第1話 一難去ってまた一難
音羽たちが四階層を攻略して間もなく、なぜか地面に正座している瑛士の姿があった。正面には腕を組んで仁王立ちする音羽とルリ、その隣ではルナと子猫が並んで座っている。
「瑛士くん、なんで休憩していただけなのに服を着替える必要があったのかな?」
「いや、これには……マリアナ海溝より深い事情があってだな……」
「そんなに深い事情ってどんなことなのかな? 私に相談すらできない理由って?」
「それは……人間の尊厳にかかわるというか、人生には山あり谷ありというか……」
瑛士が視線を逸らしながら返答に困っていると、隣に立つルリが口を開く。
「まあ、ご主人にも言いにくいことはあるのじゃろう」
「そ、そうなんだよ! ルリ、お前からも音羽に言ってやってくれないか?」
思わぬルリの言葉に一気に表情が明るくなる瑛士。
「うむ。音羽お姉ちゃん、きっとご主人はわらわたちが四階層を攻略している間、別の世界に転生してレベルアップをしてきたと言いたいのじゃ」
「はあ? なんでそうなるんだよ!」
「長年の付き合いである音羽お姉ちゃんに心配かけたくなかったのじゃろう……ご主人の年齢で『異世界に転生してレベル上げをしてきたぜ』なんて言おうものなら、厄介な病気でも発症したと思われるじゃろ?」
「そんなわけないだろ! だいたいなんでそんな短時間で戻ってこれるんだよ!」
「いいのじゃ、ご主人。わらわはわかっておるのじゃ……現実逃避したくなることもあるのじゃからな!」
ルリが満面の笑みでサムズアップすると、瑛士が真っ赤な顔で叫びはじめる。
「だーかーら! 俺は異世界転生したわけでもないし、厨二病患者でもねーよ!」
「そうだったのね……瑛士くん、普段は冷めた態度だから興味がないと思っていたけど……情熱を心に秘めていたのね?」
「なんでそうなるんだよ!」
「いいのよ。私はどんな瑛士くんでも受け入れる覚悟はできているの……」
「ちょっと待て! 俺がいつ厨二病を発症したと言ったんだよ!」
音羽が顔を伏せ、目を手で覆いながら悲しそうな声を上げる。
「そんな……ここまで必死になるということは……」
「音羽お姉ちゃん、しっかりするのじゃ!」
「ルリちゃん、大丈夫よ……ちょっと現実を受け入れるまで心の準備が……」
「大丈夫じゃ、わらわもついておる。この難局を一緒に乗り越えるのじゃ!」
「ルリちゃん……」
「音羽お姉ちゃん」
二人は見つめ合うと瑛士に背を向け、肩を組んでお互いを慰め合いはじめる。
「お前らな……少しは人の話を聞けー!」
二人の様子を見ていた瑛士がついに大声を上げた。
「勝手な妄想で人の黒歴史を捏造するんじゃねーよ! 異世界に行ったわけでもないし、厨二病を発症したわけでもないわ!」
「え? だって人生をかけてでも守らなければならない秘密があるって言っていたじゃない」
「いや、それはそうなんだが……」
瑛士が返答に困っていると、足元に何かがすり寄ってくる感触を覚える。視線を下に動かすと、ルナの隣にいたはずの子猫が嬉しそうな顔をして見上げていた。
「あれ? さっきまでルナと一緒にいたんじゃないのか?」
「ニャー」
嬉しそうに鳴き声を上げる子猫を抱き上げると、そのまま胸元から肩へと器用によじ登りはじめる。
「おい、くすぐったいってば」
「ニャー、ニャ」
瑛士の左肩にたどり着くと、鳴き声を上げながら頬ずりをはじめる。
「翠は本当に可愛いな」
瑛士が目を細めて翠を撫でていると、目の前から凍りつくような殺気が放たれる。
「瑛士くん、私の前で他の女の名前を出すなんていい度胸ね?」
「お前は何を言っているんだよ?」
「それはこっちのセリフよ。迷宮内で新たな女を作っていたなんて……これは間違いなく有罪ね」
「お前は何を言っているんだ? いつ俺が女性と話した? 迷宮のこの階層に入るのは俺たちだけだろ?」
凍てつくような視線を送り続ける音羽に対し、まったく意味がわからない瑛士。噛み合わない二人の会話を見ていたルリが、声を上げて笑い出す。
「あはは! 本当に二人のやり取りを見ていると面白いのじゃ! まあ、今回の件はご主人が圧倒的に悪いのじゃがな!」
「なんで俺が悪いことになってるんだよ!」
「当たり前じゃろ。何の説明もなしに聞いたこともない名前を呼べば、誤解を招くのは当然なのじゃ」
ルリから飛んできたド正論に、ぐうの音も言えず黙ってしまう瑛士。
「それで、その子猫の名前がスイというわけじゃな?」
「ああ、この子に会ったときから思っていたんだが、すごく清らかな目をしているしな。ルナとも仲良くしてるし、純粋な心を持っているだろうと思ってな」
瑛士が話し終えると、目を輝かせた音羽が笑顔で近寄ってきた。
「もう、紛らわしいんだから! 子猫ちゃんの名前だって最初から言ってくれたら良かったのに!」
「俺が説明する前に暴走したのはお前だろうが!」
「え? ひどい……だって私たちは名前を付けたことも聞いてないし、いきなり呼ばれたらねえ?」
音羽が隣にいるルリに視線を動かすと、腕を組みながら大きく頷いている。
「間違いないのじゃ。わらわたちは子猫の名前を考えてくれと頼まれたのじゃが、何に決まったかまでは聞いていないからのう。先に言わなかったご主人が悪いのじゃ」
「ぐっ……それは俺が悪かった……」
「わかればいいのじゃ。さて、翠よ。四階層のモンスターは倒したから、一緒に河原で遊ぶのじゃ。もちろんルナも行くじゃろ?」
「ニャー!」
「キュー!」
ルリが声を掛けると、瑛士の方から飛び降りる翠。その勢いのままルナと一緒に河原に向かって走り出す。
「こりゃ。そんなに勢いよく走り出したら危ないのじゃ」
二匹の後を追ってルリが歩き始める様子を見つめていた瑛士。すると隣に近寄ってきた音羽が耳元で囁く。
「うまくごまかせてよかったわね。ところでシャワーの湯加減はどうだったかしら?」
「は? な、なんでお前がそのことを知っているんだ……」
瑛士の表情が一気に真っ青になる様子を、怪しげな笑みを浮かべて見つめる音羽。
なぜ彼女はシャワー室の存在を知っていたのか?
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