第7話 瑛士が感じた違和感
「ん? ふたりともどうしたんじゃ?」
ルリが首をかしげる。目の前では、いきなり片膝をつき、頭を深々と下げたまま動かない二人。空気が妙に張りつめていた。
「大変失礼いたしました。まさかあのルリ様が目の前にいらっしゃるとは知らず……」
「いったいどうしたというのじゃ? 頭を上げるのじゃ」
突然かしこまった口調になった賢治に、ルリは思わず眉をひそめる。視線が泳ぎ、助けを求めるように隣の瑛士を見る。
「ご主人……どうしたら良いのじゃ?」
「ルリ、心当たりはないのか? この態度は普通じゃないぞ」
「そんなことを言われても全くわからないのじゃ! わらわがやっているのはお悩み相談とゲーム配信くらいしか……と、とにかく顔を上げて説明してくれなのじゃ!」
声が上ずり、ルリは涙目で二人の腕や肩を引っ張る。しかし、まるで岩のようにびくともしない。
「お前も一回落ち着け。俺が話をするから一回後ろに下がってくれないか」
「わ、わかったのじゃ……」
ルリは渋々と彼の背後へ退くが、瞳はまだ不安に揺れていた。瑛士は小さく息を吐き、膝をついて二人と目線を合わせる。
「賢治さん、遥香さん、顔を上げてください。どうしてルリに対してそのような態度を取るのか、教えてもらえませんか?」
瑛士の声に観念したように、二人はゆっくり顔を上げ、順に口を開く。
「すまない、ルリ様を前にして緊張してしまったようだ」
「ごめんなさい……私たちは以前、ルリ様に救ってもらったことがあるの」
「ルリがあなたたちを救った?」
「そうなんだ。以前から人間関係で悩みを抱えていてな、たまたまルリ様の配信を拝見したんだ。そのときに聞いた言葉に救われたんだ」
「そうなのよ。『もっと自由に生きてよいのじゃ。すべての人とわかり合うなど不可能なんじゃから、割り切って付き合えば良い』――その一言が、不思議と心を軽くしてくれたの」
「そうですか……ルリ、その配信のこと覚えてるか?」
「うーん、どうじゃったかのう……そんなことを言ったような……?」
ルリが腕を組んで唇に指をあてながら考え込んだ時、瑛士が耳元にそっと顔を寄せた。
「……ルリ、俺に話を合わせろ」
「ご主人、いったいどうしたんじゃ?」
「この二人の話がどうも引っかかる……だから適当に合わせてくれ。詳しいことは後で話す」
「……わかったのじゃ」
小さく頷いたルリは、再び考えるふりをする。数十秒後、わざとらしく手を叩き、大きめの声で笑った。
「おお、そうじゃった! お悩み相談は好評の配信じゃから思い出すのに時間がかかってしまったわ。ずいぶん前の配信を見てくれていたんじゃな」
「はい、私たちはルリ様のお言葉に救われました。そして今は迷宮攻略者として日々鍛錬を積んでおります」
「私も彼のサポートをするために一緒に行動しております」
神妙な面持ちの二人に、ルリは背後から声を掛ける。
「そうじゃったのか……わらわの配信で何かを掴んでくれたのであればよかったのじゃ。しかし、二人とも無理は禁物じゃぞ! わらわたちが通りかからねば、大怪我をしていたかもしれんのじゃからな」
「し、しかし……我々はまだ目的の階層まで到達できて……」
「そうなんです! 何としても前に進まないと……」
賢治が食い下がろうとした瞬間、瑛士が間に入った。
「お二人のお気持ちはわかります。しかし低階層といえどもモンスターが徘徊する迷宮です。万が一があってからでは遅い。体勢を整えてからでも遅くはありませんよ」
「瑛士の言う通りじゃ。わらわの配信を見てもらえなくなるのは悲しいからのう」
「お前ってやつは……もっと言うことがあるだろうが……」
二人は顔を見合わせ、ため息をつくと首を横に振った。
「……わかりました。今日は安全面を考慮して撤退します」
「それが一番なのじゃ! 帰る道はわかるのかのう?」
「大丈夫です。またもやルリ様に救われるとは……感謝しかございません」
「本当にありがとうございます。賢治、立てそう?」
「ああ、大丈夫だ。それではルリ様、失礼します。瑛士くんもありがとう」
二人は頭を下げ、階段へと歩き出す。やがてその姿が完全に見えなくなったとき、ルリが瑛士に問いかけた。
「ご主人、聞いてもよいか?」
「ああ、何かあったか?」
「なぜあの二人が怪しいと踏んだのじゃ? 話していても特に怪しさは感じられなかったのじゃが……」
瑛士は視線を岩の上に向ける。
「そうだな……俺も途中までは怪しいとも思ってなかった。だが、コイツが教えてくれたんだ」
「キュー!」
声の方を向くと、小さな影が岩の上から飛び降り、一直線にルリの胸へ飛び込んだ。
「ルナ! どこに行っておったのじゃ! 心配したんじゃぞ?」
「キュー!」
束の間の再会を喜ぶ二人。しかし瑛士の声がその空気を切り裂いた。
「感動しているところ悪いが……これを見てくれ」
ポケットから取り出されたのは、配線のついた基板のかけら。光を受け、冷たく鈍く光っていた。
「何じゃそのおかしなものは?」
「おそらく装置の一部だ。ルナがどこかで拾ってきたらしい……そしてな、お前の配信で心を動かされたという話も作り話だろう」
ルリは言葉を失い、その場に固まった。静寂が落ちる。瑛士の瞳には、すでに答えを掴んだ確信の色が宿っていた。
最後に――【神崎からのお願い】
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