閑話➈ー3 新たな狂気の芽生え
飯島がモニタールームで瑛士たちの戦いを見ていた頃、紀元はビルの屋上でタバコの灰を落としながら大きなため息をついていた。
「博士を止める、何かいい手はないのだろうか……」
柵に手を突きながら見上げた空は、彼の心情とは裏腹にあまりにも澄みきっていた。
「博士のことも気がかりだが、部下の電話を奪い取ったヤツはいったい誰なんだ? 尋常ではないほどの恨みと執念を感じた。声の感じからして、相当若いヤツだ……」
紀元の脳裏によぎったのは、三階層の処理に当たっていた部下と交わした最期の会話だった。何が起きても冷静沈着に対応するはずの彼が、今まで聞いたことのない焦った様子に違和感を覚えた。なぜなら武道に関しても達人クラスであり、低階層のモンスター相手なら一人で立ち回れるほどの実力者だったからだ。そんな人間がいとも簡単にスマホを奪われるなど想像すらできなかった。
(どう考えてもアイツが負けるなんてありえない……いったい何が起こっているんだ)
火のついたタバコを足元に投げつけ、頭を掻きむしりながら、すり潰すように足で踏みつける。
(あの時……無理にでも迷宮に行くのを止めるべきだった……)
彼の脳裏に浮かぶのは、数日前の出来事。迷宮作業員の一人が体調不良で入院することになり、代わりの人員として部下が手を上げた。
「自分に行かせてください!」
妙な胸騒ぎを覚えた紀元が考え直すように促すが、迷いのない眼差しがすべてを物語っていた。
「本部長のお気持ちは嬉しいですが、自分も現場に出ないと腕がなまってしまいますから……それに、自分が手を上げなければ、行くつもりだったんじゃないですか?」
「すべてお見通しか……迷宮内で異変が起こっている以上、俺自身の目で確かめておきたい」
「だからこそですよ。あなたが迷宮に出向き、何かあれば、組織が機能不全に陥る可能性が高い」
「お前の言うことも一理あるな。だが……」
「まだ動く時じゃないですよ! 我々がきっちり調査してきます!」
強い口調で制止され、何も言い返せなくなる紀元。すると部下はそのまま背を向け、離れるように歩き始めた。
「……博士の暴走を止められるのは、あなたしかいないのだから……」
「ん? 何か言ったか?」
「いえ、何も言ってませんよ。それでは、何か見つけ次第連絡を入れますね。ちゃんと電話に出られるようにしておいてくださいよ」
「俺はいつでも電話に出るだろうが」
冗談を言い合いながらお互いの業務に戻っていった。まさかこの会話が最期のものになるとも知らずに……
「なんでアイツが犠牲になる必要があったんだ……俺が止めていれば……」
部下と連絡が取れなくなった日から、紀元は激しい後悔の念に襲われていた。寝ても覚めても最期の会話が頭の中で再生され、今も笑いながら電話がかかってくるのではないかと思っている。同時に彼の電話を奪い、連絡をしてきた女性の声も焼き付いて離れなかった。
「いったい何の目的なんだ……」
紀元が再びタバコに手を伸ばそうとした瞬間だった。屋上の出入口扉が勢いよく開かれ、息を切らした男性が声をかけてきた。
「ハァ、ハァ……こんなところにいたんですね、本部長……」
「そんなに慌ててどうした? 何か問題でも発生したか?」
「いえ……飯島博士がすぐに本部長を呼ぶようにと……五分以内に連れて来いと厳命がありまして……」
「なんだと? そうか……残りはあと何分だ?」
「えっと……あと二分少々かと……」
「チッ、わかった。場所はどこだ?」
「博士の部屋です」
「わかった。伝達ご苦労だ」
息を切らす部下の肩を優しく叩くと、紀元はモニタールームへ向かって階段を駆け下りていった。
「博士が何を考えているかはわからないが……アイツの仇は、俺が晴らさねばならない……」
紀元の目に静かなケツイがみなぎった瞬間だった。
飯島とは別の狂気が芽生え、取り返しのつかない一歩を踏み出してしまったことに、彼はまだ気づいていなかった……
最後に――【神崎からのお願い】
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