第4話 音羽の実力と現れた異変
「さあ、二階層に着いたのじゃ! わらわの修行の成果を見せる時が来たのじゃ」
テンションの上がったルリが槍を振り回していると、瑛士から頭にゲンコツを落とされる。
「いたっ! ご主人何をするのじゃ!」
「前にも言っただろうが! 人がいる近くで槍を振り回すなって!」
「大丈夫じゃ! ちゃんとギリギリ当たらない距離を考えて振っているから問題ないのじゃ」
「そういう問題じゃねーよ!」
瑛士とルリが言い争っていると、入口から草原のほうを睨んでいた音羽が声を上げる。
「二人が大声を出すからホーンラビットがたくさん集まってきたわよ」
「マジか……お前の見立てだとどのくらいいそうだ?」
「そうね……ざっと二十羽前後かしら?」
仮面で表情は読み取れなかったが、言葉に漂う緊張感からただ事ではない様子が伝わってくる。
「お前がそれだけ険しい顔をしているということは、集まっているのはホーンラビットだけじゃなさそうだな?」
「ご名答。うまく気配を消されているけど、一羽だけあからさまに格が違うのが紛れているみたい」
「なるほどな。そいつを回避して三階層に向かうことは可能か?」
「ちょっと難しいわね……ご丁寧に出口手前に陣取っているの」
音羽の言葉を聞いたルリが心配そうに二人へ話しかける。
「わらわはどうしたらよいのじゃろうか……」
今にも泣き出しそうな顔で戸惑うルリに、瑛士が優しく声をかける。
「心配するな。幸い変異種が動き出す様子はないし、集まっているのはホーンラビットだけだ。まず手前の奴らを全部片付けるぞ」
「そうね、さっさと雑魚は排除して、ボスと対峙したほうがいいわ。瑛士くんが出るとややこしくなるから、私とルリちゃんで片づける」
ルリに向き直ると、音羽は目線を合わせるように膝をついた。
「作戦を伝えるわね。まず私が先陣を切って飛び出すわ。できる限り排除するつもりだけど、さすがに全部は難しいの……」
「逃げ出した残党をわらわが仕留めればよいのじゃな?」
「そうね。今のルリちゃんなら心配はいらないわ」
「任せるのじゃ! 今こそ修行の成果を見せつける時なのじゃ!」
泣き出しそうだった表情が嘘のように、ルリの目に炎が宿り始める。槍を握る手に力がこもり、その場で素振りをし始めた。そんな彼女の様子を見て、瑛士が音羽に話しかける。
「うまいことやる気を引き出したな。正直いって二十羽程度ならお前ひとりで瞬殺だろうに」
「いいのよ。モンスターを相手にするのは久しぶりだからね。奥に控えるヤツはちょっと別格で、私ひとりじゃ厳しいのよ……」
「そうか……じゃあ久しぶりに俺も本気を出したほうがよさそうだな」
音羽の言葉を聞いた瑛士が草原の奥に視線を送る。
「さて……ルリちゃんも気合がみなぎってきたようだし、そろそろ行くわ。くれぐれも瑛士くんはここから動かないで!」
「いや、危なくなったら助けに……」
「動かないでね? ホーンラビットたちがパニックを起こすほうがよっぽど大変だから。それに私が討ち漏らすとでも思ってるの?」
失言に気づいた瑛士が視線を戻すと、全身に怒りのオーラを纏った音羽が目の前に迫っていた。無表情の狐のお面が不気味さを際立たせ、圧に負けた瑛士は声を絞り出すのが精一杯だった。
「そ、そんなことがあるわけないよな……」
「わかっているならよろしい」
後ずさりしながら答えた返答に満足したのか、音羽は何事もなかったかのようにルリへ近寄っていく。
(あっぶね……一歩間違えたら俺が討伐されていたぞ……)
大きく息を吐いて胸をなで下ろす瑛士。その時、二人から声がかかる。
「じゃあ、サクッと終わらせて来るわ」
「ご主人、待っておるのじゃぞ。まあ……出番はないじゃろうがな」
軽口をたたく二人を見て、瑛士は呆れ気味に送り出す。
「ハイハイ、くれぐれもケガをしないようにな」
瑛士の言葉を聞くと、音羽は先陣を切って草原へ駆け出した。すると身を潜めていたホーンラビットが一斉に襲い掛かる。
「ずいぶん舐められたものね……準備運動にもならないわ」
小さく呟いて腰を低くし、日本刀に手をかけた時、すでにモンスターたちの命は尽きていた。音羽の目前で首と胴体が二つに分かれ、次々と地面に落下していく。
「音羽お姉ちゃん……すごすぎるのじゃ……」
あまりの早業に呆気に取られたルリが立ち尽くしていると、音羽から檄が飛んでくる。
「ルリちゃん、ボサッとしていない! 左から二羽が来てるわよ!」
「え、あ、わ、わかったのじゃ」
慌ててルリが構えを取ると草むらから敵意むき出しのモンスターが襲いかかる。
「やっぱり攻撃が単調じゃな。見切ったわ!」
十分に引き付けて身を翻すと、勢い余ったモンスターが頭から地面に激突する。自慢の角が地面に突き刺さり、手足をばたつかせている隙に槍で突き、次々ととどめを刺す。
「ははは! わらわに立てついたことを後悔するのじゃな!」
ルリの高笑いがフロアに響き渡り、音羽も笑みを浮かべた時だった。
「はっ! ルリちゃん、右からもう一羽すごいスピードで来る!」
「え? なんじゃ?」
ルリが振り返ると草むらの中から、目を赤く光らせた茶色のホーンラビットが飛び出してきた。尋常ではないスピードにルリが思わず目を閉じた時だった。人影が目の前に現れ、金属同士がぶつかり合う音が響くと、モンスターは数メートル後方へ吹き飛ばされた。
「間に合ってよかったな……」
聞き覚えのある声にルリが恐る恐る目を開けると、短剣を構えた瑛士が目の前に立っていた。
「ご、ご主人! 何でここに?」
「ああ、コイツが教えてくれたんだよ」
瑛士が足元を見ると、草むらの中から小さな影がルリの胸に飛び込んできた。
「キュー!」
「ル、ルナ? お前いつの間に本から抜け出したのじゃ?」
目を丸くして驚くルリ。その時、先陣を切っていた音羽も戻ってきた。
「ルリちゃん、驚くのはわかるけど……今は変異種を倒さないと」
「ああ、詳しいことは後で説明する。さっさと倒して先に進むぞ!」
二人が見据える先にいたのは、普通のホーンラビットの数倍はあろうかという巨体。紅く光る目に、体を一刺しで貫きそうな角。獲物を睨み据え、三人を威圧する。
今までとは格が違うモンスターに、三人はどう立ち向かうのか?
新たな戦いの幕が切って落とされた。




