13話。汗水垂らして真面目に働く人々の『日常』がミノタウロスを倒すんだ!
「どうした、アーサー。怖じ気づいたのか?」
「違う。街の人々が世話をしている畑が踏み荒らされている。城壁の上からはそれがよく見える。怒りを感じていたんだ……!」
「そうか。その怒り、私にも分かるぞ。踏み荒らされたのは畑だけではなく、人々の日常だ! 子を満腹にさせてやりたいという、優しき親の心が踏みにじられたのだ! 許せるはずがない!」
運悪く移動のタイミングがぶつかってしまったのか、捕まった羊が生きたまま食べられている。
「くっ。街の人が大切に育てた羊を……! 酷いことを……!」
俺は胸壁(城壁の上にある凸凹のこと)に手をついて身を乗りだした。
シャルロットが俺の肩に手を置く。
「アーサー。落ち着け。羊の命は無駄ではない。羊のおかげで、城壁を工事していた人達や、外にいたであろう人々が城壁内に避難する時間を稼げたんだ」
「なるほど。たしかに」
シャルロットが教養があるというか人格者というか目の付けどころがシャープというか、俺よりもこの街の人々への理解が深く、ちょいちょい良いことを言うな。
なんか、俺もいいことを言わないと……!
「あ! シャルロット! よく見ると畑に大きな足跡がいくつもある。転んだ跡だ! あいつら、餌を求めて仲間同士でぶつかったに違いない! 羊が逃げながら一矢報いたんだ! 羊だって生きているんだ!」
どうだ。俺、いいこと言ったぞ!
「いや、違う。アーサー! これは、街の人々が起こした奇跡だ!」
「え?」
「見ろ! 牛頭巨人は上半身が筋骨隆々でいかにも重そうだ。一方、足は蹄になっていて接地面が小さい。あれでは、よく耕された畑を移動するのは大変だったはずだ! 柔らかい地面に足を取られたに違いない! ここで暮らす人々の毎日の仕事が、牛頭巨人の進行を遅らせたんだ! 固い大地を切り拓いた人々の流した汗水が、悪しきモンスターを滑らせたのだ!」
またしてもいいこと言いやがって。
王族っぽいくせに、庶民の苦労に理解を示しやがって……!
ただの偶然に、意味を見いだしやがって……!
固い大地を切り拓いた人々の流した汗水?!
そんなもんとっくに乾いてるだろ!
「それに、見ろ! 都市の東に流れる川を!」
まだあるのかよ!
良かった探し上手えな、おい!
「肉屋が動物を解体して、その血を川に捨てている。その臭いが気になって、牛頭巨人は進行ルートが都市から少しズレていた! それに見ろ、森の近いところから出ている白い煙を。あれは城壁の修理に使う石灰モルタルを作るための燃焼釜だ! あの熱や臭いが牛頭巨人を遠ざけていた可能性もある!」
「もういい、俺の負けだ……。もう、そんな『人々の日常が起こした奇跡』探しはよしてくれ……」
「どうした、アーサー。戦う前から負けを宣言するとはどういうことだ! この街を護るんだろう!」
「それはそう! 俺は敵には屈していない! 街を護りたい! 俺はつまらないことに対抗意識を燃やしていた! そんなことはどうでもいい! この街で暮らす人々を護りたい! 力を貸してくれシャルロット!」
「もちろんだ!」
羊の骨までしゃぶり尽くした牛頭巨人が新たな餌を求めて、人間の匂いがする方、つまり俺たちの方へ一斉に顔を向けた。
もしかしたら、単に俺たちがうるさかっただけかもしれない。
俺たちは外で迎え撃つため、城壁を飛び降りた。修理中の城壁を壊したら、カルさんの仕事が増えちゃうからな。
ヒラリ……。
えっ?
シャルロットのスカートがめくれている!
み、見えそう!
すたっ!
くっ!
惜しい! あとちょっとだったのに。
いや、しかし、仮にもっとめくれていたとしても、位置的に側面しか見えなかっただろう。
それにしても、脚、なげえな。白くて細くてすべすべしてそうだし。
俺、昨日はアレに膝枕してもらったんだよな。えへへ……。
ドドドドドドッ!
うるさいな。なんの音だ?
「どうした、アーサー。敵は向こうだぞ。もしかして、私の脚の古傷を心配してくれているのか?」
「あ、ああ」
目立つような傷はないようだが、万全には動かないのだろうか。
膝枕されてえ。心配だ。
「大丈夫だ。怪我の後遺症があるとはいえ、足手まといにはならん!」
ドドドドドドドッ!
重い足音を轟かせながら、10メートルくらいの巨体が波頭のごとき勢いで突進してくる。
凄い迫力だ。
自分がツヨツヨスキルをもっていると分かっていても、普通に怖い。それくらいヴィジュアルに圧がある。
あと、腰に毛皮を吐いているだけだから、嫌なものがちらりと見えてしまいそうで怖キモい。
世の中にはちらりして嬉しい物と、不快な物があるんだよ。
それが分からないあんな化け物、俺が倒すしかない。
「近づいてくるやつから、俺のスキルでレベル1にする。シャルロットは無理はせず――」
「遠慮するな。戦闘経験は私の方が上だろう。それに、モンスターの目からは餌として私の方が美味しそうに見えるはずだ。私が囮になって、街に被害を出さないように立ち回りたい。アーサーは私の進行方向にいる敵にスキルを使ってくれないか?」
「なるほど。シャルロットの言うとおりだ。素人の俺が下手なことをして街に被害を出すわけにはいかない。任せる。でも、無理はするな。何かあったら俺が前に出る」
「ああ。お前との\ドドドドッ!/初夜\ドドドドッ!/を迎える前に、この体に傷をつけたりはしない。頼りにするぞ」
しょ、なんて言った?
会話の流れ的に……勝利か?
「ああ。一緒に\ドドドドッ!/勝利\ドドドドッ!/を迎えよう!」
シャルロットの頬がちょっと紅潮している。
戦闘を目前にして高ぶっているようだ。
「い、いけない。初夜を想像して気が緩むところだった。夜のために体力を温存しておきたいが、そんなことは言ってられないな。行くぞ。スキル解放――」
シャルロットの体が青白く輝きだす。冷気を纏ったかのように淡い輝きだ。
「公転するふたつの綺羅星」
シャルロットの体を包んでいた光が両肩に集まり、初めて会ったときに見た肩アーマーへと変化した。なるほど。アレがスキルだったんだ。
攻撃用の衛星『上弦の月』と防御用の衛星『下弦の月』だな。難しい言葉だが、一度ステータスウインドウを見ただけでしっかり記憶している。よく知っている単語だしな。ある名作漫画を思い浮かべてしまうが、これは一般的な単語だ。
ダッ!
シャルロットが短距離走選手のような勢いで走りだす。
速い。あやうく見失うところだった。
あれで、脚を怪我しているのか?
膝までのソックスの下に古傷がある?
少なくとも短いスカートから見える太もも――この場合は絶対領域と表現した方が良いのだろうか――には傷は見えない。
白くて柔らかそうで、細すぎず太すぎず、魅力的な脚だ。
前傾姿勢で勢いよく走っているからスカートがめくれて、あとちょっとで……。くっ。惜しい。
おっ!
剣を構えるために上半身をひねった。スカートがひらりと、あっ、これも惜しい。
牛頭巨人が巨大な斧を振り下ろす。その刃はシャルロットの体よりも大きい。あんなの、かすめるだけでも大惨事だ。
だが、下弦の月が左肩を離れて飛び、槍1本ほどの距離をあけたところで、斧を止めた。
ガツンッッッッ!
派手な音を鳴らし、斧が弾かれた。凄い。下弦の月はシャルロットの小さな肩を覆う程度の大きさなのに、びくともしていない。
間を置かずに今度は上弦の月が右肩を離れて飛び、斧の刃を貫いた。月は飛翔し続け、刃の面を縦横無尽に何度も右へ左へと貫き、斧は一瞬で穴だらけになって原形を失った。
シャルロットは剣を振り、牛頭巨人の右足首を深く切り裂く。
「ぶもおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「くっ! 硬い! これがレベル1? この強さ、普通に30を越えているぞ。アーサー、どうしたんだ!」
!
しまった。
パンチラ期待してスキル使うの忘れてた!
「すまん! お前の戦う姿が美しくて見とれていた!」
「ひゃうっ! こ、こんなときに何を! そ、そういうことは……。夜、わ、私は初めてで緊張するだろうから、ベッドの中で優しく言ってくれ……」
あっ。顔が真っ赤で何かブツブツ言ってる。
怒らせてしまったか?
急いでスキルを使わないと!
「行くぞ!」
サッ!
そんなことする必要はないのだが、俺は左手で顔を覆う。
そして、右手の人差し指で、牛頭巨人を指さす。たぶん、この指さし行為は必須。
「レベル1固定ッ!」
やはり必要はないかもしれないが、声に出した。
「はああっ!」
スパンッ!
シャルロットの剣が牛頭巨人の足首があった位置をすり抜けた。あまりにも鮮やかだったので、一瞬、見間違いかと思った。
しかし、歩き続けた牛頭巨人が転倒する。切り離された足が転がる。
「アーサー! 先ずは全部、足を切ってしまおう。そうしたら、街には行けない」
「分かった!」
俺たちは同じようにして、牛頭巨人を処理していく。
俺が何度かパンチラ期待してタイミングをミスるが、なんとかなった。
もともとシャルロットは1対1なら牛頭巨人に勝てる強さだったので、俺のミスを埋めてくれる。
戦いを見ていて、シャルロットが剣士なのにスカートを穿いている理由が分かった。
速すぎて、常人にはパンチラを知覚できないから、隠す必要がないんだ。
あと、なんかスパッツみたいなの穿いてた。レベル72の動体視力だから見えた。
スパッツだと分かって以降は俺のミスはわずかに減った。スパッツだと分かっていても見ちゃうから、完全にはなくならない。
気づけば、すべての牛頭巨人が地面に倒れてもがいていた。
大勝利だ!
俺たちは怪我ひとつない。
牛頭巨人は足首1本を失っただけだとまだ動けるので、両足とも落とした。腕が危険だから腕も切り落とした。胴体だけになるとようやく大人しくなっていった。