11話。マルシャンディの真意! そして始まる野郎同士のてえてえ
ところで、今、マルシャンディはシャルロットのことを王族って言った?
でも今の王家って、アーステール家だよな?
その分家的な?
マジでハンミャーミャーの世界展開ができる……?
「じゃあ、製法や材料や、他の種類のレシピを教えますよ。その代わりというか、方針なんですけど、薄利多売にしましょう。一番安い商品を銅貨1枚で買えるようにする」
「え?」
「100人の貴族に銀貨1枚で売るより、100万の庶民に銅貨1枚で売る方が儲かるんですよ」
「な、なるほど……! たしかに! アーサー君は商才、いや、未来を見通す力がある……! 素晴らしいお方だ!」
「だったら、俺の呼び方をアーサー様に戻せや。ああん?」
「ひっ!」
「こら! アーサー。どうしてお前は急に他人に対して攻撃的になるんだ。わ、\カーン!/私の夫\カーン!/として、もっと、落ち着いた態度を……。\ガン!ガン!/いや、今のお前も素敵なんだが……\ガン!ガン!/乱暴に\ガン!ガン!/されたい\ガン!ガン!/という意味では、夜なら、その\ガン!ガン!/攻撃性\ガン!ガン!/もありかもしれない……\ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!/」
「なんかやけにうるさいな? 早鐘(※)?」
※:その名のとおり、早く打ち鳴らす鐘のこと。非常事態のときに打ち鳴らす。
空の高い位置から急きたてるように、何度も何度も鐘の音が落ちてくる。時報としてならす聖堂の鐘の清らかな音色とは明らかに違う。
ん?
音の発生源が街の内側じゃなくて、城壁?
正門の方の、城壁の上に設置された櫓の方から聞こえる?
反響するからちょっと分かりにくい。
城壁工事の男達も仕事の手を止めて、街の中心方向にある聖堂や鐘楼の方へ視線を彷徨わせるが、すぐに正門の方に顔を向ける。
通行人達も不安そうな顔を正門に向ける。
「野良モンスターの襲撃かもしれません。これだけ早い鐘は聞いたことがありません。皆さん。私の商店に案内します。こちらです」
マルシャンディが不安そうな顔で俺たちを急かす。
周囲では人々が慌ただしく動き始めた。
マルシャンディは、いや、街の人々は、不安はあっても、まだ冷静さを保てていた。
だが――。
城壁の櫓から叫ぶ兵士の絶叫を聞いて、誰もが顔を恐怖に染める。
「牛頭巨人だ! 牛頭巨人だ! 3、4、5! まだ森から出てくる! 逃げろ! 逃げろ!」
周囲から悲鳴が上がる。
「きゃあああああああああっ!」
「うわああっ! に、逃げろ!」
人々は手にしていた物を投げだし、街の中心方向へと走りだす。
街は一瞬でパニック状態に陥った。
転んで泣き出す子ども、子を探す親の声、地に伏せて神に祈る者、それに躓き転倒する者、何かを言い争う男達……。
早鐘は鳴り止まない。
「旧市街に逃げろ! 新市街の城壁なんか簡単に破壊されるぞ! みんな逃げろ! 木造の家じゃ駄目だ! 旧市街の市庁舎や教会堂に避難しろ! 急げ! 急げ! 防衛隊が魔法攻撃を始めたが、時間稼ぎにもならない! ここもすぐ駄目になる! 神のご加護を信じて逃げろおおおおっ!」
「魔法攻撃準備完了! ファイヤーアロー一斉射! 撃てええッ!」
城壁の上が赤く輝いた。
ドドドドドドドッ……!
街の外から爆発音が聞こえてくる。
「着弾を確認!」
「やったか?!」
「だっ、駄目です! 傷ひとつついていません!」
「魔力切れで倒れても構わん! 撃て! 撃ち続けろ! 住民を護るんだ! 少しでも時間を稼げ! 鐘を1回多く打ち鳴らせるだけの時間でも構わない! 人々が愛する家族に別れを告げる時間を、俺たちの命で稼ぐんだ!」
どうやら苦戦しているようだ。
マルシャンディは顔面を蒼白にすると頭を抱えこみ、震えながら地面に膝をついてしまった。
「そ、そんな……。牛頭巨人が5体以上も……。お、終わった……。ははっ……。ニュールンベージュは終わりだ……。ははっ……ははは……。この小汚い街を破壊し尽くし、私の理想の街を作る計画は潰えた……」
「えっと、マルシャンディさん?」
「ふふっ……。金持ちが暮らす街の中心部は助かるかもしれないが、貧しい者の暮らす新市街は、どうにもならない……。はははっ……! 貧乏人の木造家屋なんて簡単に壊される!」
次第にマルシャンディの言葉に狂気が宿っていく。
――違う。これは絶望だ!
マルシャンディが叫ぶ。
「お前には、この気持ち、分からないだろう! 領主の息子として何不自由なく生きてきたお前には! アーサー! 僕はね、この貧乏人だらけで汚い新市街を、この街からなくしたかったんだ!」
「アーサー?! ついには呼び捨て?! それに、お前って言った?!」
「覚えているぞ! お前の家に納品した豪華な家具や食器を! 僕は新市街を破壊し、路地を清潔にし、雨風を完全に防げる家を建て、人々に十分な食糧が行き渡る綺麗な街を作りたかった! 貧しくとも汗水垂らして頑張るカルのような人々が幸せに暮らせる街を作りたかったんだ! それを、お前達だけが富を独占して贅沢に暮らしやがって!」
ガッ!
立ち上がったマルシャンディが俺の襟首をつかむ。
赤く歪んだ瞳から涙があふれている。
彼の表情が大きく歪んだ。新たな怒りを吐きだすかに見えた。
だが、手を放し、また地面に崩れ落ちた。
「ふふっ。あははっ! しかしその夢も潰えた! ふざけるな! 牛頭巨人だと! 子供ですらその名を知っている災厄級モンスターだ! 私が望んでいたのは、こんな破壊じゃない! まだ早い! 今はまだ街を作り直す金がない! ちくしょお! 人々の財産を奪うな! 粗末でも、そこに暮らす人々がいるんだ! 貧乏人から家を奪うな! うわあああっ……!」
マルシャンディは地面を拳で叩き始めた。
俺は腰を落とし、その手をつかむ。
「やめるんだ。怪我をするぞ」
「放せ! お前に何が分かる!」
「聞いてくれ。ザマーサレルクーズ家が贅沢をしていたことは許してくれ(俺は転生者だから完全に無関係だが、ここはそう言っておくしかない!)。だがな、俺は家を追放されたし、弟のイーサーからは食事にネズミを入れられたり、靴に針を入れられたりした。言いながら記憶が蘇ってきたんだが、ベッドには汚水をかけられたし、仕事として城壁工事の視察に付き添うことはあっても、狩りやパーティーに連れていかれるのはいつも弟だった。俺は家に残って、厩舎を掃除して馬糞を片付けていたよ。あ、いや、まあ、馬のことは好きだから、それはいいんだが……」
俺がマルシャンディを諭していると、背後でシャルロットがぼそりと言う。
「アーサー……。お前の攻撃性は、そんな不遇な生活をしていたことの反動か……」
いや、元VTuberとしてのツッコミ気質だと思う。
俺はマルシャンディに言う。
「人は窮地に立たされたときに本音が出る。マルシャンディ。いや。マルシャンディさん。貴方の街への想い、伝わったよ。ロイヤリティは要らない。俺の知るハンミャーミャーの知識をすべて授ける。だから、この街を立派に作り替えてくれ」
「……え?」
マルシャンディが涙と鼻水で崩れた顔を上げたとき、避難する石工集団の中から彼の友人カルが出てきた。
「おーい! マルシャンディ! アーサー様! 何してる。逃げるぞ! 牛頭巨人どもめ、どうやら修理中の場所を攻めるだけの知能があるようだ。ここに来るぞ! 5体どころじゃない! 10体だ!」
「カルさん! いいところに! マルシャンディさんの腰が抜けて歩けないようだ。連れて行ってくれ」
「お、おう。おら。しっかりしろ!」
カルさんはマルシャンディを軽々と肩に抱えあげた。
「カル……」
「まったく、軽いな。ガキの頃から何も変わってない! いつも言ってるだろ。少し儲けたからって金をぜんぶ食料にして貧民に配るのはやめろ。テメエが先に腹を満たせ!」
「う、うるさい。そういう、お前だって『腹の子のためだ』ってマリーにばかり飯を与えているだろう! お前は体がでかいんだから、人より多く食えよ!」
「うるせえな。本当にガキの頃から何も変わらねえな! だったら、分かるよな! こういうときは黙って俺に従え!」
「カル……」
な、なんで俺は野郎同士のてえてえを見せられてるんだ……。