26話。シャルロットが軍馬について語る
シャルロットが小さい声で言う。
「珍しいな。アーサー。怒らなかった」
「ん? さっきの男女のこと?」
「ああ」
「おいおい。馬鹿にするなよ」
「そうだな。すまん。お前だって通りすがりの者にいきなり攻撃的な態度をとったりはしないよな」
「あいつらが嫌みを言ったとき、こっちに背を向けていただろ。ステータスオープン目潰しが効かない」
「そういう基準か……」
「いや、まあ、実際、アレはどうにもならないんだよ。ああいう手あいは、人間より馬が少ない時点で、あらゆるパターンで文句を言うんだ」
「というと?」
「あいつら、誰も馬に乗っていないことを馬鹿にしただろ?」
「ああ」
「仮にさっき、シャルロットが馬に乗っていたとするだろ? するとあいつらは、『女が馬に乗って、男を歩かせている。けしからん』とケチをつけてくる。サフィが乗っていた場合は『獣人が馬に乗って、人間を歩かせている』と言うだろう。俺が乗っていたら『男のくせに自分だけ楽をしている』と言われる。かといって、3人で乗っていたら『馬が可哀想』と言うだろう。つまり、どういうパターンでも、あいつらは嫌みを言うんだよ」
「なるほど。たしかに。彼らは他人を馬鹿にできるなら、理由などどうでも良いのだな」
「そういうことだ」
「みゃあ。……どうしてミャルロットはブミャンシュ・ネージュに乗らないみゃ?」
「ん? 不思議か?」
「みゃあ。サフィは歩くのも走るのも大好きみゃ。でも、ミャルロットは……」
言いづらそうにしている。
脚のことを気にしているのだろう。サフィは幼いのに、気遣いができて偉いなあ。
そんなサフィの配慮に気づいたのか、シャルロットが「ふふっ」と優しく笑った。
「彼らの馬は、我が愛馬より小さかっただろ?」
「みゃ? 子どもの馬みゃ?」
質問と回答が食い違っているから、サフィは不思議そうに首をかしげた。
シャルロットは続ける。
「違うよ。アレは大人の馬だ。小さい種族だ。そして、彼らの馬と異なり、ブランシュ・ネージュは大きく体力があり、脚の速い種だ」
「みゃあ。なら、どうして乗らないみゃ?」
「この子が軍馬からだよ。移動のためではなく、戦うための馬なんだ」
「ぐんみゃ?」
群馬みたいで、俺はちょっと笑いかける。
ぷふっと小さく息を吐いちゃったので、サフィがちらっと俺の方を見た。
「軍馬というのはだな。私のおじいさまのさらにおじいさまのもっとおじいさまの代から、体力があって脚の速いオスとメスに子を産ませて、その子も脚の速い子とつがいにするんだ。時として外国から、優秀な血統の馬を連れてくることもある。そうやって長い年月をかけて、大きく脚の速い馬を作るんだ」
「みゃあ。ぐんみゃ凄いみゃ」
へえ。そうなんだ。知らなかった。
犬もそうやって品種改良してるんだっけ?
「この子は軍馬だ。広い平地で脚の速いモンスターと遭遇したら、私がこの子に乗って戦う。だから、戦闘になったときに『ブランシュ・ネージュが、今までずっと人間を乗せて歩いていたから疲れています。ちょっと走れません』では意味がないだろう? だから、休めるときは休ませるのだ」
「みゃあ! 分かったみゃ!」
「もちろん、私がひとり旅をしていたとき、私自身の体力を温存したい場合や、長距離を移動するときは、乗っていたぞ」
はあ。なるほどなー。
騎士って移動時も常に馬に乗っているもんだと思ってた。
「あれ? なあ、シャルロット。甲冑を着ていないのは、馬の負荷を減らすためか?」
「そうだ。ただ、もともと私は盾役ではないから、全身甲冑は着ない。蒼風の剣だけは常に身につけているが、他の武器や盾は魔法の革袋に入れている」
「移動用の馬も用意して、普段はそっちに乗って、戦闘時にブランシュ・ネージュに乗り換えればいいんじゃないのか?」
「ああ。騎士団ではそうしているぞ。ただ、私はひとり旅だからな。馬を2頭連れて行くと世話をするのが大変だ。馬の世話係として従者を連れ歩く必要が出てくる」
「あ。なるほど」
「基本的に騎士は大所帯だ。私は魔法の革袋があるから、武具や飼い葉を運べるからひとり旅が可能だが、普通は不可能だ。騎士1名につき、少なくとも従者2名と馬が3頭は必要だ。馬は騎士の乗用馬と軍馬と荷馬だ。従者も馬に乗るなら、さらに2頭から4頭必要になる。長期遠征なら、馬具の修理をする職人も必要になる」
「大変そうみゃ」
「ああ。戦争に出征するときなど、人より馬の準備の方が大変だ。人々は騎士団に、甲冑を纏った騎士が大勢いる印象を持つようだが、実際は馬の世話をする歩兵の方が遥かに多いぞ」
へー。なるほどー。
空軍では戦闘機パイロットが少数で、整備員や管制官みたいな、他の役職の方が圧倒的に多くなるようなものか。
騎士団は騎士という強い戦力を運用するための集団なんだな。
「なあ、シャルロットはなんでひとり旅をしているんだ? 金はあるみたいだし、従者を雇う金くらいあるだろ?」
「家の者は連れゆくには、戦闘能力が心許ない。王国騎士団の人材を引き抜くわけにもいかない。かといって見ず知らずの人間を金で雇うと裏切りが怖い。名乗らぬ訳にもいかないしな。隠してもいずれバレる名と立場だ」
「あー。なるほど。それで、王族の名前すら知らない俺みたいなやつは信頼しやすかったか」
「まあな。お前は私を助けずに、超級醜悪顔地底人に陵辱された後の死体を埋葬し、遺髪と形見をとり、リュミエール家に持って行けば良かったんだ。そうすれば一生遊んで暮らせるだけの金はもらえただろう。それなのに、しなかった。信頼できるよ」
「あー。でも、簡単に信頼しすぎだぞ」
「何故だ?」
「『遺髪と形見を持ってリュミエール家に行ったら、俺が殺したと疑われるかもしれない』と俺が考えた可能性がある。だったらシャルロットを生かした状態で恩を売ってから、家に連れていく方がいいだろ?」
「なるほど。だが、お前はいきなりステータスを私に見せてきたし、いきなり気絶したし。警戒する必要はなかったよ」
なるほど。
いや、でも、俺、たしかあのとき「うおおおっ! お約束の女騎士と仲良くなれるチャンスだあっ!」とか思っていたしな。
わりと下心たっぷりだった。
この話題を続けるのは良くないな。




