第3話 狭まる包囲網
「なんで毎回俺だけが怒られるんだよ……」
警備室から解放された瑛士が外のベンチにへたり込むと、笑顔を浮かべたルリと音羽が近づいてきた。
「まったく、ご主人は勉強しないのう」
「ほんとよね。迷宮で可愛い女の子に対して、あんな大声で怒鳴ったら怒られて当然だわ」
「お前に言われたくないわ! なんで狐のお面つけた怪しいやつがスルーされて、俺が連行される意味が分からんわ!」
必死に訴える瑛士に対し、涼しい顔で音羽がネタばらしをする。
「あー瑛士くん、私の配信を見たことないでしょ? このお面は私のトレードマークみたいなものよ」
「は?」
「なんじゃ、ご主人は音羽お姉ちゃんのアバターを見たことがなかったのか? ほれ、スマホを貸してみよ」
瑛士が黙ってルリにスマホを渡すと、ルリは慣れた手つきで操作する。
そして向けられた画面を見て、瑛士は言葉を失う。
「……この服装にお面……」
スマホの画面と音羽を交互に見比べ、目を見開く瑛士。するとルリが大きなため息をつきながら話しかける。
「はぁ、ご主人。いくら配信に興味がないとはいえ、一緒に迷宮攻略配信をする仲間の配信を見ないのは失礼じゃぞ」
「それは悪かった……ちょっと待て、なんで俺も配信することになってるんだ?」
音羽に謝罪した瑛士が、不思議そうにルリへ聞き直す。
「そりゃもう素顔も割れておるのじゃから当然じゃろ? わらわの配信にあれだけ登場しておいて、今さら『配信者じゃありません』は通用せんのじゃ」
「それもそうね。私の方のチャンネルでも告知しちゃったからね。『大切な人(婚約者)と協力して迷宮に挑んじゃうんだ! 彼に挑みたい人は連絡してね』って」
「なんで敵を増やすようなことしてんだよ! そもそもお前と婚約した覚えはないって言ってるだろ!」
「もう照れなくてもいいのよ? まあ……ちょっと世界中から問い合わせが来てるのはあるけど、大した問題じゃないわ」
「大した問題だろ! なんで世界中から狙われてんだよ……」
音羽の話を聞いた瑛士が肩を落とす。すると腕を組んだルリが目の前に現れる。
「話は聞かせてもらったのじゃ。わらわに名案があるのじゃ!」
「お前がドヤ顔で何か思いつくときって、嫌な予感しかしないんだが……」
わずかに顔を上げた瑛士の視界に映ったのは、自信ありげに胸を張るルリの姿だった。
「どんな奴が来るかはわからんが、全員蹴散らしてしまえば問題ないじゃろ!」
「まさかの力技かよ! だいたい全員倒せってどんなバトルロワイアルだ!」
「なんじゃ? かの有名な某塾の塾長殿もおっしゃっておったじゃろ? 『男なら死ねい!』と」
「あれはマンガの世界だからな!」
「瑛士くん……死んでも大丈夫よ。きっとちょび髭の怪しい人が秘術で生き返らせてくれるから」
「だーかーらーなんで俺がやられる前提なんだよ! ってかその世界に俺は行きたくない! なんでそんなにこだわるんだよ? 何か裏があるだろ?」
「ナニモニナイワヨー。別に怪しい出版社から声がかかったわけじゃないし」
あからさまに目を逸らしながら答える音羽。
「絶対何かあっただろ! 怪しい出版社に心当たりがありすぎる……そもそも実在してないだろ!」
「リスナーさんから“人心掌握術”について是非ともって言われたのに! あなたの想い人を意のままに操れる本をくれるって……ちょっと使ってもいいかなって思うじゃん?」
「思わねーよ! あからさまに危なすぎるだろ!」
「瑛士くんを思いのままに操れるのなら……多少の犠牲は仕方ないわ。あ、かけた相手がちょっと呪われるらしいけど」
「俺じゃねーかよ! 普通は術者が呪われるもんだろ? なあ?」
「私を呪うなんていい度胸してるわ! どちらが上か分からせてあげないとね」
「呪いすら凌駕してくるんじゃねーよ! もうヤダ……」
頭を抱えてしゃがみ込み、地面に「の」の字を書いていじける瑛士。
「音羽お姉ちゃん、ちょっとやりすぎなのじゃ」
「ごめんね。おちゃめな冗談のつもりだったのよ」
「そんな怪しい本なんか使わなくても、迷宮の奥底にはもっとすごい本が眠ってるはずじゃ」
「へえ……それは興味あるわね」
二人の会話を聞いた瑛士は心の中で強く決意する。
(何としてもこいつらより先に見つけて処分しないと……碌な使い方をしないに決まってる)
「あ、ご主人。勝手に処分しようとしても無駄じゃぞ? 手順を追って解呪しないと取り憑かれるからのう」
「なんで俺の考えてることがわかるんだよ! なんでそんな危ない本が転がってるんだよ?」
「ああ、何せ封印された禁書が詰め込まれてできた迷宮じゃからな。ほれ、水を出している本があったじゃろ? アレも禁書の一種じゃよ」
「……」
「知っての通り、素質のある者しか見えんから問題ないじゃろうな……今の段階では」
「ん? 今の段階では?」
引っかかりを覚えた瑛士が聞き返すが、ルリの耳には届いていないようだった。
(今の段階ってことは、万が一があるってことか……あれ? 音羽の姿がない?)
瑛士が顎に右手を当てて考え込んでいると、先ほどまで隣にいた音羽の姿が消えていた。周囲を見渡すと、後ろから声が聞こえてくる。
「さあ、迷宮攻略を始めましょうか!」
「あれ? どこ行ってたんだよ? さっきまで隣にいたのに……」
「瑛士くん、女の子には秘密がたくさんあるの。束縛する男は嫌われちゃうよ♪」
「お前が言うな……」
音羽の言葉を聞き、大きなため息が漏れる瑛士。
「さあ、音羽お姉ちゃんの言うように、わらわたちの伝説が幕を開けるのじゃ! 早く二階層に行ってルナを解放するのじゃ」
「ああ、そうだったな。ルナも広いところで動きたいだろうしな」
「それじゃあ出発なのじゃ!」
意気揚々と二階層に続く入口へ向かって歩き始める瑛士とルリ。
「……やっぱり動き始めてるわね。まず一人……首謀者の名前は聞き出せなかったけど、何か仕掛けてくるのは間違いないわ」
入口とは違う迷宮の壁を見ながら険しい顔で呟く音羽。
しばらく睨んでいると、先に歩き出した二人が呼ぶ声が聞こえてきた。
「音羽お姉ちゃん、何をしているのじゃ?」
「早くしろよ、置いてくぞ」
「ごめんね、すぐ行くわ」
音羽は首を小さく振ると、笑顔で二人の元へ駆け出す。
行方をくらませた一瞬で彼女は何を掴んだのか?
三人に対する包囲網は着実に完成しつつあった……
最後に――【神崎からのお願い】
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