閑話⑧ー4 最大のピンチと救世主
ルリたちが四階層の攻略を始めた頃、瑛士は人生最大の危機ともいえる状況を迎えていた。
「ど、どうする……このままでは人としての尊厳が失われてしまう。しかし、この子を起こして機嫌を損ねるようなことなどできないし……」
膝の上で気持ちよさそうに丸まって寝ている子猫を見つめながら、苦悶の表情を浮かべる瑛士。実は音羽と合流する少し前からトイレに行きたくなっていた。タイミングを見て抜け出そうとしたが、ルリのおやつ事件が勃発した。この時に余計なことを言わなければよかったのだが、いつもの調子で煽ったのが完全に裏目に出てしまった。同席したルナが激怒し、追いかけ回されることになった。この時点でかなり限界に近かったのだが、悲劇はこれで終わらなかった。その後合流した音羽から説教をされた上に、椅子代わりにされてついに臨界点を迎えてしまう。ようやく解放されてトイレに向かおうとした時、子猫が寄ってきて膝の上で動かなくなって現在に至る。
(どうにかしてここから脱出しないと……幸いこの通路にはトイレがあるし、持ってきた荷物に着替えもあるからついでに……)
瑛士がしかめっ面で考えていると突然子猫が目を覚ました。
「んにゃー」
まだ眠そうな顔を前足で擦りながら、膝の上で伸びをし始める。
(こ、これは願ってもいないチャンス!)
伸びをする子猫に手を伸ばすと、ゆっくり体を持ち上げて地面に下ろす瑛士。
「ニャー?」
「ごめんな、ちょっとだけここで待っていてくれ。すぐ戻るからな」
首をかしげて見上げる子猫には目もくれず、一目散にトイレに向かって猛ダッシュする瑛士。
「よ、良し! まだ間に合う!」
必死の形相で下腹部に刺激を与えないように最小限の動きで、トイレの入り口までたどり着いた。
「ま、間に合った……もう大丈夫だ」
瑛士が安心してトイレの中に入り、用を足そうとした時だった。突然腰のあたりに背後から強い衝撃が襲いかかり、緊張の糸が切れてしまう。
「あー! ま、まて! ダメなんだよ!」
瑛士が必死に制御しようと試みるが、決壊したダムの勢いを止めることはできなかった。
「……ハハハ……」
乾いた笑いを浮かべる瑛士の足元から聞き覚えのある鳴き声が聞こえてきた。
「ニャー?」
放心状態で視線を足元に向けると、満面の笑みで見上げる子猫が座っていた。彼と目が合うとズボンをよじ登ろうと奮闘していた。
「お前だったのか……ま、まあいい。幸い目撃者もいないし、さっさと処理すれば……」
「ニャー、ニャー!」
働かない頭を何とか動かしながらこの後の対処を考えていると、子猫がトイレの奥を見ながら鳴いて訴える。そして、そのまま奥へ歩いていって壁に触れると、新たな扉が出現した。
「なんだ? こんなところに隠し扉?」
子猫の指す扉を恐る恐る開けると、中には脱衣所とシャワー室が完備されている。
「な……これは、神様の導きなのか? これなら完璧に証拠隠滅できるし、汗も流せる……」
「ニャー!」
「ん? お前も一緒に入るか?」
「ニャ、ニャー」
瑛士は子猫を抱きかかえるとシャワー室の中へ消えていった。
「あーさっぱりした!」
「ニャー!」
さっぱりした顔でシャワー室から出てきた瑛士と子猫の表情は、先ほどとは打って変わり晴れやかな物だった。
「シャワー室まであるなんて助かるけど……こんな設備いつできたんだろ?」
首をかしげながらシャワー室のあるトイレを後にする瑛士。通路に出たところで、足元にいた子猫を抱き上げると口を開く。
「そうだな、お前の名前を決めないといけないな……水も怖がらないし、何か縁もあるから翠なんてどうだ?」
「ニャー!」
「そうか、気に入ってくれたか! これからよろしくな!」
「ニャー!」
地面に下ろすと嬉しそうに瑛士の周りをぐるぐる走り回る翠。その姿を見ながら音羽たちが待つ四階層へ歩みを進める。
このとき彼はまだ知らなかった……このシャワールームに仕掛けられた罠があり、後にとんでもない事件へ巻き込まれてしまうことを……
最後に――【神崎からのお願い】
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