12話。シャルロットが名乗ると街の混乱が収まる。そして俺の悪い癖(うんちく語り)が出る
「それじゃ、アーサー様、お嬢さんがた。こっちだ。石工の同業者組合会館に案内する」
「いや、俺は避難しない。この街を護る。カルさんはそのままマルシャンディさんを連れて行ってくれ」
「なに言ってんだ! 牛頭巨人だぞ! A級モンスターだ! 群れで来たらS級認定されてもおかしくない! 街が滅ぶぞ!」
「一応、元領主の息子としての責任もあるし」
「馬鹿を言ったらいけない! 既に城壁の兵士が攻撃したが、なんの効果もなかったんだぞ! ワイルドウルフの群れを容易く蹴散らすほどの兵士たちが、手も足も出ないんだ! A級モンスターというのは、そういう、常識外の怪物のことなんだ! この城壁や街の防衛隊じゃどうにもならない! 俺たちにできるのは、王国騎士団が来てくれるまで、自分の命があるように祈るだけだ!」
「……なるほど」
ファンタジー的に牛頭巨人って割とポピュラーだから、レアリティノーマルでそんな強いイメージないんだけどなあ。
それに、どう考えても、10体の牛頭巨人って、俺が自分ちにぶちこんだやつだよな?
あ、いや、俺が見たのは5体だけど、その後も穴から出てきたんだろうし。
あのときはやり過ごすだけで精一杯だったが、今の俺はレベル72だし、なんとかなりそう。
王国騎士団が到着するで街が無事とは限らないし、やはり俺がなんとかすべきだ。
あ。そうだ。
「シャルロットって元王国騎士団だよね」
「ん、ああ」
「可愛いな、おい!」
やけに静かだから何しているのかと思えば、シャルロットはサフィに、なんか水色のマントを着せていた。マントというか、ポンチョ? フード? 正式名称は分からないけど、赤ずきんちゃんが着るような可愛いやつ!
サイズが大きいからだぶだぶで可愛さ倍増している。
「風精霊のケープだ。身軽になるからこれで安全だ。獣人の身体能力なら牛頭巨人に囲まれても逃げ切れるだろう」
「みゃあ。高そうな服みゃ……」
「変な気を遣うな。服は着るためにあるのだ。汚れたり破れたりしても構わん」
「みゃあ」
「さあ、アーサー。皆が逃げるまで我らで時間を稼ごう。古傷のある脚でも、時間稼ぎくらいできる!」
シャルロットが剣を抜き、頭上に掲げる。
すると、まるで昇り竜のごとく、剣から光の線が空へと伸びていった。
打ちひしがれていた人々が顔を上げ、天空の光を見上げる。
「ニュールンベージュの人々よ聞け!」
初めて聞く大声だ。
この細い体のいったいどこから声が出ているのだろう。
早鐘と悲鳴がやんだ……。
「我が名はシャルロット・リュミエール! 元王国騎士団第一団長! 飛ぶ竜の首を断ちし者なり! 『閃光』の二つ名、この街にも知る者はいるだろう! 私が戦う! 人々よ、慌てずに安全な場所に避難するのだ! この戦場は『閃光』が引き受けた!」
第一団長?
なんか凄そうだな。
名刺もSNSもない時代だから、基本的に自分で長い台詞を喋って自己紹介をするんだよな。
よし、俺も元領主の息子として名乗ろう!
「俺の名前は\ワー!(シャルロットへの歓声)/アーサー!\ワー!/元領主の\ワー!/息子!\ワー!/」
「シャルロット様だ!」
「飛竜殺しの英雄シャルロット様だ!」
「元王国騎士団の第一団長だ!」
「シャルロット様!」
「リュミエール!」
「リュミエール!」 × ちょっと増える
「リュミエール!」 × たくさん
くっそ!
シャルロットの登場で人々が喝采を上げていて、俺の名乗りが完全にかき消された。
「みゃあ……」
サフィが俺の頭を撫でてきた。
慰めてくれるのか……。
ん?
身長差的に無理じゃね?
見てみると、サフィの体が浮遊していた。ゆっくりと、地面に下りていく。
なるほど。風精霊のケープの効果か。
「ピンチになるまでふわふわしたら駄目だからね(ノーパンだから)」
「分かったみゃ」
城壁の方から兵士が走ってくる。
領主の息子の俺に、指示を仰ぎに来たかな?
なんてことはなく、兵士はシャルロットの前でビシッと敬礼した。
「ニュールンベージュ新市街城壁正門防衛隊のディーンです! 我らも『閃光』とともに戦います!」
「君たちのレベルは?」
「そ、それは……。最高位の者で19、大半が10台前半です」
「ならば牛頭巨人を相手取るには力不足。持ち場を放棄せよ。全責任は『閃光』シャルロット・リュミエールが我が名にかけて、その責を負う。年寄りやけが人など、逃げ遅れてる者の支援に回れ」
「了解しました!」
……なんか決戦って雰囲気で話が進んでいく。
俺はシャルロットに近づく。
「なあ、慌てなくても俺のスキルがあるだろ」
「ああ。アーサーのスキルは強力だ。だが、牛頭巨人はステータスウインドウの目くらましで倒せる相手ではない。いくらお前がレベル72でも戦闘訓練を積んでおらず、武器を持たないようでは苦戦するだろう。アーサーは私のそばにいてくれるだけでいい。ただそれだけで私に勇気と力をくれる! 我が剣と愛にかけて、アーサーは私が護る! 夫婦になるのに、契りも交わさずに死ねるものか!」
キリッ!
決意に満ちた美しい顔だ……。
あと、やっぱ「夫婦」って言っているよな。
なんか好感度マックス過ぎる……。
それは嬉しいんだが、今はそういうことじゃないんだよなあ。
「お前、俺のスキルがステータスウインドウだと思っているだろ」
「え?」
「レベル1固定だぞ。忘れたのか? 牛頭巨人でもレベル1にしてしまえば、お前なら楽勝じゃないのか?」
「……ッ! そうだった! お前がステータスウインドウを飛ばしてばかりいるから、それがスキルだと思いこんでいたじゃないか!」
……ステータスウインドウ目くらましが便利すぎたのがいけないんだ。
「で、だ。今後のことも考えて、俺たちで牛頭巨人を瀕死まで追いこんで、レベルを元に戻してから、サフィにトドメを刺してもらうのはどうだ?」
「なるほど。サフィが強くなれば奴隷商に襲われても返り討ちにできる」
「よし。やるか。サフィはこれを預かっててくれ。大事な物だ。お前にしか任せられない」
俺はポケットから宝石を出してサフィに渡す。
「分かったみゃ!」
ただ「待っていろ」と言うだけだと、仲間はずれ感を抱くだろう。だからサフィには仕事を与えた。
「いくぞ、シャルロット!」
「ああ。行こう! アーサー!」
俺たちは工事現場に詰まれた石材を駆け上がり、城壁の回廊に上がった。
城壁の前に広がる畑に、たしかに牛頭巨人が10体いた。
基本的に城塞都市では「城壁の外に街を作る」のと平行して、もしくは一段落がついたら、畑を作る。
都市民の食糧を生産するためだ。なぜ、城壁のすぐ外に作るのかというと、近い方が働きやすいからだ。あと、遠隔地に大規模農場を作っても、都市まで運ぶ手段がない(荷車や馬の数が限られている)。
そして、畑が都市に近いと、敵が攻めてきたときに護りやすいという利点もある。
城壁の上から矢を撃って、農民が城壁内に避難するための時間を稼ぐ。敵が畑を荒らす前に撃退できるのなら、撃退する。
戦争の際、敵は畑の破壊を優先する。なぜなら城壁を破壊するより、食糧の供給を断つ方が楽に勝てるからだ。逆に言えば、防衛側は食糧の供給源である畑を護らなければならない。都市に近い方が都合が良い。
だから、食糧生産の事情と、ついでに防衛上の理由により、城壁のすぐ外は畑になっている。
ファンタジーアニメに登場する城塞都市のすぐ外はだいたい平原か森だが、あれは間違いだ。食糧魔法でも存在しない限り、住民は餓死するだろう。じゃがいも警察(※)は、城塞都市の周辺環境に突っこみを入れてくれ。
※:「ファンタジー世界にじゃがいもがあるのはおかしい」と主張する人々のこと。
異世界転生者はサツマイモの苗を持ちこんだり、肥料の作り方を教えたりする前に、『都市の近くに畑を作った方がいいですよ』と教えてさしあげろ。
アニメや漫画は城塞都市の航空写真を参考にして絵を描いているのだろうが、現代は流通や農業が発達したから、畑が都市から離れた位置にあるだけだ。
ついでに言うと、ファンタジー作品で「王都まで旅して20日」とか「最寄りの街まで1週間旅する」とかのように、けっこう距離があるが、アレも間違いだ。
王も領主も「納税できる距離」に街や村を作らせる。逆に言うと、「住民が納税しているなら、日帰りできる位置に王か領主がいる」はずだ。
人里に近寄らずに、大国の端から端まで旅するのなら、何日かかっても構わないが……。少なくとも最寄りの街まで何日も旅をする必要はない。そんな世界あってたまるか。
いきなり辺境に人口100人の村が発生することなどない。当たり前だけど、社会として成立しない。
近くにでかい街があり、そこで食料品や日用品を買ったり、仕事しに行ったりする。
戦争になれば村人は街や都市に避難する。避難するためには日帰りくらいの距離にいなければならない。戦争時に避難できないなら、納税する意味がない。
人々は納税し、その代わりに、領主の庇護下にあった。つまり、有事に護ってもらう。
俺の家だって「朝起きて、歩いてきて朝食を食べる」くらいの近所にある。家と言ってはいるが、元々は防衛拠点だから城だ。有事の際は避難場所になるだろう。