第4話 エキストラバトル開幕?
「しまった! もう間に合わない!」
反応が遅れた音羽がとっさに防御の構えを取り、目を固く閉じて覚悟を決めた時だった。身体を守るように腕を組むと、柔らかい毛並みの何かが飛び乗り、聞き覚えのある鳴き声が聞こえてきた。
「ニャー」
「え? この鳴き声って、まさか翠ちゃん?」
音羽が恐る恐る目を開けると、腕の上で前足を伸ばして抱き着こうとしている翠の姿が目に入る。驚いて固まっている音羽のことなど気に留めず、そのまま肩のほうへよじ登り始めた。
「ニャー、ニャニャー」
「わ! 翠ちゃん、ちょっと待って。そんなところに登ったら危ないから」
左腕を足場代わりにして何とかよじ登ろうと奮闘する翠を見て、右手で優しく首根っこをつかまえる音羽。
「ニャー」
「はい、捕まえた。もーびっくりしたじゃないの」
音羽は両腕の中にすっぽりと収まった小さな体を見下ろしながら、ゆっくりと頭を撫で始める。指先に伝わる毛並みは朝焼けの日差しのように柔らかい。よほど不安だったのか、微かに震えているような気がして少し息が詰まる。
「……もう、どこ行ってたのよ」
「ニャー」
彼女の声は叱るようでいて、冬の息のように溶けて消える優しさを含んでいた。その声を聞いた翠が安心したように喉を鳴らしていると、一緒にいたはずの存在を思い出した音羽が問いかける。
「そういえばルナちゃんも姿が見えないけど……一緒にいたんじゃないの?」
「ニャ、ニャー?」
「うんうん、一緒にいたけど探し物があるから先に戻っていてって?」
「ニャー」
音羽の言葉を聞いた翠が鳴き声で答えている様子を見た視聴者が、次々とコメントを書き込んでいく。
《チャットコメント》
『翠ちゃんていうんだ、新たな仲間が加わってる!』
『子猫は癒し!』
『ミルキーさんが女神に見える……』
『わかる! 無類の気強さと母性を併せ持っている……ここは天国と繋がっているのか?』
『おい、帰ってこいwww』
『大丈夫だ、まだ川の向こうで手を振ってる人は見えてないwww』
『翠ちゃんの鳴き声で言っていることがわかるって、凄くないか?』
『それな! うちの猫……隣で鳴いてるが、何言ってるかわからんwww』
コメントが盛り上がっていることなど知らない音羽と翠が気にせず会話を続けていると、先ほどまで瑛士と睨み合っていたルリが声をかけてきた。
「ミルキー先輩って、翠がいたのじゃ!」
「ニャー!」
一気に表情が明るくなったルリが駆け寄ってくると、音羽に抱かれた翠の喉元を優しく撫で始める。自然と頬を緩めたが、すぐに音羽に向き直ると慌てた様子で話しかける。
「ミルキー先輩! コメント欄がすごい勢いで盛り上がっておるのじゃ」
ルリが右手を掲げると淡い光の中からタブレットが姿を現す。慣れた手つきで操作して配信中の映像を映した画面を音羽へ向ける。
「あら? まだ配信切ってなかったのね。結構盛り上がってるじゃん」
「そうなんじゃが、ちょっと気になるコメントがあったんじゃ」
「どれのことかしら?」
「これなんじゃが、そんなにすごいことなんじゃろうか?」
ルリが指さした先にあったのは、「鳴き声だけで意思疎通が取れているのがすごい」というコメントだった。
「言われてみれば……翠ちゃんやルナちゃんの言っていることってなんとなくわかるもんね」
「そうなんじゃ。特に気にしておらんかったのじゃが、なんとなくわかるんじゃよな。これが普通だと思っておったんじゃが、違うのかのう?」
不思議そうに首をかしげているルリの様子を見た音羽は、腕の中にいる翠を見つめながら考え込む。
(言われてみれば……ルナちゃんや翠ちゃんの鳴き声って不思議なのよね。なぜか言っていることがわかるし、会話も成立しているのよね。あ、そういえば昔、研究所にいた時に“言葉を理解できる実験動物”がいるって聞いたような)
「ルリちゃん、そのことだけど……」
相談しようとして音羽がルリに声をかけようとした時、背後から言い争う声が響く。
「キュー!」
「あ? やるのか? いいだろう、今日こそ白黒つけてやろうじゃねーか!」
驚いて二人が振り向くと、うっすら赤い足跡のようなものが付いた瑛士と、毛を逆立てたルナが睨み合っていた。
「二人とも何をしておるんじゃ」
「あ? 草むらの奥から不審な気配がして、覗き込んだんよ。そしたらコイツが飛び出してきて、俺の顔を思いっきり踏みつけていきやがったんだ!」
「キュー、キュキュキュ!」
「『いきなり目の前に現れたらビックリするだろうが』だと? だったら無防備に踏みつけるやつがいるのかよ!」
「キュキュー、キュキュキュ!」
「『何がいるかわからない草むらに顔を突っ込む方が悪い』だと? 紛らわしいことしてるヤツに言われたくないわ!」
「キュー? キュキュキュー!」
「『は? ボス倒してないヤツがでかい口叩くな』だと?」
「キュー」
「この野郎……やっぱりこの場所で成敗するしかないな!」
ルナと瑛士のにらみ合いはどんどん加速し、激しく火花が散っている様子が見えるほどの錯覚を起こす。この様子にコメント欄はさらに盛り上がる。
《チャットコメント》
『ついに決着の時が来たのかwww』
『ルナちゃんの勝利に一票』
『ここはご主人が威厳を見せつけるかもwww』
『第何ラウンドだ?』
『下剋上の始まりだwww』
次々と書き込まれるコメントを見たルリと音羽は思わず吹き出し、声を上げて笑い始める。
「あはは! この勝負は私も気になるわ」
「ルナとご主人……どちらを応援すべきか悩むのじゃ」
「そんなの……どっちにしようか迷うわね。そうだ、リスナーのみんなにアンケート取ってみない?」
「名案なのじゃ! 下僕どもの予想も聞いてみたいのじゃ!」
先ほど話そうとしていたことなどすっかり忘れ、目の前で始まろうとしている戦いを楽しんでいる音羽とルリ。
エリアボスとは違う、瑛士とルナの威厳をかけた戦いが――今、幕を開けようとしていた。
最後に――【神崎からのお願い】
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