時を待つ
街へ繰り出したシュウは、呑気に朝食を摂っていた。そもそも王城への侵入など困難を極める。王城とその周辺は魔導灯によって明るく照らされ、そこから排出される余剰魔力でシュウの精密な魔力探知もその射程が半減する。当然、守衛の数も質も先日の関所とは比べ物にならない。超えるべき壁は多いが、助けもある。相談役から受け取った資料には、王城に関する情報も事細かに記されていた。戦略を練るならそれを確認したいが、いかんせんここは人目に付く。そうしてシュウはただ朝食を摂るだけの呑気な時間を過ごしているのだ。そんな中、1つの料理の前でシュウの手が止まった。
「ザックが食べたって言ってたの、これか。」
自分にも聞こえないほど小さな声で、シュウは言った。その後は、どこを見るでもなく、何を聞くでもなく、ただゆっくりとそれを噛み、味わい、飲み込んだ。そしてすぐに席を立ち、資料と共に渡された資金から代金を払って店を出た。
シュウは改めて現状を確認する。大きく分ければ、今シュウがやりたいことは、新たな"転生者狩り"による事件現場の確認と王城への侵入計画を練ることの2つだ。相談役からの指示も遂行する必要があるが、それはその過程で自然とクリアできる。また、相談役の言う通り"転生者狩り"が王の手の者であるなら、侵入の際に衝突する可能性もある。資料にも情報はあるが、自ら直接確認すれば解像度も上がるだろう。これで、シュウが次にすべきことは確定した。
シュウは閉まったパン屋の前に立っていた。ザックから聞いた話にも合ったパン屋だ。木彫りの装飾が施された看板と割れた窓が目立つ。資料によれば彼がここに店を構えたのは2年前で、数か月前に1人の従業員を雇いかなり繁盛していたようだ。年齢は19歳。転生者というのはやはり早熟だ。もう一度だけ店の表をぐるりと見まわし、シュウは堂々とその店内に踏み入った。
ゆっくりと、店内を見回す。パンが置かれていたであろう棚は埃だけを薄く被っている。ここは完全に店主の所有であり、相続者もいないため片付けが進んでいないのだろう。血痕も一応拭かれてはいるが、見ればわかる程度には残っている。隠す気がない、もしくはその能力がない者による犯行なのだろう。魔力探知には特に何も引っかからなかった。それなりに時間が経っているので詳細なことまでは読み取れないが、少なくとも強力な魔法は使われなかったということだ。血痕の形や位置からして、従業員は刃物で突き刺されるようにして殺されている。これは資料でもそう推測されていた。窓を割り、目についた従業員をナイフのような刃物で正面から突き刺し、押し倒す。素人の強盗のような殺人だ。
次に厨房を見る。こちらも同様に埃をかぶっているが、その異常さは一目でわかる。血が至る所に飛び散っていて、しかも石畳の床に陥没が見られる。相変わらず魔力の状態に特徴はないが、これだけの破壊に強力な魔法が使われていないというのも不自然だ。被害者の異界異能は資料に記載されていた。入国の際に自己申告したものであり、国王側で記録された情報であることから全てが信頼できるとは限らないが、そこにこれだけの破壊力を生み出すだけの何かは記されていなかった。ここに、シュウの「異界異能は魔力の痕が残りづらい」という経験則を加えることで、ある可能性が強い説得力を獲得する。
「新たな"転生者狩り"は転生者の仕業…って、ことか。」
シュウはそう言った。店の裏で待つ、何者かにも聞こえるように。




