるが『骨折が治るくらいのもの』でいいだろう」
「ありがとう。……あー」
困った。
お金を払うっていうと、「遠慮するな」って返ってくるだろうし、かといってただで使うのも気が引ける。
骨折が治るくらいのものって、かなりの高級品なんだよなあ。庶民の月収を軽く超えるはず。
「ふふっ。アーサー。分かっている。人助けのためだ。私も、与えたいのだから遠慮は要らない」
「そう言ってくれると気が楽だ。あ。倒れているのは男だから、シャルもサフィも、ここにいろよ。段差に近づくな」
「何故だ?」
「みゃ?」
「飛び降りたら、スカートがひらりして、ふとももが見えちゃうだろ。あと、サフィはぱんつが見える」
「……分かった」
「みゃあ。見られたら駄目なら脱ぐみゃ……」
「駄目なの! 男はパンツを見ると嬉しいの! でも、サフィがパンツを見せていいのは俺だけなの!」
「嬉しいみゃ?」
ちらっ。
サフィは無邪気な様子でスカートをめくって、ちらっと見せてくれた。
ちょっと嬉しい。
「……へへっ! ありがとう」
「みゃあ」
「……」
シャルロットがじと目で見てくるから、俺はすぐに回復ポーションの瓶を受けとり段差を飛び降りた。




