第8話 基盤の正体と動き出す影
ルリが渡されたものを眺めていると、後ろから声をかけられる。
「ん? 何を眺めているんだ?」
「ルナちゃんが何か拾ってきたのかしら?」
いつの間にか立ち上がった瑛士と音羽が後ろから覗き込んでいた。
「おお、二人ともいつの間に仲直りしたんじゃ?」
「いや、ケンカなんてそもそもしてない……」
「ルリちゃん、ケンカするほど仲がいいってことわざがあるのよ。だから、瑛士くんは私に怒っているように見えて、実は喜んでいたってことなの」
「はあ? なんでそうなるんだよ! だいたい人の上に乗ったまま、日本刀を振り回そうとしていたヤツが何を言ってるんだ!」
「え? いつモンスターが襲ってくるかわからないし、瑛士くんとの大切な時間を邪魔されたくなかっただけよ」
「何が大切な時間だ! 無理やりでも止めなかったら、俺の命が危なかったわ」
「そんな……やっと逃げられない状態だったから……ちゃんとマーキングしようとしただけなのに」
「俺はペットじゃねーよ!」
顔を赤らめてしなやかに体をくねらせながら話す音羽の隣で、額に手を当てて項垂れる瑛士。二人の様子を見ていたルリは冷めた視線を送りながら話し掛ける。
「わらわは帰っていいかのう? なんか心配して駆け付けたのに損した気分なのじゃ」
「キュー」
ルリたちから乾いた笑みと共に、冷めた目を細めて見つめられ、その場に正座する二人。
「いや別にいいんじゃよ。お二人が仲が良いことはわかっておったからのう。ただ、わらわだけ仲間外れにされている気分になるなんて、これっぽっちも思っておらんのじゃ」
「「ほ、本当に申し訳ありませんでした!」」
「別に謝る必要なんかないんじゃがな。大爆発が起こって吹き飛ばされたご主人が、元気だからいいんじゃよ」
「ル、ルリ……探索が終わったらスカイシールアイスをおごらせてくれないかな?」
「ほう、良い心がけじゃのう。じゃが……まさかアイス一個ごときでわらわを釣ろうとか考えておらんじゃろうな?」
半目で瑛士たちを見つめ、口を尖らせながらじとっとした視線を寄越すルリ。
「ルリちゃん、私にも責任があるから……そうだ! 期間限定の新フレーバー全種で手を打たない?」
「なぬ! 新フレーバー全種じゃと? それは……わらわ一人で食べていいのか?」
「もちろんよ! 気の済むまで食べていいわ!」
「しょうがないのじゃ! その心がけに免じて許すのじゃ」
提案を聞いたルリが、目を輝かせながら音羽に駆け寄ると両手で握手を求めていた。
「新フレーバー食べ放題って……そんな約束して大丈夫なのかよ」
「え? だって瑛士くんが言い出したんでしょ? 男なら発言に責任持ちなさい」
「俺はアイスを食べに行くとは言ったけど、全種なんて……」
「ご主人? グダグダうるさいのじゃ。細かい男は嫌われるぞ?」
「そうよ? まあ……瑛士くんにたかる虫は全部叩きのめすだけだから問題ないわよ……ね?」
「どうしてこんな目に……」
二人から謎の圧力をかけられ、瑛士は項垂れるしかなかった。笑いの余韻が残る空気を破ったのは、小さな足音だった。
「キュー」
ルナが何かをくわえたまま、とことこと瑛士の足元に近づいてきた。
「ん? ルナ、お前は何をくわえているんだ?」
いつもの可愛らしい仕草とは裏腹に足元に置かれた物体は不穏な空気を漂わせていた。よく見ると損傷が激しく、モンスターの血で汚れた基盤のように見える。
「なんだ? これは……」
不審に思った瑛士が手に取ると冷たくざらついた感触が掌に伝わる。するといつの間にかルリが覗き込んでおり、引き締まった表情で話しかける。
「おお、さっきルナがくわえて持ってきたものじゃな」
「ああ、何かの基盤っぽいんだけど……いまいちよくわからなくてな」
「へえ……瑛士くん、ちょっと見せてくれない?」
「ああ、俺が見るよりも何かわかるかもしれないしな」
瑛士が手渡すと仮面をずらして、まじまじと基盤を見つめる音羽。透かしてみたり、飛び出ている配線を触ったりしながら真剣な眼差しで見つめている。血で汚れた部分を拭き取った時、目を見開きながら吐き捨てるように言葉を放った。
「……やっぱり。昔、飯島女史の論文をこっそり読んだのよ。その中に似たような構造があった……でもまさか、実際に造られていたなんて」
苦虫を嚙み潰したような表情をしている彼女に対し、瑛士は恐る恐る話しかける。
「まさか基盤の正体って……」
「ええ。この基盤は生き物を意図的に狂暴化させ、本来持ち得ない力を与えるの……それも自己破壊機能も搭載した悪魔の装置よ」
音羽から告げられた話に言葉を失い、呆然と立ち尽くす二人。その様子を気にすることもなく淡々と話を続ける。
「変異種だと思っていたホーンラビットだったけど、基盤を埋め込まれたことによって狂暴化したようね。でも、モンスターを捕まえて改造するなんて所業は素人じゃできない……」
「……やはり飯島女史が絡んでいると考えるのが妥当か」
黙って聞いていた瑛士が口を開くと、無言で頷く音羽。
「とことん腐った野郎だ……」
「ええ、まだのうのうと生きて研究を続けていたみたい。瑛士くん、ルリちゃん、ここで聞いておきたいことがあるんだけどいいかしら?」
音羽が二人に向き直ると、真剣な表情で問いかける。
「あのサイコパスが動き始めたという事は、この先も同様の事態が起こる可能性が高いわ。選択肢は二つ……一つは今すぐ迷宮攻略をやめて引き返し、ひっそりと生きる。もう一つはこのまま迷宮攻略を進め、飯島女史の悪事を白日の下にさらけ出す。さあ、どっちを選ぶ?」
「そんなの決まってるだろ? 迷宮攻略をしながらヤツを表舞台に引きずり出す! そして因縁に終止符を打つ選択肢以外ない!」
「それでこそわらわのご主人じゃ! 誰にケンカを売ったか思い知らせてやるのじゃ!」
迷いのない視線を向ける二人を見て、小さく息を吐くとわずかに口元を吊り上げる音羽。
「それでこそ私が見込んだ二人ね。ここから先はどこに罠が仕込まれているかわからないし、向こうの息がかかった工作員が潜んでいる可能性も高い……気を引き締めていくわよ!」
「望むところだ!」
「任せるのじゃ!」
お互いの意志を確認すると、三階層へ続く階段を上り始めた。三人の姿が見えなくなった時、草むらの中で蠢く影があった。
「……こちら二階層。実験は予定通り完了。収集した魔法データの転送を開始いたします」
『――……』
「はい、承知しました。爆散した実験体は残骸まで回収いたします。……六階層の“仕掛け”も間もなく仕上がります。転生装置は予定より早めに稼働させます」
草むらから数体の影が立ち上がった。関節の軋む音を鳴らしながら、ぎこちなく立ち上がる動きは人間というより、操り人形が糸を引かれているかのように見える。
生気を失った無機質な瞳が一瞬だけ階段を見たが、すぐに作業に向かう。彼らは無言のまま、血に濡れた残骸を手際よく回収していった。
まるで“後片付け”に慣れきった掃除屋のように、痕跡を残さぬことだけに徹して……
迷宮攻略を進め始めた瑛士たちが知る由もなかった、既に掌の上で踊らされていることなど……
最後に――【神崎からのお願い】
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