閑話➈ー4 異変の正体
瑛士たちがエリアボスと対峙する少し前、誰もいないはずの五階層のフロアに二つの黒い人影が動いていた。
「こちらA班、鉄牙狼を発見」
「了解した。現状の動きを報告せよ」
「中央の岩で寝ているようだ。今のところ起きる気配はない」
「例の薬は準備できているか?」
「問題ない。プランDで実行許可を願う」
「しばし待て。失敗は許されぬ……確認が完了するまで待機だ」
「承知した。狙撃ポイントまで移動を開始し、待機する」
一つの黒い人影が、鉄牙狼が眠る岩から少し離れた位置で立ち止まる。草むらに身を潜めながら背中に担いでいた銃をセットし、息を潜めるように隠れるとインカムを使って話し始める。
「こちらA班。所定の位置に到着。指示通り待機を開始する」
「了解。本部へ確認を行ったところ、対象はまだ通路にいるとのこと。二分後に作戦を決行する」
五階層の出口扉付近からフロアを眺めていた指示役は、順調に作戦が進んでいることに安堵する。
(何の問題もなく進んでいる……ヤツに薬を打ち込んだら、速やかに本部が用意したゲートから退散だ。怪しい求人だったが、これで法外な収入を得られるのなら楽な仕事だ)
真っ黒な目出し帽をかぶり迷彩柄の服で身を固めた男は壁にもたれ掛かると、小さく息を吐く。
(掲示板で見た求人がまさか本当に実在するとはな……)
一週間ほど前、ある掲示板に怪しい求人があるという書き込みを見つけた。半信半疑でアクセスしてみると、そこに書かれていたのは迷宮内での簡単な仕事と法外な報酬だった。
「まじか……怪しすぎるが、この報酬は魅力的すぎるだろ! 数時間働くだけで十万越えは美味しすぎる」
借金があるわけではなかったが、楽して大金を稼ぎたい男は迷うことなく飛びついた。必要事項を入力した数日後、差出人不明の宅急便が到着した。中を開けると手紙が入っており、二名一チームで動くこと、報酬は後日口座に振り込まれること、パートナーとなる相手であっても素性は絶対に明かさないこと、必要最低限の会話のみで任務を遂行することなどが書かれていた。さらに、迷彩服と目出し帽、奇妙な腕時計のような機械とIDカードらしきものも同封されていた。
「このカードはいったい何に使うんだ?」
男性が迷彩服を持ち上げると、一枚の紙が落ちた。拾い上げて読むと、時計型の機械とIDカードの説明が書かれていた。時計型の機械は迷宮付近に近づいてボタンを押すと、周囲から存在を認識されなくなるらしい。そしてIDカードは展望フロアから対象のフロアへ行く通路のカギになると書いてある。
「へえ……ずいぶん用意周到だな」
何の変哲もないカードを眺めながら準備を進め、仕事の日を迎える。指示通り展望フロアからIDカードを使い、薄暗い廊下を歩いていると、同じ格好をして背中に猟銃を担いだパートナーと思わしき人物と合流する。
「あんたが今日の相方か」
「……無駄な話はしない。さっさと任務を遂行するぞ」
ぶっきらぼうに言い放つと、通路の奥へ足を進めていく。
「まあいい、数時間の辛抱だ……」
無言で薄暗い通路を歩き、五階層に到着すると黒服の男が待ち構えていた。
「よく来たな。指示はすべてこのインカムを通じて行う。失敗は許されないから肝に銘じるように」
釘を刺すように言い放ち、二人にインカムを渡すと、すれ違うように歩きはじめ暗闇に消えていった。
「失敗するなと言われた時はどうなるかと思ったが……なんとかなるもんだな」
男が大きく息を吐いた時、インカムから黒服の声が聞こえてくる。
「時間だ。指示通り任務を遂行せよ」
「承知した」
短く返事を返すと、草むらに身を潜めるパートナーに向かい指示を飛ばす。
「本部から指令が出た。撃て」
「承知した」
インカムから返事が聞こえると同時にフロアに銃声が響き渡る。すると、先ほどまで眠っていた鉄牙狼が飛び跳ねるように立ち上がり、うなり声を上げ始めた。
「グゥゥオオオオォォォォォォンッ!!!」
「これはヤバくないか……おい、すぐに撤退するぞ」
「ああ……ん? こんなところにウサギなんて……ぐぁ!」
「どうした? 何があった?」
慌てて問いかけるが、パートナーから返事が返ってくることはなかった。何か異変が発生したと感じた男は、自分だけでも助かろうと指定された出口にIDカードをかざす。
「な、なんで反応しないんだ!?」
カードを認証機に何度もかざすが、全く扉が開く気配はなかった……いや、開くはずがなかった。なぜなら男が必死に逃げようとしていた扉は、エリアボスである鉄牙狼を倒して手に入るキーが必要な六階層への通路だったのだ。本来の出口は西に数メートル離れた位置にあるが、冷静さを欠いた状態ではその間違いに気づくことができない。すると、背後の草むらが不自然に動き、何かが近づいてくる気配を感じる。
「な、何が来るんだ……鉄牙狼以外にモンスターがいるなんて聞いてないぞ? だ、誰か助けてくれ!」
男の絶叫が響くと同時に、意識がブラックアウトする。
「……そうか、二人とも消息が途絶えたか」
薄暗い通路でスマホを見つめていた黒服が呟き、小さくため息をつく。
「しょせん金に釣られた哀れなやつらだ。こちらも始末する手間が省けたな……さて、本部長に報告を入れないといけないな」
スマホを操作し、電話をかけ始める黒服の男。
「お疲れ様です、五階層の件でご報告が……」
闇に溶け込むようにその場を離れると、通路には歩く足音だけが響き渡る。
……誰も知らぬところで、次の惨劇の歯車が静かに回り始めていた。
最後に――【神崎からのお願い】
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