第8話 様子のおかしいエリアボス
三人の前に現れた鉄牙狼が全身に殺気をまとわせながら睨みつける。その様子を見た瑛士が隣にいた音羽に話しかける。
「な、なあ……なんか妙に殺気立ってないか? 俺が聞いている情報とかなり違うんだが……」
「おかしいわね。鉄牙狼って孤高でプライドが高く、よっぽどのことがない限り怒り狂うことなんてないはずだけど」
「だよな……いろんな攻略配信を見てきたが、あんなに怒り狂う様子は見たことないし。むしろ最初は冷静な立ち回りを得意としているはず……って、なんか俺のことを睨んでないか?」
瑛士が視線を鉄牙狼へ向けると、唸り声を上げて敵意むき出しで睨みつけていた。冷や汗を流す彼を見ていたルリが何かに気がついたように手を叩き、声を掛ける。
「ふむ……ご主人はモンスターにも大人気なんじゃな!」
「そんな人気いらねーよ! 初対面なのに、なんか大ピンチなんじゃねーのか?」
呑気に話すルリに対し、声を荒げて抗議する瑛士。すると、隣でスマホを見ていた音羽が笑いはじめる。
「あはは! チャットコメントが面白すぎるわ! ちょっとこれ見てよ」
お腹を抱えて笑いをこらえながら音羽が画面を二人の前に差し出す。
《チャットコメント》
『いよいよエリアボス戦か! ルリ様のご活躍が見られるぞ!』
『なんかめっちゃキレてるしwww ご主人、何をしたんだよwww』
『それなwwwルリ様に続いてミルキーさんとも仲良くしているバツだwww』
『ハーレム野郎に天誅をwww』
『そういえば四階層のとき、一人だけ休んでたんだよな?』
『そうだったwwwルリ様、ゆっくり休んでください!』
『ご主人、活躍のチャンスじゃねwww』
『そうそう、巨大なワンちゃんと思って手なづけてみろよwww』
次々と流れるコメントを見た瑛士は肩を震わせ、スマホに向かって思いっきり叫んだ。
「コイツら……好き勝手言いやがって! あれのどこが犬なんだよ! それに俺には身に覚えがないって言ってるだろうが!」
「瑛士くん、スマホに向かって叫んでも意味ないと思うわよ」
「ご主人……何をしたのか知らんが、心当たりがあるのなら早く謝ったほうが良いと思うのじゃ」
「だから、俺は何もしていないって言ってるだろうが! それにモンスターに言葉が通じるわけ……」
瑛士が二人に反論しようとしたときだった。岩の上から睨みつけていた鉄牙狼が顔を空に向けた。
「――グゥゥオオオオォォォォォォンッ!!!」
耳をつんざくような雄叫びがフロアに響き渡り、岩を取り囲むように光の柱が何本も出現する。すると、地面から大型犬ほどの狼が次々と出現する。
「お、おい……まだ戦いが始まっていないのに、なんで召喚されるんだよ」
ボスを取り囲むように現れる姿を見た瑛士が驚きの声を上げるが、音羽とルリは至って冷静に戦況を分析していた。
「ルリちゃん、状況的には最悪に近いと思うんだけど……どうやって戦おうかしら?」
「たしかにミルキー先輩の言う通りじゃな。しかし、敵の意識がご主人に全て向いておるようじゃから、わらわたちには好都合ではないか?」
「そうね。雑魚は瑛士くんが引き受けてくれるから、その隙に本体を直接叩いてしまいましょうか」
「作戦は決まったのじゃ。それじゃあ、ご主人よ。雑魚どもは任せたのじゃ!」
「は? もう一回ちゃんと説明してくれ」
言葉を聞いて我に返った瑛士に音羽から指示が飛ぶ。
「瑛士くん、右手首につけた機械の左側にあるボタンを押して!」
「え? ボタン? これか?」
意味もわからず困惑しながら指示通りに左側のボタンを押す。すると、機械が光を放ちながら奇妙な音を発し始める。
「なんか変な音が鳴り始めて、光ってるんだが……これは大丈夫なのか?」
「あ……間違えちゃったわ。本当は右側だったかも、ごめんね」
瑛士の顔から血の気が引いた瞬間、狼たちの瞳が赤く染まる。
「おい……これってかなり不味くないか?」
困惑した瑛士が音羽へ聞き返そうとした時、身体を射抜くような殺気を帯びた視線が次々と向けられていることに気がついた。嫌な予感がしながら顔を動かすと、血走った目をしながら唸り声を上げる狼たちの姿が視界に入る。
「……俺の見間違いじゃなければ……なんか凶暴化してないか?」
「あーうん、えーっと……」
瑛士の問いかけに対し、歯切れの悪い返事を返す音羽。
「どうしたんだ? なんかマズイことでもあったのか? 早く止めないとヤバそうなんだが……」
「あのね、ものすごく言いにくいんだけど……残念なことに止めることはできないのよね」
「はあ?」
「あとね、左ボタンは……私がアレンジした機能で……ザコキャラを凶暴化させて一箇所に集中させるボタンだったわ」
「はああああ! なんて機能つけてたんだよ!」
「まあ、押しちゃったものは仕方ないわ。瑛士くん、私たちが鉄牙狼を仕留めるから雑魚どもは頼んだわよ!」
お面を付けているため表情を読み取ることはできないが、瑛士に向かって左手を突き出しサムズアップをする音羽。
「お前……ふざけてるんじゃねーよ!」
「ほらほら、向こうは臨戦態勢でお待ちかねよ? ちょっと大きなワンちゃんたちと思って頑張って!」
「――ガァァアアオオオオオオオンッ!!!」
音羽へ文句を言おうと口を開いた瞬間、雄叫びを上げながら十頭近い狼が瑛士に向かって駆け出してきた。
「クソッ……音羽、後で覚えてろよ……雑魚どもの相手はしてやるから、さっさと本体を仕留めてこい!」
土煙を上げながら向かってくる集団を睨みつけ、短剣を抜いて構えを取る瑛士。
「ご主人、ボスのことはわらわたちに任せるのじゃ!」
ルリの口調は軽かったが、一点の迷いなく獲物を狙う狩人のよう目をしていた。後ろを振り返ることなく、岩の上で佇む鉄牙狼に向かって駆け出す二人。
「ちょっとコイツらを相手するのはキツイ……いや、やるしかない」
瑛士の頬を一筋の汗が流れ落ちると同時に、戦いの幕が切って落とされた。
最後に――【神崎からのお願い】
『面白い!』、『楽しかった』と思って頂けましたら、『評価(下にスクロールすると評価するボタン(☆☆☆☆☆)があります)』を是非宜しくお願い致します。
感想やレビューもお待ちしております。
今後も本作を書いていく強力なモチベーションとなります。感想を下さった方、評価を下さった方、本当にありがとうございます!




