第2話 明かされる過去
奇妙な共同生活が始まり、数か月が経過したある日の夕方だった。キッチンで夕食の準備をしていた瑛士のもとに、新たな災いが忍び寄る。
「瑛士、これを見よ! 迷宮攻略のライブ配信をやっておるぞ!」
「はいはい、そーですか。それは良かったですねー」
「む? なぜそんなにテンションが低いのじゃ? 『カリスマ配信者』を目指す我らにうってつけではないか」
「だーかーら、いつ俺が『配信者になる』って言ったんだよ! だいたいなんだ、カリスマって……」
「なんということじゃ……わらわは悲しいぞ! この『びっくうぇーぶ』に乗らないでどうするんじゃ!」
「……乗るなら一人でやってくれ。って、その言葉をどこで知ったんだ?」
鼻息を荒くして詰め寄るルリに対し、大きなため息をつきながら夕食の準備を進める瑛士。
「お前は、他の奴らにはない才能を持っているというのに、なぜそんなに無気力なんじゃ……お主の持つ読書魔法をもってすれば、世界一を目指せるというのに!」
「前にも言ったように、俺は読書魔法なんて、もうこりごりなんだよ!」
ニンジンを切っていた包丁を、勢いよくまな板に叩きつけ、瑛士が吐き捨てるように叫んだ。あまりの迫力に驚いたルリの顔から血の気が引き、大粒の涙がこぼれ落ちる。
「わらわが……悪かったのじゃよ……」
「いや、俺のほうこそ、いきなり大声を出してすまない……ルリは何も悪くない」
時間にして数十秒程度だが、何倍も時間が経過したような、重苦しい空気が二人を包み込む。すると、耐え切れなくなった瑛士が、大きく息を吐き、声を絞り出すように口を開く。
「いつかは話さなければいけないことだもんな……この際だから、ルリに話しておいてやるよ。俺が読書魔法を毛嫌いする理由を……」
「……教えてほしいのじゃ。お主に何があったのか」
瞳に涙をため、真剣な表情のルリが、瑛士を見上げていた。
「……少し昔の話をしようか。覚悟はできているな?」
「よろしく頼む……わらわは聞かねばならぬ」
瑛士は、小さく左右に首を振ると、ルリに視線を向ける。真剣な眼差しを向ける彼女と目が合うと、包丁をまな板の上に置き、話し始めた。
「あれは、十年ほど前のことだった……俺は、ある研究機関に軟禁され、無理やり読書魔法を使わされていたんだ」
「嫌だ……もうやめてよ……」
「次は、タブレットの画面から三十五番を選び、目標物を打ちなさい」
無機質なコンクリートの壁に囲まれた空間に、悲痛な声が響く。部屋の中央に設置された金属製の椅子には、少年が縛り付けられていた。左手の先には、数字が羅列されたタブレットが光っている。
「ニャーニャー!」
目の前に設置されたコンベアーが動き、檻に入れられた数匹の子猫が現れる。
「そ、その子たちは……いやだ! あの子たちは関係ないよ! 檻から出して!」
数週間前、公園で捨てられていたところを保護した子猫たちだった。少年の姿を見つけると、檻から前足を出し、必死に助けを求めるように鳴き続けている。
「うるさいわね! 何度同じことを言わせるの? あなたは、言われたとおりに打てばいいの!」
「嫌だ! あの子たちにひどいことをしないで!」
「まだ口答えするの? あなたに決定権はないのよ。それとも、またお仕置きされたいのかしら? 嫌なら、早く目標物を打ちなさい!」
心が引き裂かれそうな少年の気持ちなどお構いなしに、頭上のスピーカーから冷徹な怒鳴り声が響いた。
「嫌だ……もう嫌だよ! 俺は打ちたく……ぎゃああ!」
「打ちなさい。これは命令です! 選択権などありません。痛い目にあいたくなければ、素直に従いなさい」
悲鳴をかき消すように、無機質な声が降り注ぐ。少年が抵抗しようとするたび、金属製の椅子に電流が流れ、全身を激しい痛みが襲う。
「……わかりました」
「最初から従えばいいのです。今すぐ、打ちなさい」
少年は左手でタブレットを触り、ゆっくりと右手を突き出す。すると、手の先から稲妻に似た光が、檻に向かって放たれた。
「「ギニャーー!!」」
光が到達した瞬間、子猫たちの叫び声とともに、高圧電流が檻を包み込む。室内には、肉の焦げた匂いと、むせ返るような煙が充満した。
「ああ……ごめんなさい、ごめんなさい……」
少年の瞳からは、大粒の涙が次々と落ち、太ももを濡らしていく。
「あら? おかしいわね……思ったよりも威力が低いわ。次の検体を用意して!」
室内に声が響くと、コンベアーが自動で動き、黒焦げになった檻が運ばれていった。少年が涙を流し、念仏を唱えるように謝り続けている横で、新たな檻が現れる。
「えっ……人間?」
目の前の檻の中にいたのは、白いワンピースを身にまとい、力なく横たわる金髪の少女だった。
「ど、どういうこと? 女の子がなんで?」
「よく聞きなさい。三十七番を選び、最高出力で撃ち抜きなさい!」
耳を疑うような命令が、スピーカーから響き渡る。目の前の少女に向かって、魔法を打てというのだ。それも、最高出力で。
「で、できないよ! 嫌だ! 絶対に嫌だ!」
「口答えは許しません! 痛めつけられたいのですか?」
「絶対に嫌だ……ぎゃあああ!」
少年は必死に抵抗を試みるが、縛り付けられた椅子の上でもがくことしかできなかった。そして、容赦なく電流が流れ、全身を痛みが襲う。
「あなたに選択肢はありません。大人しく従いなさい!」
「ぜ……絶対……嫌だ! どれだけ……ぎゃああああ!」
「強情な子供ね。素直に従えばいいものを……そこのあなた! もっと出力を上げなさい!」
「し、しかし、主任。これ以上出力を上げるのは、彼の生命が危うく……」
「うるさいわね! このプロジェクトの責任者である私に口答えするとは、いい度胸ね。あなたも、あの猫のように消し炭にしてあげましょうか?」
「ひっ……わ、わかりました。どうなっても知りませんから……」
「ヒラ研究員が口答えするんじゃないわよ! さあ、はやく三十七番を撃ちなさい!」
「い、いやだ! 痛い! 痛い! でも絶対に撃た……ない……」
ここで少年の意識は途切れ、気がついたときには病院のベッドの上だった。
「……とまあ、こんな経験をしたんだ。……重い話をして悪かった! お腹空いただろ? さっさと夕飯を準備するからな」
話し終えた瑛士は、無理やり笑顔を作り、夕飯の準備を再開しようとした。そのとき、腕を組み、神妙な面持ちで話を聞いていたルリが、口を開く。
「そうか……お主の過去は、よくわかった。……その研究所に、心当たりがあるのじゃ」
「は? お前に何の関係があるんだ? だいたい研究所は、退院してから見に行ったら跡形もなく……」
瑛士が話し始めようとした言葉を遮るように、ルリがある会社名を口にした。
「お主が言う研究所の名は、『ディバイン・カンパニー』ではなかろうか?」
頭の先から血の気が引くように、真っ青になる瑛士。
口元を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべるルリ。
彼女はいったい、何を企んでいるのだろうか……
最後に――【神崎からのお願い】
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