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21話。マルシャンディの店で、豚の腸と睾丸、ヘンルーダ、シルフィニウムを貰う

 俺は頬がまだほわほわと温かいが、マルシャンディに向き直り、咳払いをする。


「こ、こほん。八つ当たりした。ごめん。マルシャンディさん。心配してくれてありがとう」


「いえいえ。こちらこそ。街を護っていただきありがとうございます。ご活躍は聞いていますよ」


「へへっ。せっかく俺が護ったんだ。金を貯めて、いつか貧しい人々でも幸せに暮らせる街を造ってくれよ」


「もちろんです。大規模な区画整理をすることになるので、領主の許可も必要でしょう。それまでに、アーサーさんが領主になっておいてくださいよ」


「あー……。どうなんだろう。次の領主がどうなるのか、今シャルロットが王様に問いあわせしてくれている最中なんだ。俺が領主になったらもちろん許可するし、なれなかったときでも、俺にできる範囲で協力するよ」


「ありがとうございます。期待していますよ」


「ハンミャーミャーの作り方を教えるのは明日で良いかな?」


「ええ。もちろんです。ふふっ。今晩は忙しいでしょうしね」


 ん?

 なんだ、この口ぶり。

 既にシャルロットから、馬を探しに行くことを聞いているのか?


 マルシャンディはシャルロットに体を向ける。


「頼まれていた食料を用意しておきましたので、取りに来てください」


「ああ。ありがとう。その……。ひとり分と頼んだが、3人分ほしくて」


「ふふっ。分かってますよ。シャルロット様。そうおっしゃるだろうと思って、ちゃんと3人分の食事を用意しています。アーサーさんとサフィちゃんの寝具がないだろうと思い、上質な毛皮のマントも用意しておきました。寝具としてご利用ください」


「おおっ、そうか。助かる」


「顧客のニーズを見抜いて必要な商品を事前にそろえておくのが良い商人ですからね。王族のご令嬢から顔と名前を覚えていただけるのでしたら、なんだって致しますよ」


「ふふっ。そういう物言い、嫌いではないぞ。ありがとう。良き商人マルシャンディよ。リュミエールの令嬢に触れる名誉を与えよう」


「これは光栄です」


 ……!


 握手か。

 まあ、それくらいは許してやる。

 一般的な挨拶だしな。


 跪いて手の甲にキスしていたらぶん殴っていたかもしれねえ。


 握手し終えたマルシャンディがシャルロットに半歩距離を詰めて、口を彼女の耳に近づける。


「(ひそひそ)ヘンルーダと、羊の腸を、たくさん用意しておきましたよ(ひそひそ)」


「(ひそひそ)あ、ああ。ありがとう(ひそひそ)」


 近い! 近い!

 ライン越えだ! あの野郎!

 許さん!


「そのキレイな(かお)から離れろ! フッ()ばしてやる!!」


 俺は拳を振り上げ――。


「ひっ、ひいいいっ!」


「こら! やめろ、アーサー!」


 シャルロットがマルシャンディをかばうように、彼の顔の前に手を上げた。


「いきなりどうしたんだ。私は『こら』なんて人生で3回くらいしか言ったことないぞ。そのすべてがお前だ!」


「だって! ふたりの顔がめちゃくちゃ近かったから!」


「大丈夫だ。別に、彼に何かしらの下心があって内緒話をしたわけではない。あ、いや、商売的な意味では彼は王族の私に対して下心はあるだろうが、お前が心配するような男女間の下心はないはずだ。昼間に私がちょっとした頼み事をしていて、その返事を聞いただけだ。気にするな」


「頼み事って、なんだよ」


「そ、それは……」


 さっ……!


 シャルロットは顔ごと俺から視線を背けた。

 明らかに、俺に対してやましいことがある態度だ。


「お、おい。嘘だよな。言えないことなのか? ステータスを見せあった仲じゃないか。なあ?」


 声が震えていた。


 くっ。

 目頭が熱くなってきた。俺は泣きそうになっているのか?


 追放されても泣かなかった俺が?


 俺は会ったばかりのシャルロットにこんなにも惚れていたのか……。


「泣くぞ。すぐ泣くぞ。絶対泣くぞ。そうしたら俺『これが涙。泣いているのは私』って言うぞ。お前たちには理解できない、おじウケ狙いのパロディ台詞を連発するぞ。涙、キスで拭うぞ。デデデンッ」


「……ッ! 分かった! 何を言っているのかは分からないが、分かった! 言う! 言う! だから、そんな悲しそうな顔をしないでくれ。私の胸まで痛くなってくる!」


「あ、ああ……」


 へへっ。

 本当に泣くところだったぜ。

 ぐすっ………。


 ちらっ……。


 シャルロットが視線でマルシャンディに何か伝えた。


 マルシャンディは頷くと、サフィに近寄る。


「サフィちゃん。我々はちょーっと、離れていましょうね」


「みゃ?」


 マルシャンディがサフィを連れて、数歩離れた。


「耳を塞いでおいてくださいねー」


「みゃあ?」


 あいつらはいったい何をしているんだ?


 サフィが人間耳を両手で塞ぎ、マルシャンディが獣耳を両手でふさいだ。

 あの野郎!

 それはそれでむかつくんだが!


「……と……を……だ」


「なんだって?」


 俺がサフィとマルシャンディに気を取られている間にシャルロットが小声で何か言った。


 俺の耳が遠くなったわけではない。城塞都市内に吹く風の音よりも小さくて、ガチで聞こえなかった。


 俺は顔を横に向けて、耳をシャルロットに近づける。


「だから……と……を用意してもらったんだ……」


 シャルロットの吐息が耳をくすぐってくる。

 耳にキスされそうな距離で聞き取れないって、ある?


「なんだって? 肝心の部分が聞こえない」


「だから! ヘンルーダと豚の腸(※)を用意してもらったんだ!」


「……ッ!」


 キーンと耳に響く大声だった。


 ※:ヘンルーダはハーブの一種。避妊に効果があるとされている。羊の腸は避妊具として使用する。行為の際に男のアレを包む。


 なぜか俺のアーサー本体の記憶に、ヘンルーダと羊の腸の知識があった。使ったことも使う予定もないくせに……!


「え、えっと、つまり、その……。お、俺と……」


「あ、ああ……。そ、その……。いつか、天馬(ペガサス)舞う丘の上でふたり愛を語りあい、胸が今以上に高鳴ったら……。星に祝福された魂の旅人が私の胎に宿る……。そ、そういう、可能性も、あるかな、と……。だ、だから、マルシャンディに頼んで……」


「おっ、おおっ、おうっ……。それで、ひそひそと話していたんだな。そ、その……。俺も、そういうこと、したいし……。これからもっと仲良くなって、そういう関係になっていきたい……。が、頑張って、触れられても意識が飛ばないようになるよ……」


「あ、ああ……。わ、私も今はまだ少し怖いけど……。いずれアーサーの聖剣を手にして、そのぬくもりを知りたい……」


 お、俺は馬鹿じゃないぞ。

 い、今の会話、直接的な表現はなかったけど、俺とシャルロットが将来的に、そ、そん、ア、アレを、す、すすす、するってことだよな。


「お、おおう、おっ、おっ……」


「……」


「……」


「……」


 か、顔が熱い。

 俺のレベル0火魔法が100くらいに進化して顔面ファイヤーしそうだ。


「みゃあ? ふたりとも(みゃ)っ赤になって、黙っちゃったみゃ」


 黙ったってことが分かるってことは、聞こえてるってことじゃねえか!


「シャルロット様、アーサーさん。えっと……。サフィちゃんは今晩うちで預かりましょうか?」


「みゃあ?」


「変な気を遣うな! これから私たちは3人で外に出るんだ」


「さ、3人で。な、なるほど……」


 マルシャンディが俺に近づき、耳打ちしてくる。


「アーサー様。豚の睾丸(こうがん)(※)を用意しましょうか?」


 ※:豚は子だくさんなので、その睾丸には精力剤としての効果があると信じられている。


「マルシャンディ! てめえ!」


「ひいいっ!」


 マルシャンディは手足を振って逃げると、サフィの後ろに隠れた。顔はわりと余裕そう。

 こいつ、怖がったフリしているだけで、俺のことからかってるだろ!


「それよりも、さあ。私の店に行きましょう。ゆっくりしていると陽が暮れてしまいますよ。ここは高い壁に囲まれていますからね。あっという間に、夜に蓋をされてしまいます」


 俺たちはマルシャンディの店に向かった。


 マルシャンディの店は、石造2階建てで、1階が店舗、2階が事務室になっているようだ。


 マルシャンディの職業は古物商だ。

 ここは中世ヨーロッパ的なファンタジー世界だから、世間に流通する物は基本的に中古品だ。新品が大量に造られるような生産能力はない。


 人々が物を気軽に廃棄することは少なく、中古品の需要も高いため、中古品を買い取り販売する業者は非常に多い。


 街に存在する物売りの店は大別すると、かなりの数が古物商に該当する。その中でもランクがあり、高級な武具を扱う店や、鍋や包丁などの日用品を扱う中級の店や、家具や馬具からはずれたような釘や鎖を扱う低級の店や、果ては野菜屑やゴミ(※)を売買するところがある。


 ※:汚物は肥料になる。料理後の鍋に残った廃油は蝋燭の材料になる。野菜屑やパン屑は家畜の餌になる。虫の死骸すらペットの餌になる。生きたネズミが出れば女は悲鳴を上げるのではなく、いいお小遣いだと喜ぶ。道に落ちている鳥の羽だって矢の材料として売れる。貧しい世界に完全なるゴミは、極めて少ない。


 マルシャンディの店は高級店に相当する。多岐にわたる商品が売られているという点からすると、現代で言うところのスーパーマーケットに近い存在だ。


 マルシャンディが「王族とのコネができて嬉しい」と言っていたのは、別に王都にいる大商人と張りあうような商売に繋げようと大それた考えを抱いているわけではなく、例えば、シャルロットが使い古した服を彼の店に売れば、高級品として販売できるからだ。王族専属の仕立屋に作らせたであろう絹の美しい衣服は、店頭に飾るだけでも店に箔がつくだろう。


 むしろ、今日だけでも身なりの良いシャルロットが何度も出入りしているから、それだけでも店は「貴族が興味を持つ上等な品を扱っている」として、評価が上がっているはずだ。


 俺たちはマルシャンディから必要な道具類を貰った。


「お礼かつお近づきの印ということで、は結構ですよ。領主候補や、王族の方とは今後も仲良くさせていただきたいので」


「そうか。悪いな。マルシャンディ。あ。あー。無料なら、豚の睾丸と、羊の腸と、ヘンルーダも貰っておこうかな。無料だし、せっかくだし。な、シャルロット?」


「あ。ああ。無料だから、せっかくだし、貰っていこう」


「……ええ。たくさん差しあげますよ。希少なシルフィニウム(※)もあったので、差し上げますよ。シャルロットさんに触れられただけで意識を失うようなアーサーさんに使える日が来るとは思えませんがね!」


 ※:ハーブ。避妊効果があると信じられている。


「てめえ! やっぱり俺のことからかってるだろ!」


「ふふっ! 顧客に良い気分をさせるのも、良い商人の技ですよ」


「くっ……! ふふっ。あははっ!」


「あははははっ!」


 俺たちはバシバシと肩を叩きあった。

 ただの商人と客という関係ではなく、友達になれたのかもしれないな。

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