第3話 瑛士とルリの攻防
「なんじゃ? やけに顔色が悪いが、どうしたんじゃ?」
「ルリ……その名前をどこで知った?」
「知りたいか? ならば、わらわと取引しようではないか?」
驚きを隠せず呆然とする瑛士に対し、腕を組んで黒い笑みを浮かべるルリ。
「取引……だと? お前は何をくだらないことを言っているんだ」
「いいのか? お主が知りたい情報が手に入るかもしれんのじゃぞ?」
「……条件はなんだ?」
悔しそうな表情を浮かべる瑛士に、ルリが勝ち誇ったように口を開く。
「素直じゃないのう。仕方がない、モーゲンダッツのバニラ味一週間分で応じてやろう!」
「……は?」
「どうしたんじゃ? ふふふ、ちょっと厳しすぎたかのう?」
腕を組み、胸を張って大きく頷くルリ。
(……主導権を握ったように勝ち誇ってるのか? いや、ちょっと遊んでやるか)
ある物の存在を思い出し、一瞬だけ冷蔵庫に視線を向けた瑛士は、こみ上げる笑いを悟られぬよう額に手を当てて俯いた。その様子を見たルリは、勝利を確信したように畳み掛ける。
「ふふふ、わらわに楯突こうなどとは思わぬことだな! 素直に条件を飲む気になったか?」
「非常に難解な条件だな……あのモーゲンダッツの美味しさを知る者としては」
「そうじゃろそうじゃろ! 最近、新フレーバーのチョコミント味が出たそうじゃが、人気すぎてどこにもないからのう」
「ほう? よく調べているな?」
「当たり前じゃ! わらわは常にアンテナを張り巡らせておるからの」
「なるほど……お前はバニラで良いと言うわけなんだな?」
「なんじゃ? 負け惜しみは見苦しいぞ?」
揺るぎない勝利に浸り、満足げな笑みを浮かべるルリ。まさかこの後、床にひれ伏すことになろうとは思いもせず――。
「あはは! なんで『私の勝ちだ!』って思ってるんだ?」
「どうしたんじゃ? 勝ち目がないからと、おかしくなってしまったのか?」
「詰めが甘いのはお前だ、ルリ! これを見て、大口が叩けるのか?」
瑛士が冷凍庫を勢いよく引き出すと、夢のような光景が姿を現す。
「な……モーゲンダッツのバニラと、新作のチョコミントが!」
「そうだ、チョコミントだぞ? そういえばバニラだけで良かったんだよな?」
「いや、それは……」
「どうした? チョコミントもほしいのか?」
「ひ、卑怯者!」
「何を言ってるのかわからないな。さあ、どうする? 素直に答えるなら、アイスを全部食べてもいいんだぞ?」
「ぐぬぬ……」
形勢逆転され、悔しそうな表情を浮かべるルリ。すると瑛士がスプーンを手に持ち、冷凍庫からアイスを取り出して黒い笑みを浮かべる。
「さあ、早く決断したほうが良いんじゃないか?」
「くっ……わらわに何をしろというのだ?」
「お前が知っていることを教えろ! 『ディバイン・カンパニー』をどこで知った?」
「アイスを人質に取り、わらわを脅すのか! このアイスでなし!」
「さあ早く話したほうがいいんじゃないか? ほらほら、溶けちゃうぞ?」
「わ、わかった! わらわの負けじゃ! だから……早くアイスを……わだじで……」
「ちょっと、泣くなって! ほら、食べていいからさ」
悔しさのあまり、大粒の涙を流すルリに慌ててアイスを渡す瑛士。
「あぁ……ヂョゴミンドはなんでおいじざなんじゃ……」
「……なんか悪かったな……」
食卓の椅子に座り、涙を流しながらアイスを頬張るルリの姿を見て、罪悪感に襲われる瑛士。光悦な表情を浮かべ、天井を見上げるルリに話しかける。
「幸せそうなところ申し訳ないが、質問に答えてもらうぞ」
「まったく……アイスの余韻を楽しむ時間すら与えないとは、せっかちなヤツじゃのう」
「『ディバイン・カンパニー』をなぜ知っている?」
「ああ、そのことか。わらわも研究所にいたからな」
ルリが放った予想外の言葉に、豆鉄砲を食らった鳩のように固まる瑛士。
「そんな驚くようなことか?」
「当たり前だろ! どこにいたんだ?」
「んー、そこが問題なんじゃ。そのあたりの記憶が、すっぽり抜け落ちておるんじゃよ」
「意味がわからねーよ……お前みたいなヤツがいたら、すぐわかるはずだ!」
右手で髪をかきむしり、苛立ったように吐き捨てる瑛士。
「わらわに言われて……そうじゃ! 名案が――」
「だが断る!」
「まだ何も言っておらんぞ?」
「言わなくてもわかるわ! 迷宮に行けって言うんだろ? もう面倒ごとはごめんなんだよ……」
「お主の探し人がいるとしてもか?」
「……それは本当か?」
ルリの言葉に、瑛士の目つきが一転して鋭くなる。
「ふふふ、さあどうする? お主の探し人と、わらわの探し物……一発で見つかるかもしれんぞ? あの迷宮を管理している会社こそ、名を変えた『ディバイン・カンパニー』かもしれんからな?」
「チッ……なんでそんなことがわかるんだよ」
「ヤツらならやりかねん……この言葉の意味、お主ならわかるじゃろ?」
「クソ……俺には行くしか選択肢がないのかよ」
「そういうことじゃ」
満面の笑みで答えるルリに対し、苦虫を噛み潰したような表情で答える瑛士。
「仕方ない、もう二度と関わりたくなかったが……ルリ、夕飯を食べたら迷宮行く準備を進めるぞ!」
「望むところじゃ! ……さて、全国の下僕ども、聞こえておるか? わらわの活躍をしかと見届けよ!」
「ん? 全国の下僕ども? お前は何を言ってるんだ?」
奇妙な言葉に戸惑う瑛士に、ルリが胸を張って答える。
「ああ、忘れておったわ。わらわは先日から『配信者』になったのじゃよ」
「はああああ? 配信者になった? 聞いてねーぞ!」
「なんか面白そうだったから、ゲーム実況とちょっとお悩み相談でも乗ってやろうと始めたんじゃ」
「最近やけに夢中になってゲームをしてると思ったら……」
大きなため息をつきながら項垂れる瑛士。その様子を見たルリは、さらに得意げに話を続ける。
「オンラインゲーム仲間が実況していてな。面白そうだったから、わらわも始めたんじゃ。あと、悩み相談も来たから相手をしてやったんじゃぞ」
「こんな幼い子に相談……」
「なんじゃったかな? 最初のお悩み相談は『幼女を愛でたいのですが、なぜか通報されそうです! どうしたらいいのですか?』じゃったかな?」
「おい! 普通に犯罪だからな!」
「『そんなに愛でたいなら、わらわを讃えよ! お兄ちゃん』と言ったんじゃ。そうしたら、なぜか登録者がうなぎ登りで増えてのう」
「おい! ロリコンが大量発生してるじゃねーか!」
「そうそう、ゲーム仲間の女子にも配信中に相談されたんじゃ。『同じクラスの男子が嫌がらせしてくるの。どうしたらルリちゃんのように強くなれますか?』とな」
「今度はまともな相談だったか」
「同じ悩みを抱える者も多いと聞いたから、別枠で配信を用意してハッキリ言ってやったじゃ! 『クラスの女子で団結し、弱みを握って脅せば良い』と! いくつか例も示して……」
「アホか! なんてこと指南してるんだよ! 大問題だろ!」
「ん? ものすごく感謝されたんじゃぞ。忠犬のように言うことを聞くようになったと……そうしたら、さらに登録者が増えたのう。女子からは『ルリお姉様についていきます』とたたえられてるぞ」
「……この国の将来は大丈夫か?」
頭を抱えてうめく瑛士。そんな様子を気にも留めず、何かを思い出したようにルリが声を上げる。
「あ、そうじゃった。言い忘れておったが、チャンネル名は『ルリと愉快な下僕たち』じゃ。登録者がもうすぐ百万人に届きそうじゃ」
「……百万人だと? いや、それよりもそのチャンネル名はなんなんだ……あれ? そういえばタブレットはどこだ?」
瑛士がテーブルを見ると、スタンドに置かれたタブレットがこちらを向いていた。画面を覗き込むと、自分の顔がドアップで映し出されている。
《チャットコメント》
『こいつがルリ様のおっしゃっていた同居人か』
『野郎の顔なんて見たくないwww』
『ああ、ルリ様のお声が聞こえただけで幸せです』
『さすがルリお姉様、こうやって躾をすればよいのですね!』
画面に流れるコメントを見て唖然とする瑛士。その背後から、ルリが耳元で囁いた。
「ま、そういうことじゃから頼んだぞ! ご主人様」
「……俺の平穏な日常を返せ!!」
キッチンに瑛士の大絶叫が響き渡り、配信コメントが罵詈雑言で溢れかえる。
二人はまだ気がついていなかった――因縁の相手もこの配信を見ているということに……
最後に――【神崎からのお願い】
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