第2話 瑛士、人生最大の危機?
「や、やっと解放された……」
「まったく大げさね。ちょっと体幹が鍛えられたんじゃない?」
「ちょっとじゃねーよ! ルナたちが昼寝し始めて動けなかったんだからな!」
瑛士が怒るのも無理はなかった。事の発端は一時間ほど前、ルリたちが瑛士を椅子代わりにした時までさかのぼる。
音羽たちが瑛士の上に座っておやつを食べ始めると、ルナたちも勢いよく飛び乗ってきた。それだけでも瑛士の負担は一気に跳ね上がったが、悲劇はさらに続く。じゃれていた子猫がルリの膝で気持ちよさそうに眠り始めてしまったのだ。
「気持ちよさそうに寝ているの……じゃ……」
優しく背中を撫でていたルリまで眠ってしまい、つられて音羽とルナも夢の中へ旅立ってしまう。
「お前ら! 頼むから起きてくれ!」
瑛士の叫びもむなしく、二人と二匹は静かに寝息を立てたまま動く気配はなかった。三十分ほど経った頃、彼の体力と筋力は限界を迎え、ついに力尽きて地面へ倒れ込んだ。
「いってぇ……さすがに起き……てないだと?」
熟睡モードに入った二人と二匹は全く起きることなくそのまま眠り続けた。一時間近くたったところでようやく目を覚まし、今に至る。
「しかし驚いたのじゃ。目を覚ましたらご主人も一緒に寝ているとは……」
「寝てないからな! 動くに動けなかったんだよ……」
「まあまあ、おやつを分けてあげるからそんなに怒らないの。はい、これ」
「ああ、ありが……って食べかけのポテチじゃねーか! しかもほとんど入ってないぞ!」
音羽が渡してきたのは、先ほどルリと一緒に食べていたポテチの残りだった。しかも、袋の中にはほんの数枚しか残っていなかった。
「え? いつの間に消えてしまったのかしら……まさか、イリュージョン?」
「お前らが普通に食べただけだろうが!」
「え? そんな……記憶のないうちに胃の中へ? そんなマジックを使える存在がこの近くに……」
「いるわけないだろうが! いい加減認めろよ!」
瑛士が声を張り上げる中、音羽はわざとらしく口元に手を当てて驚いた表情を浮かべる。そんな二人のやり取りに気づいたルリが、チョコレート菓子の袋を片手に現れた。
「まったく……ご主人もおやつごときで大騒ぎとは、まだまだお子ちゃまじゃのう」
「お前だけには言われたくねーよ……」
「なんか棘のある言葉が聞こえたような気がするのじゃが……ほれ。これでも食べてここで休んでおれ」
「お? サンキュー。休んでいろってお前はどうするんだよ?」
新たなお菓子を受け取った瑛士が不思議そうに尋ねる。
「ご主人がゆっくりしておる間に四階層を攻略してくるのじゃ!」
「お前な……冗談は休み休みに言えよ。一人で四階層を攻略なんて無謀すぎるだろうが」
「誰が一人で行くといったのじゃ? ルナと音羽お姉ちゃんも一緒じゃぞ」
ルリが胸を張ると、音羽が瑛士の肩にそっと手を置き、柔らかな声で続ける。
「そういう事なのよ。本当は二階層でルリちゃんの修練を積みたかったんだけどね。四階層なら大けがすることはないし、エリアボス戦の前に瑛士くんも体力温存しておいた方がいいでしょ?」
「まあ、そうだな……」
「そうそう……絶対助けに入って無茶するんだから」
「うっ……全てお見通しなのかよ……」
図星を刺され、気まずそうに顔をそらす瑛士。そんな彼に、音羽はさらに畳みかける。
「何年の付き合いだと思ってるのよ……それに、少しくらい強引に体力を奪っておかないと私が言っても休憩しないんだから」
「ん? じゃあさっきの行動は全て……」
「当たり前でしょ? まあ……ちょっと疲れていたのは本当だけどね。それに……瑛士くんを従えてる感、最高じゃない?」
「動きっぱなしだったし……疲れもたまるもんな。まあ、俺が椅子になったのも役に……って、従えてるってどういう意味だよ!」
納得しかけていた瑛士だったが、最後の一言で思わず声を荒げる。
「え? そんなの決まってるじゃない。ちゃんと主従関係を明確にしておかないと……将来のためにもね」
「将来のためってなんだよ! そもそも何で主従関係が必要なんだ!」
「え? 当たり前じゃない。変な虫が付かないようにするためには、ちゃんと躾が必要でしょ? はい、お手!」
「だーかーらー! 俺はペットじゃねーって言ってるだろうが!」
顔を真っ赤にして詰め寄る瑛士。対して音羽は肩をすくめ、両手を広げて余裕の表情を見せる。そんな二人を見たルリがため息をつきながら口を開く。
「まったくなのじゃ……そんなどうでも良いことで腹を立てんでも良かろうに……」
「あのな……どうでもよくないから……」
「それだけ元気ならエリアボス戦も大丈夫そうじゃの。じゃあ、わらわたちは四階層の攻略に行ってくるから後は頼んだのじゃ」
「お、おい! 後は頼んだって……ん?」
瑛士が一歩踏み出そうとした時、足元に柔らかな感触が触れる。視線を下げると、いつの間にか目を覚ました子猫が足首の辺りにすり寄っていた。
「お前……いつの間にいたんだよ」
瑛士が両手でそっと持ち上げると、子猫は目を細めて満足そうに見上げてくる。その様子に思わず表情が緩む瑛士。
「あ、そうそう。この子の名前をまだ決めてなかったのじゃ。おやつを食べながらゆっくり考えてほしいのじゃ」
「瑛士くん、センスある名前を期待しているわ。じゃあ、ルリちゃん行きましょうか?」
「はいなのじゃ。ご主人がおやつを食べ終わる前に終わらせるのじゃ」
「名前か……じっくり考えてみるよ。二人とも何があるかわからないから気を付けてな」
子猫を抱えた瑛士に笑顔で手を振りながら、音羽とルリは四階層の入り口へ向かっていく。
「名前か~どんな感じにしようかな」
瑛士が地面に座り、胡座をかくと子猫が跳ねるように膝の上に着地した。そのまま丸くなり、目を細めて喉を震わせる。
「完全に指定席だな……」
優しい目で子猫を見つめていた瑛士だが、避けられない生理現象が襲ってくる。
「う……ちょっとトイレに……い、行けねえぞ!」
膝の上で心地よさそうにしている子猫をどかそうと手を伸ばすと、子猫は勘違いして頬をすり寄せ、さらに丸くなる。
「えーっと、ちょっとでいいから退いてくれませんか? 人としての尊厳がかかってるんです!」
瑛士の懇願もむなしく、子猫は穏やかな呼吸を続けて夢の中へ旅立ってしまった。
彼はこの新たな試練に勝てるのか?
ルリたちとは違う、負けられない戦いが始まった。
最後に――【神崎からのお願い】
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