第7話 実は手遅れでした
五階層の入り口にたどり着いた三人の前に現れたのは、岩を削り出したような重厚な扉だった。表面には不思議な彫刻が刻まれており、両サイドには火のついた松明が燃え盛っていた。
「へえ、さすがエリアボスの部屋だけあって豪勢な扉までついているのね」
「そうじゃな……いかにもって感じの彫刻なのじゃ」
ルリと音羽が感心したように扉を見つめながら呟く。
「こんな石でできた扉をどうやって開けるんだ? 押しても引いてもびくともしないし、どう考えても俺一人じゃ無理だしな」
扉を見上げながら瑛士が声を上げると、二人は大きなため息を**吐き、**呆れた様子で話し始める。
「ご主人はこれだからダメなんじゃ……」
「ホントよね……」
「な、なんだよ……俺は何もおかしなこと言ってないだろ?」
焦った瑛士が必死に話しかけると、冷めたような目で見つめ返しながら音羽が呟く。
「あのさ、瑛士くん。もう少し雰囲気を大切にしようという気はないの?」
「え、あ、雰囲気を大事に?」
「そうよ。私たちはこれから初のエリアボス戦に挑むの。どんな死闘が待っているか、生きて帰れるかもわからない難敵が現れるかもしれないわ」
「いやいや、さっきタイムアタックするって言ってたよね?」
神妙な面持ちで語る音羽に対し、冷静にツッコミを入れる瑛士を無視するように話を続ける。
「これだから初心者は困るのよね……瑛士くん? いま私たちがいるのはどこかしら?」
「え? どこって迷宮内だろ?」
「そう、現実には起こらない現象が頻発する非日常空間なの……低階層のボスとはいえ、どんなバグが起こるか……」
「ちょっとまて! バグってなんだよ?」
音羽に対し、必死に訴える瑛士を見たルリが大きく息を吐いて肩をすくめながら話し出す。
「ご主人……わらわたちがいるのが本当に現実の空間じゃと思うか?」
「お前は何をいっているんだ? 現実以外の何物でもないだろ?」
「そうか……ご主人は現実と夢の区別もつかなくなってしまったのじゃな……」
口を手で覆い、声をふるわせるルリ。その様子にただ事ではないと思った瑛士が焦り始める。
「え? どういう事なんだ……」
「覚えていないのも無理はないじゃろ……あんなことがあったら現実逃避もしたくなるじゃろうからな……」
「な……いったい俺の身に何があったんだ?」
「それは……とてもわらわの口から言えることじゃないのじゃ……」
そのまま顔を伏せ、肩を小刻みに震わせるルリ。その様子に困惑していると、いつの間にか音羽が寄り添うようにルリの肩へ手を置いていた。
「ルリちゃん……辛いのはわかるわ。だけど教えてあげないと彼のためにならないの……」
「音羽……俺はいったいどうなってしまったんだよ! なあ、教えてくれ!」
「いいの? 真実と向き合うってすごくつらいわよ……その覚悟はある?」
「う……いや、俺は知らなければいけないんだ! 頼む、音羽! 教えてくれ!」
真剣な表情で訴える瑛士に対し、音羽は大きく息を吐くとゆっくり口を開く。
「わかったわ……瑛士くん、実はね……」
音羽の言葉を一言も聞き洩らさないように、真剣な表情で聞き入る瑛士。
「ルリちゃんにシャワー室の一件、全部見られちゃったの。ごめんね」
「は? それは……ま、まさか……」
「うん、トイレから前かがみで出てくるところから全部」
「何してくれてんだよ!」
瑛士の絶叫が迷宮内に響き渡ると同時にルリが大声で笑いだす。
「もー無理なのじゃ! あんな涙目になったご主人を見たのは初めてなのじゃ」
「ルリちゃん、内緒だよって言ったじゃん! いくら瑛士くんの弱みを握りたいからって……ぷぷっ」
「わらわのモーゲンダッツをバカにした罪は重いのじゃ!」
「お、お前らな……」
大笑いしている二人の様子に、瑛士が肩を震わせながら近づいていく。するとルリが腰に手を当てて立ちはだかる。
「ご主人? この動画を配信で流したらどうなるかわかるじゃろう?」
「お前……ふざけるのもいい加減にしろよ?」
「ふん、散々バカにした罰じゃ! これに懲りたらバカにせず、わらわのいう事を大人しく聞くんじゃな」
ルリと瑛士が睨み合っていると、見かねた音羽が割って入ってきた。
「はいはい、そのくらいにしておきましょうね。瑛士くんもやりすぎは良くないのよ?」
「お前が言える立場かよ! だいたいお前がやっているのは犯罪だろうが!」
「は? 忘れたの? 迷宮内は治外法権なのよ。だからなんの問題もないわ。そんなことよりも、さっさとエリアボスを倒しに行きましょ。ほら、ルリちゃんも活躍する様子をリスナーに配信しないと!」
怒り狂う瑛士を無視してルリに声をかける音羽。
「そうじゃのう。まあ、弱みを握れただけ良しとするのじゃ」
「そうそう、瑛士くんの弱みなんてまだたくさんあるからね」
「おい! まだあるってどういうことだよ!」
「ん? 細かいことは気にしないの。エリアボス戦を頑張ったら……教えてあげないこともないわ」
猛抗議する瑛士の言葉を無視してルリと一緒に歩き始める音羽。扉の前に立つと仮面を付け、胸の高さにあるくぼみに手をかける。
「お、おい! そんな重そうな扉、お前ひとりで開けられるわけが……」
瑛士が慌てて駆け寄ろうとした時、音羽が軽く押すとまるでばねでも付いているかのように勢いよく開く。ありえない光景に呆然と立ち尽くしていると、音羽が不思議そうな顔で声をかける。
「まさか……知らなかったの? この扉は演出みたいなものよ」
「は? 演出だと?」
「そうよ。配信する人のために、わざと映えるように管理側が用意したの」
言葉を聞いて膝から崩れ落ちる瑛士に対し、音羽が真剣な声色で話しかける。
「瑛士くん、ショックを受けるのは後にしてくれるかな? あちらは臨戦態勢でお出迎えみたいよ……」
音羽が見つめた先にいたのは、小高い岩の上で三人を睨みつける鉄牙狼の姿だった。
「ガアアアアアアアァァァアァァァ――ッ!!!」
耳を裂く鉄の軋みと、魂を蝕む怨嗟が混じり合い、獣とも魔ともつかぬ声が大気を引き裂いた。
三人にとって初のエリアボス戦の火蓋が切られた。
最後に――【神崎からのお願い】
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