閑話⑤ 逃げ出した実験体
瑛士たちが野良配信者の配信を見ていた頃、モニターが並ぶビルの一室では、悪態をつく女性の姿があった。
「チッ、まったく使えない連中ばかりで……役に立たないわ!」
女性は机に手を叩きつけ、苛立ちを隠さない。すると、入口の扉を叩く音が響いた。
「失礼します、飯島博士。少しお時間を頂いても宜しいでしょうか?」
「何かあったの? 短く済むなら構わないわ、入りなさい」
「承知いたしました」
扉が開き、サングラスに黒いスーツをまとった体格の良い男性が現れる。無駄のない動作で一礼すると、直立したまま報告を始めた。
「貴重なお時間を頂き、ありがとうございます。先ほど迷宮内で監視させていた部下から、三点の報告が届いております。まず一点目です。三階層で機材の残骸を回収しましたが……一部基板が見つかりませんでした」
「は? 徹底的に探せと指示を出しておいたはずよね? 本当に使えない奴ら」
「申し訳ございません……続いて二点目です。すでにご確認いただいたかと思いますが、先ほど“配信者気取り”の者を処分いたしました。実験範囲を逸脱して魔法を使用し、独断で配信を開始したため、仕込んでおいた装置を作動させました」
報告を聞いた飯島は、口元にゆがんだ笑みを浮かべる。
「そう……正しい判断ね。それで、必要なデータは回収できたの?」
「もちろんです。解析部門がすでに精査を進めております。同時に生体エネルギーも回収済み。タブレットは完全消失を確認し、遺体処理も完了しておりますので、ご安心ください」
「ふふ……使い捨ての駒として、最低限の役割を果たしたのなら良しとしましょう」
「裏切り者にはふさわしい最期だったかと」
「ほんと愚かよね。情報を漏らそうなんて考えなければ、もう少し長生きできたのに。まあ……いずれにせよ邪魔だった。せめて最後に私の役に立てたことを喜ぶべきでしょう」
飯島はモニターの闇に沈んだ画面を見つめ、楽しげに笑い声を響かせた。
(この人間に血が通っているのか……? いや、余計なことは考えるな。次は自分かもしれない……)
男性の頬を汗が伝う。彼は硬直したまま、飯島の気が済むのを待ち、慎重に口を開いた。
「最後の報告になります。以前、研究所から逃げ出した実験体を迷宮内で感知したとのことです」
「それは本当? 捕らえたの?」
「いえ、本体はまだ見つかっておりません。三階層で不自然な魔力反応が検出され、調査の結果、実験体が関与している可能性が高いとされています。さらに、読書魔法の行使を示す痕跡も確認されました。そのため、追加調査を命じております」
「読書魔法の痕跡……つまり瑛士くんたちも動き始めたということね」
飯島の口元に、不気味な笑みが深まる。
「他に報告は?」
「いいえ、現時点では以上です」
「わかったわ。実験データはまだ必要よ。候補になりそうな人間を引き続き迷宮に送り込みなさい。少しでも怪しい動きを見せたら、その場で処分するの。……実験サンプルを確保した時点で用済みなんだから。あなたも、妙な考えは一切捨てて業務に当たりなさい」
飯島の視線が鋭く突き刺さり、男性は死刑宣告を受けたかのように顔を青ざめさせ、慌てて返答した。
「は、はい! 失礼いたします!」
彼は逃げるように部屋を後にした。扉が閉まると、再び飯島の笑い声が静寂を切り裂いた。
「はは……面白いわね、瑛士くん。そちらがその気なら、こちらも動き出すとしましょう。もう少し攻略が進んだら――プレゼントを用意してあげるわ。絶望という名の贈り物をね」
飯島は迷宮内の映像が映るモニターを凝視する。
彼女はいったい何を企んでいるのか。そして、瑛士たちはその魔の手に抗うことができるのか――
最後に――【神崎からのお願い】
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