転生者狩り
ホムラに何度も叩きのめされた日の夕飯は、あまりシュウの喉を通らなかった。ザックの作る料理は相変わらず口に合わないが、昨日よりは慣れてきていた。
「後悔すると言っただろ。」
ザックが言った。
「うん。でも、少しだけ。」
シュウはスープを口に運ぶ手を止めて答え、ザックが小さく笑んだ。それからお互いに何も言わず食べ進め、ザックが先に食べ終わった。からからと音を立てて皿をまとめて席を立つと、ふと思い出したように「そうだ。」と呟いた。
「今日、畑いじりながらちょっと考えてたんだが、お前、自分のしたことを後悔してるんだろ。」
シュウは頷いた。
「それなら、償ってみるってのはどうだ。例えば、"転生者狩り"を止めるとか。」
「止める?」
シュウの手が、再び止まった。自分がここにいるのになぜ"転生者狩り"が継続しているのか、そもそもなぜ"転生者狩り"の過去とその継続についてザックが知っているのか。脳内には様々な疑念が浮かんでいた。混乱を推し量ったのか、ザックは一度その場を離れ皿を簡単に片づけてからシュウの隣に座り、さらに一息ついて話を再開した。
「ああ。こんなとこまで来て、やることがウーナの暗殺未遂なんて命知らずにもほどがあると思った。だから、今日ちょっとトゥテルまで行ってきた。」
「トゥテルまで、半日で?」
「異界異能を使ったんだ。細かいことは今はいい。ともかく、俺はまず新聞を見た。まだ新聞って文化が残っていることに驚きもしたが、もっと驚いたのは昨日起こった転生者の怪死事件だ。」
『転生者の怪死』。その言葉を聞いた時、シュウはぐっと固唾を呑み込んだ。
「俺じゃ…ない。」
目を見開きながらそう言うシュウの肩に、ザックはそっと手を置いた。
「そうだ。お前は昨日、うちで屋根裏片付けてた。つまりお前意外に"転生者狩り"をやってるやつがいるってわけだ。」
そう言ってザックは、シュウの方へ向き直った。
「お前は、どう思った。」
その問いに、シュウは再び迷った。しかし、何者かからの指示を探していた脳内の、深いところに隠れていた何かが、ふと姿を現した。瞬間、宙で揺れていたシュウの焦点がザックの目と重なった。
「止めたい、とは、思えなかった。でも、知りたい、とは思った。」
その回答にザックはまた、静かな笑みを浮かべた。
「なるほどな。俺はちょっとお前を見くびってたよ。」
首を傾げるシュウに、ザックはゆったりと立ち上がり、シュウの前に置かれた空の皿を重ねながら語った。
「俺は、お前が『止めたい』と言うと思っていた。自力ではまだそれを選べないともな。だから前もって止めるという選択肢を提示した。しかし、読みが甘かったようだ。」
そして、ザックは台所へ去った。皿を洗う水の音を聞きながらシュウが途方もない思慮に暮れていると、少ししてザックの声が聞こえた。
「今日はもう寝ていいぞ。聞きたいことがあれば明日聞け。」
そう言われて、シュウは自分がとても疲れていたことに気がつき、大人しくザックの提言に従うことにした。
時は遡りこの日の朝、シュウとホムラを後目にしてザックは自身の異界異能、《隠れ蓑》をその身に纏い、飛行魔法を発動した。転生村を取り巻くリエル森林には強力な魔物が蔓延っており、通常であれば魔法を使うことは命取りだ。しかし、《隠れ蓑》があればその心配はなく、高出力の飛行魔法魔法によって日が昇り切るまでにザックはトゥテル王国に到着した。
「へえ、案外いい感じになってるじゃねえか。まあ、中身はどうせ腐ってるんだろうが。」
以前訪れた時と比べ変化したトゥテルの様相にそう呟きながら、ザックは道端に捨てられた新聞を手に取った。表紙に載った記事は冒険者の不祥事や隣国シンタへの憶測から対魔物専用軍の征魔軍の練習風景まで様々だった。その1つに、新たな転生者怪死事件があった。その転生者は大人気のパン屋を営んでおり、革新的なパンとの食べ合わせや、パンそのもののバリエーションの豊富さが評判だったと書かれている。そして、他の事件と違う点として転生者以外にも従業員1名に被害が出ている点が強調されていた。ザックはすぐさまその現場に赴いたが、既に治安維持機関によって事後処理は終わったようだった。
「そういうとこはしっかりしてんだよな。」
ザックは嘲笑に似た笑みを浮かべ、そのまま店内へ侵入して付近の様子を観察した。まず、血痕はほとんど残っていないが、絨毯や木の柱に僅かに染み付いたものがある。石壁にもよく見れば拭き取られた痕があった。飛び散り方からして、パン屋の閉店作業の最中に誰かがやられたのだろう。転生者は調理担当だろうから、これはおそらく従業員の痕跡だ。ザックは考察を深めながら、キッチンの方へと足を踏み入れる。そこにはこれまでと同じ血痕に加え、焼痕が残されていた。窯から遠い位置にあって窯の近くには無いということは、これは転生者か襲撃者が残したものだ。さらに、炎を扱える転生者がキッチンに着火用魔杖を置くはずがなく、事実が後者であることを示していた。
一通りの観察を終え、ザックは変化した街並みをしばらく歩いて概ね記憶した。その途中、少し遅めの昼食としてトゥテル名物のエンバという食べ物を食した。それは小麦の生地で肉や野菜を挟み、独特のスパイスで味付けしたもので、やはり飯は美味いのだと思いながら完食した。そして、今日やっておきたかったもう1つの用事を思い出し、再び《隠れ蓑》を纏って転生村へと発った。
「トリア、2つ質問だ。」
ザックは帰るやいなや村の中心にあるトリアの小屋を訪ねた。単刀直入に用件を伝えると、小屋の扉が静かに開いた。奥へ進むと、いつも通り小さな部屋でトリアが何やら難しそうなことをしていた。
「何?」
トリアがそう問い、ザックは速やかに質問をした。
「シュウの魔力操作精度が6番目だと言っていたが、上の5人って誰なんだ?」
「そんなこと、気にするんだ。」
「ああ。もしかして、と思ってな。」
「なんだ、そういうこと。1番上は当然ウーナ、2番目は私、3番目はリム=マーズス、4番目は非転生者でありながら英雄級に至った冒険者ヒロ、5番目がホムラだよ。」
作業を続けたまま答えるトリアに、ザックは少し息を漏らして笑った。
「あれで6位なわけないと思ったら、やっぱりそんなことか。ウーナはもう人間じゃないし、リムだって"スキル"込みだろ。そしてお前は装備込み。見栄張るのはやめとけって言ってるだろ。」
ザックにはトリアの顔は見えないが、長年の付き合いから彼女がふてくされていることは容易に想像できた。
「もう1つは、あいつの過去についてだ。」
今度の問いを聞いたトリアは、先ほどとは違い少し顔を上げてザックの方を見た。トリアはその問いに端的に答え、ザックはありがとうと一言だけ告げてその場を去った。