第3話 切り立つ崖とルナの機転
岩間の間から漏れる光に導かれ、吸い寄せられるように瑛士が岩場を進んでいく。平坦なところに出ると、目の前に現れた光景に足が止まった。
「嘘だろ……」
切り立った崖が行く手を阻み、眼下には底の見えない暗黒が広がっている。視線を崖の正面に向けると、走るひび割れから淡い光が漏れていた。足元を覆う闇に支配された景色の中、その輝きはひときわ鮮やかに見える。
「行くしかないよな……でも、どうやって回収するんだ? 反対側に回ろうと思ったら一度引き返すしかないが、そんな悠長なことを言っていられる時間もない……」
様々な考えが瑛士の頭を駆け巡るが、有効な決定打は浮かばない。呆然と崖の前に立ち尽くしていると、背後から鳴き声が響いた。
「キュー?」
「ルナ? お前、なんでこんなところにいるんだ?」
振り返ると、ルリたちと一緒にいたはずのルナが首を傾げながら近寄ってきた。
「なあ、お前ならどうする? 崖の隙間に光っているものがあるみたいなんだが」
「キュー」
瑛士の言葉を聞いたルナは鳴き声を上げ、足元にすり寄ってきた。その様子に瑛士は小さく息を吐き、しゃがんで優しく頭を撫ではじめる。
「お前に言ったところでなんの解決にもならないもんな……心配してここまで来てくれたんだな。ありがとう」
「キュ、キュー」
「ん? どうしたんだ? それ以上先に進むと危ないぞ」
ルナがじっと崖を見つめていることに気づいた瑛士が、抱きかかえようとしたときだった。
「キュ、キュー!」
「おい!」
瑛士が手を伸ばした瞬間、ルナが身体の向きを変えて後ろに駆け出す。数メートルほど下がったところで急展開し、一気に加速して戻ってきた。そしてその勢いのまま正面の崖に向かって飛び出していった。
「ルナ!」
瑛士の叫びも虚しく、ルナの姿は暗闇に飲まれていった。
「な、なんで……俺があんなことを言わなければ……」
膝から崩れ落ち、胸を締めつける後悔に押し潰されそうなったときだった。
膝から崩れ落ちる瑛士の胸を締めつけるのは後悔だけではなかった。呟いた言葉が刃のように自分を刺し、罪悪感が心をずたずたにしていく。
「いや、落ち込んでいる暇はない。なんとかしてルナを助ける方法を考えないと!」
涙が伝う顔を右腕で乱雑に拭うと、暗闇を見つめながらゆっくり立ち上がる。崖のふちまで進むと、何かを決心したように表情を引き締めた。
「ゆっくり降りていけば大丈夫だ……ルナ、今助けに行くからな!」
瑛士が地面に手を置き、大きく息を吐いて崖を降りようとしたその時だった。暗闇の中から聞き覚えのある鳴き声が響く。
「キュ、キュー!」
崖を降りようとしていた手を止めた瑛士の胸元に、何かが勢いよく飛び込んできた。意表を突かれた瑛士はそのまま後ろに倒れ込み、地面に頭を打ち付ける。
「いってぇ……」
「キュー?」
痛む頭を擦りながら目を開けると、心配そうな顔で覗き込んでいるルナがいた。
「え? ルナ? お前、無事だったのか?」
「キュー!」
二度と会えないと覚悟していたルナが怪我もなく元気な様子に、瑛士は抱きしめて涙を流して喜ぶ。だが力が入りすぎたのか、思わぬ反撃を受ける。痛みに耐えかね激怒したルナが、瑛士の腕に思いっきり噛みついたのだ。
「痛っ! なんで噛みつくんだよ!」
「ギュー!!」
振り払われた勢いで宙を舞ったルナは、華麗に地面へ着地すると全身の毛を逆立てて威嚇する。
「感動の再会だっていうのに……なんでお前はわからないんだよ!」
「ギュー! ギュギュギュ!」
「あ? いきなり絞め殺そうとするなんて何考えてるんだって?」
「ギュー! ギュギュギュ!」
「体の大きさを考えろだって? あ……まあ、それは済まなかったな……」
「ギューギュギュ! キュ……キューキュ?」
バツの悪そうに謝る瑛士を見て、ルナは何かを思いついたように目を細め、黒い笑みを浮かべて鳴き声を上げた。
「なにか企んでる顔だな……」
「キュー、キューキュ」
「は? お目当てのものが欲しかったら付いて来いだと?」
「キュー!」
胸を張るように顔を上げて瑛士を見据えたルナは、すぐに崖に向かって駆け出した。
「お、おい! 危ないって!」
慌てて後を追う瑛士を振り返ることなく、ルナはそのまま暗闇の谷間へ飛び込んでいった。
「せっかく助かったのに……何を考えて……」
半ば絶望しながら崖下を覗き込んだ瑛士は、驚きの光景を目にする。穴に落ちたはずのルナが、何事もなかったかのように空中に浮いているのだ。
「は? 俺は夢でも見てるのか? いや、こんな都合のいい幻覚があるわけがない」
「キュ、キュー!」
不思議そうに覗き込む瑛士に対し、ルナが早く来いと言わんばかりに首を振る。
「いや……それは無理だろ……」
「キュー! キュキュ!」
躊躇する瑛士に、ルナは必死に鳴き続ける。
「仕方ない……一か八か、ルナを信じるぞ!」
恐る恐る崖を降り始めると、すぐに足が底に着いた。瑛士が足元を確かめると、真っ黒に見えていた穴は透明な水晶のようなものが広がっていた。試しに拳で叩いてみても、割れるどころかびくともしない。
「な、なんだよこれは……」
目の錯覚だとわかると、一気に全身の力が抜け、その場にへたり込む瑛士。そこへ先に降りていたルナが駆け寄り、ズボンの裾を引っ張りはじめた。
「ああ、わかったよ……光るところまで案内してくれるんだな」
立ち上がると、無言で駆け出していくルナ。足元を確かめながら進んでいき、ひび割れの前に着くと瑛士はゆっくり手を突っ込んだ。
「やっぱり例の紙切れ……だけじゃない?」
指先に触れたざらついた紙の感触とともに現れたのは、一通の封筒だった。
「……やけに真新しい? 」
紙切れと見比べているとまるで待っていたかのように光がひときわ強く揺らめき出す。
胸の奥でざわめく期待と嫌な予感が、瑛士の脳内で警笛を鳴らしはじめる……
いったい誰が何のために隠したのだろうか……
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