41話。エナ親子のアフターフォローも完璧だ
俺とシャルロットはサフィと合流し、エナさんとジョンさんの家に戻り、ことの顛末を説明した。古物商からも正当なお金を払わせた。
そして、それはそれとして、俺にはアイデアがある。
俺はエナ父の背後に回る。
「ジョンさん。ちょっと驚くかもしれないが、じっとしていくてくれ。ステータスオープン」
俺は光量を控えめにステータスウインドウを開いた。
「うっ。まぶしい」
「目を開けて、目の前にある透明な物を覗いてみてくれ」
「え、ええ……。こうですか?」
「ああ。次はエナだ。ジョンさんの前に座ってくれ」
「ええ」
「おじさん。光の向こうにエナがいる。分かるか?」
「ええ。もちろん」
「いいか? これから少しずつ見え方が変わっていく。はっきり見えたら教えてくれ?」
「え?」
「ほら。前、しっかり見て」
「ええ」
俺はウインドウの太さを変えていく。
「ん? ……ん?」
ジョンさんが戸惑っているから、俺はウインドウの変更速度を落とす。
ゆっくり大きくしていく。
「あっ! アーサーさん!」
ジョンさんが驚きの声を上げた。早くも声は湿り気をおびている。
「ここだな」
「う、ううっ。あ、ああっ……!」
「お父さんどうしたの?」
「見える! エナの顔がはっきり見える! エナ!」
ジョンさんの顔がぐにゃぐにゃに歪んだ。今までの苦労が顔に出たかのような皺だ。さあ、その皺を涙で洗い流してしまえ!
「お父さん! 本当に? 本当に目が見えるの」
「ああ。……ああ! 本当だ! エナ……! 若いころの母さんに似て美しくなって……」 ← エナ母は畑で働いているだけで別に死んではいない
ガシッ!
ふたりが抱きあった。
ふたりは涙を流して喜びあう。
へへっ。しかし、動いちゃったら、眼鏡効果がなくなるだろ。
おかしいな。俺も眼鏡が必要かな。視界がぼやけてきたぜ。
「喜ぶのは早いぞ。ふたりとも。このサイズのステータスウインドウを覚えるんだ。名前の横の点2つを目の前に持ってくる位置調整も必要だ。おじさんは日常生活では自分のステータスウインドウを開けばいいが、仕事をするときに両手を使うだろ? そういうときはエナがフォローするんだ」
「はい!」
「はい!」
「ステータスウインドウは巨大化できるという実例を目の当たりにした今、ふたりのもできるはずだ。『できる』って思ってやるんだ」
「本当に、ありがとうございます。アーサーさん。この老いた目に再び光が宿るなんて……」
「じゃあ、しばらくの間、ステータスウインドウをここに残しておくから、練習してくれ。ジョンさん。ステータウインドウの棒を太くしたら、ジョンさんの2つの球を俺の2つの球に重ねるんだ。いいか? 棒と棒を重ねて大まかに調整してから、球をくっつけるんだ」
ペちんっ!
ペちんっ!
何故かシャルロットとエナに左右からケツを叩かれた。
なんで?
まさか、下ネタに勘違いされた?
てめえら、柄と《《ひつ》》が分からなかったくせに、なんで棒と球に反応するんだよ……!
「農具のことだけでなく、目まで……。本当に、なんとお礼を言えば良いのか」
「お礼なんていいですよ。ステータスウインドウを頑張るのはジョンさん自身です。俺はきっかけを与えただけです。自分で、自分を助けてください」
「……はい!」
「ただ、むしろ、お願いがあります」
「なんなりと! このご恩を返せるのなら、何でも致します!」
「そんなに遠くない未来、ニュールンベージュの下町を大改装することになると思う。大勢の職人が集まるはずだ。工具を修理する人も大勢必要になる。だから、工具と農具は勝手が違うかも知れないが、もし良かったらそのときが来たら力を貸してくれ」
「はい! もちろんです! それまでに工具の直し方も学んでおきます」
「ありがとう。ジョンさんみたいな腕のいい熟練工が手伝ってくれると助かるよ。じゃあ、マルシャンディという商人に伝えておく」
これで真の一件落着だ。
俺は家を出た。
家の中から、シャルロットとエナが別れを惜しむ声がする。
「エナ。私のヒマワリ」 ← まーた、言ってる……。
「シャル。私のエーデルワイス」 ← まーた、言ってる……。
「お別れの前に、君の唇のぬくもりを教えてくれ」
「あっ……。シャル……。父さんが見てる」
「ふふっ。大丈夫。彼はステータスウインドウをまだ使いこなせていない。何も見えないよ」
「あ、んっ……」
ちゅぱっ、ちゅぱっ……。
なんの音だよ!
いや、分かってるけど!
そして、お前、父親がいる狭い部屋で、娘とそういうことするなよ!
ジョンさん、どういう気持ちだよ!
「また来るよ。私のヒマワリ」
「ええ。待ってるわ。私のエーデルワイス」
ヒマワリとエーデルワイスって、温かい地域のそこら辺に咲いている花と、寒い地域の高山に咲く花だろ?
身分違いの恋ってこと?
満足げな表情のシャルロットが家から出てきた。
「待たせたな」
「お、おう……」
俺はシャルロットの唇を見る。
普段より濡れて輝いているように見える。
それに、満足げにうっすらと微笑んでいるようにも見える。
というか、なんかシャルロットの顔が普段とそれほど変わらないはずなのに、なんかエロい。
俺たちは歩きだす。
シャルロットがぽそりと言う。
「ステータスウインドウを残しておくなんて、なんでそんなことができるんだ。常識的に考えて使用者から離れないだろ……」
「なんか、お前に常識的に考えてって言われたくなくなってきた」
「なぜ?!」
俺はサフィや馬たちと合流し、次の村を目指して発つ。




