閑話⑧-2 狂気の宴
「……そう、三階層で異常事態発生の知らせを受けたのね」
「はい……それで、被害はどんな感じなの?」
薄暗い部屋の中、モニターの光に照らされる男女。女性は机に肘を置き、組んだ手の上に顎を乗せたまま気だるげな表情を浮かべていた。男性はこの世が終わるかのような表情で、壁際に立ち尽くしながら冷や汗を流していた。
「ご、ご報告いたします……作業に当たっていた人員は全滅です。他の階層にいた作業員に確認させましたが、落石等の被害が多く、発見は困難とのことです。使用していた道具や通信機器は、回収できる範囲で回収いたしました」
「ふーん、それで襲いかかった人物の特定は?」
「並行して進めております……が、痕跡が全くないため特定までに時間がかかるかと……」
「あらそう、全く使えないわね。どう責任を取るつもりなの、紀元?」
女性が凍えるような声で言い放つと、紀元の背筋を冷たい汗が伝った。
「も、申し訳ございません……飯島博士……早急に責任者と解析を行いまして……」
「だーかーらー、映像にも何も残ってないのにどうやって解析するのかって聞いてるの」
「そ、それは……」
苦し紛れに返答するが、飯島の的確な突っ込みに言葉を失う。すると、彼女が驚きの提案を口にした。
「瑛士くんやいわくつきあたりが一枚かんでいるのは予想がつくのよ。もう一人厄介なヤツもね……紀元、私も迷宮に出撃するわ」
「は? は、博士が直々にですか?」
予想外の提案に紀元は目を見開く。飯島は彼を見ず、淡々と話を続けた。
「あなたたちに任せてばかりでは埒が明かないと思ってね。私が直々に出向いて、罠や転移装置の調整を行ってあげると言っているの」
「い、いえしかし……迷宮内はまだ未知数な部分も多く、護衛なしで動き回るのは……」
「は? 何を言っているの? 護衛なら適任の人材がいるでしょう?」
椅子を回し、紀元に向き直った飯島の口元に怪しい笑みが浮かんでいた。
「迷宮内に閉じ込めておいたあの二人がいるでしょ? どうせ外の世界には永遠に出られないんだし……教育ももう終わっているんでしょうね?」
「は、はい……」
「ふふふ……私のために最期の仕事ができるんだから光栄なことよね。そうそう、彼らだけじゃ不安だから、あの子たちも利用するわ」
飯島が入口へ視線を送ると、青白い顔をした中学生くらいの少年少女が数名、無言で入室してきた。彼らは生気のない虚ろな目をしたままフラフラと紀元の隣を通り過ぎ、彼女の前に来ると全員が一糸乱れぬ動きで片膝をつき、頭を垂れる。
(な、なんだこの少年たちは……明らかに普通じゃない……)
驚きに固まる紀元を見て、飯島が含み笑いを漏らす。
「ふふふ……彼らは私の英才教育を受けた子たちよ。もともと孤児だったり、無戸籍だったりと、まともな人生を歩めなかった子ばかり。私が引き取り、より高度な教育を施したの」
彼女が言い終えると、少年たちが一斉に声を上げる。
「飯島様、私たちのような者に感謝いたします」
「いいのよ。これからしっかり働いて恩を返してもらうから」
(く、狂ってやがる……教育じゃない、これは完全に洗脳だ……)
紀元の表情がさらに引きつり、全身が小刻みに震えだす。その様子を見た飯島が、満足げに告げる。
「ふふふ、せいぜい迷宮攻略を楽しみなさい。私の用意した秘密兵器に太刀打ちできるかしら?」
「ひ、秘密兵器ですか……」
「そうよ、楽しみにしておきなさい。きっとあなたも気に入るはずだから、紀元」
(俺は……もう引き返せないのか……)
いつの間にか汗は止まり、紀元の胸に重く冷たい絶望が広がっていった。飯島の笑い声がモニタールームに響き渡り、空気が凍りつく。
狂気の宴の幕が、静かに上がり始めていた……




