第5話 ルリの悩みと異変
「一体どういうことだ? じゃあ、俺が見た景色はいったい……」
告げられた言葉の意味が理解できず、その場に立ち尽くす瑛士。その様子を見て小さく息を吐くと、彼女は話を続けた。
「よく聞いて。ハッキリとはわからないけど……空間が歪み始めているのかもしれないわ。例の二人の件といい、野良配信者の魔法といい……裏で大きなことが動き始めているのは間違いないと思うの」
「たしかに……あまりにもタイミングが良すぎるな……」
「でしょ? 私たちが暮らす世界なら空間が歪むなんてありえない。だけど、ここは一切の常識が通用しない迷宮……何が起こっても不思議じゃないの」
「ああ、そうだったな……」
淡々と告げられる音羽の言葉に思わず息を飲む瑛士。
「あくまでも仮説だけどね……ねえ、瑛士くん。さっきルナちゃんと合流したという場所まで私たちも連れて行ってくれない?」
「それは構わないが……」
音羽の提案に対し、渋い顔で答える瑛士。
「なに? 都合悪いことでもあるの? まさか……私という者がいながら、別の女がいるのね!」
「はあ? なんで迷宮の中に俺たち以外の人がいるんだよ!」
「怪しいわ……この前だって、遥香とか言う年増女と一緒にいたじゃない!」
「あの時はルリも一緒だっただろうが! それに賢治さんもいたのを覚えてないのか!」
瑛士が必死に否定する様子を見て、舌打ちをする音羽。
「チッ……しっかり覚えていたか……」
「おい……ちゃんと聞こえてるぞ」
「えー? 何のことか私わからないわー」
「白々しいんだよ! 道があまりよくないからと心配して損した……」
大きくため息を吐いて項垂れていると、背後に近づいてくる気配に気が付く。
「ご主人、何があったか知らんが……生きていればいいことはあるのじゃぞ?」
ゆっくり振り返ると、満面の笑みでサムズアップするルリが立っていた。
「お前くらい悩みも無く生きていたいわ……」
「む? なんという失礼な言葉じゃ。わらわだって悩みくらいあるぞ?」
「ほう? どうせたいしたことない悩みだろ?」
「バカにするのではない! 日々考えすぎて頭がオーバーヒートを起こしかけておるのじゃ。まあ、わらわの高貴な悩みなど、ご主人には到底わかるまい」
腕を組みながら胸を張るルリに対し、呆れた様子で話しかける瑛士。
「はいはい、そうでございますか。どんな高貴なお悩みかお聞かせ願えますかねー?」
「仕方ないのう! わらわの悩みは……ズバリおやつのモーゲンダッツを何味にするかを毎日悩んでおるのじゃ!」
「どうせそんなことだろうと思ったわ! どーでもいいわ、そんなこと!」
「何がどうでもいいのじゃ! 重大な悩みじゃぞ! どれを選択するかによって一日の幸福度も変わり、味の変化も考えねばならぬのだぞ?」
「どれ食べようと一緒だろうが!」
「な、なんという事じゃ……これだから味の分からぬ愚か者は困るのじゃ」
ルリはゆっくりと両腕を持ち上げ、掌を相手に見せるように外へ向けながらため息を吐く。その様子を見た瑛士は額に手を当てながら、わざとらしく大きく息を吐いた。
「はあ……お前が全く悩んでいないことが確認できただけでもよかったわ」
「何を言っておるのじゃ! この悩みのせいでわらわは夜しか眠れないのじゃ!」
「毎日昼近くまでぐっすり寝ている奴に言われたくないわ!」
瑛士とルリが言い争いを始めようとした時、手を叩きながら二人の間に音羽が割って入る。
「はいはい、もうそのくらいにしておいたら? ルリちゃん、大変な悩みを抱えていたのね……大丈夫、私はすごくよくわかるから! 今度は一人で悩まずに相談するのよ」
「ありがとうなのじゃ! 音羽お姉ちゃんならわかってくれると思ったのじゃ!」
「そうね、男の子にはわからない繊細な悩みはたくさんあるからね……」
「なんで俺が悪者になってるんだよ!」
音羽とルリが頷きながら共感する隣で、一人取り残された瑛士の叫びが虚しく響く。
「じゃあ、瑛士くん。さっき話していた崖のところまで案内してくれるかしら?」
「……いろいろ納得できないが、案内するぞ」
「男の子なんだから、細かいことを気にしたらダメよ」
「なんかイラっとするな……」
「何か言ったかしら?」
「ナンデモゴザイマセンヨー」
ウインクしながら語りかける音羽に対し、若干苛立ちを覚えながら歩き始める。しばらくすると大きな岩が三人の前に立ちはだかる。瑛士が手をかけて岩を登ろうとした時、ルリが話しかけてきた。
「ご主人。どうしてもこの岩を登っていかねばならんのか?」
「ああ、この岩を登った先に用事があるからな。でも、ルリや音羽たちには少し厳しいか……」
瑛士が後ろを振り返って声をかけようとすると、二人の姿はすでになかった。
「え? どこ行ったんだ?」
「おーい、ご主人。こっちじゃよ」
辺りを見回していると頭上から自身を呼ぶ声が聞こえてきた。慌てて上を見るとルリと音羽が岩の上から手を振っていた。
「は? いつの間に登ったんだ?」
「あれ? 瑛士くんもしかして気が付いてなかったの? 左のほうに階段があって安全に登れるよ」
「階段? そんなものがあるわけ……」
音羽が指をさしている方向に半信半疑で歩いていくと、岩を削り出したような階段が続いていた。
「な、なんで階段が……必死に登っていった俺の苦労が……」
階段の前で崩れ落ちる瑛士のもとにルリと音羽が駆け寄ってくる。
「ご主人、どうしたんじゃ?」
「瑛士くん、大丈夫? 落ち込むのはわかるけど……ルナちゃんが上で待ってるから早く行こうよ」
「ああ……この辺りは人の手が入っていることを忘れてたわ」
ゆっくり立ち上がると、フラフラと歩き始める瑛士。そんな様子を気に留めることなく、音羽とルリ、そしてルナは軽やかに階段を駆け上がっていった。
「キュー!」
「おい、そんな急ぐと危ないって!」
瑛士の心配をよそに勢いよく飛び跳ねて先頭を行くルナ。三人が後を追うように歩いていくと、彼女は突然立ち止まってしまう。
「キュー?」
「ルナ、どうし……え? これはどういう事なんだ……」
突然立ち止まったルナを不思議に思った瑛士が声をかけ、視線を前方に向けると言葉を失った。
彼の目に飛び込んできた景色には、いったい何が映ったのか……
最後に――【神崎からのお願い】
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