第1話 新たな日常と瑛士の苦悩
「ルリ、準備はできたか?」
「わらわはいつでも大丈夫なのじゃ。さあ、今日はホーンラビットにひと泡吹かせてやるのじゃ!」
「その意気だ 実戦経験を積んでおかないといけないしな」
「うむ、わらわに歯向かったことを後悔させてやるのじゃ!」
ルリが高笑いする様子を、静かに見守っている瑛士。すると、二階に続く階段から目を擦りながら音羽が降りてきた。
「おはよー。ルリちゃんは朝から元気よね……」
「音羽お姉ちゃん、おはようなのじゃ!」
「ほんと元気よね……私のほうは配信が長引いちゃって、寝不足よ……」
口を大きく開けて欠伸をする音羽を見た瑛士が、声をかける。
「音羽も配信するのはいいけれど、あんまり無茶するなよ」
「瑛士きゅんに心配されちゃった! もう眠さなんて吹き飛んじゃったから大丈夫よ!」
「お前な……引っ越しの荷物もまだ片付いてないんだろ?」
「必要な物は全部片付いてるわよ。あ、GPSとか隠しカメラのセットがまだできて……」
「今、すごく物騒な言葉が聞こえたような気がするが?」
「エ? キノセイダヨー」
あからさまに目をそらして、片言の日本語で答える音羽。その様子を見た瑛士は、大きなため息をつき、額に手を当てて項垂れる。
「お前に聞きたいことがあるんだが……俺の部屋に盗聴器が仕掛けられていたんだが、お前だろ?」
「ひどい……私を疑っているの?」
「お前以外に誰がいるっていうんだよ! ルリがネット接続が安定しないって言うから、回線を調べたら海外サーバーにつながってたんだけど?」
「それは瑛士くんがちょっと言えないようなものを見ていたんじゃないの? そうなのね! 私という嫁がいながらほかの女に……あとでログと音声を聞いて特定しないと……」
「やっぱりお前じゃねーか! だいたいなんで二十個も仕掛ける必要があるんだよ!」
「え? 私が仕掛けたのは十八個だけど……あっ」
音羽が失言に気が付いた時には、もう遅かった。ゆでだこの様に顔を真っ赤にした瑛士が、彼女に詰め寄る。
「おーとーはー! いったいいつ俺の部屋に侵入しやがった! カギだって最新式の物にわざわざ変えたのに!」
「ふっ、あの程度のカギなんて私と瑛士くんの愛の力には敵わないのよ?」
「いい加減にしろ! おい、ルリも迷惑被ったんだろ? 何か言ってやれ!」
二人が言い争うそばで、玄関に座って興味なさげにしていたルリ。話を振られてゆっくり立ち上がると、腕を組みながら口を開く。
「仕方ないのう……音羽お姉ちゃん、盗聴器十八個はやりすぎなのじゃ」
「ルリちゃん、ごめんなさい……」
「うむ、サーバーに負荷がかかるのはお互いに困るのじゃ。そういえば、ペットカメラというものがあるらしいのう」
「おい、ルリ! 何を言い出すんだ!」
必死に叫ぶ瑛士を無視して、音羽と話を進める。
「たしかに留守中ペットの様子を見れるってやつよね?」
「そうじゃ。それであれば全方位確認でき、物によっては追尾機能もあるらしいのじゃ」
「なるほど! 瑛士くんが私のペット……いいわね!」
「だーかーらー俺はペットじゃないって言ってるだろうが!」
「うるさいのう……ご主人、音羽お姉ちゃんにお手!」
「お前ら……いい加減にしろ!」
悪ノリに拍車がかかる二人に対し、瑛士の怒号が響き渡る。
「ご主人にはユーモアに溢れたジョークというものがわからんのか?」
「どこがジョークなんだよ! 音羽を見てみろ、目がマジじゃねーか!」
瑛士が指を差した先にいた音羽は、うっとりした顔で悦に浸っていた。
「瑛士くんが私のペット……毎日お世話してあげればいいのね……逃げ出さないように首輪と鎖を……」
「音羽も、変な妄想はやめろ! だいたい俺の部屋にどうやって侵入したんだよ!」
瑛士の叫びが家中に響き渡ると、おもむろに近づいてきたルリが小さく息を吐きながら話しかける。
「はぁ、ご主人はわかっておらんのう。謎は自分の力で解明してこそ面白みがあるというものじゃぞ」
「あのな、俺は被害者で音羽は犯人なんだ! なんで被害者自ら謎を解かなきゃいけないんだよ!」
「なんと勿体ないことじゃ……せっかく名探偵として名を馳せるチャンスだというのに……」
「どうしてそうなるんだ! そんなことよりも俺のプライベートがなくなっている方が問題だろうが!」
「仕方がない、わらわの出番のようじゃな! そう、名探偵ルリの!」
「お呼びじゃねーよ! ほんと頭痛くなってきた……」
噛み合わなさすぎる会話に呆れた瑛士が、頭を抱えてしゃがみ込むと、音羽が心配そうに声をかける。
「大変! 瑛士くんが……これは責任を持って看病しなきゃ! ちゃんとわからせるチャンスだし……」
「いや、大丈夫だから! ってか何のことだ? 何をわからせるって言うんだよ!」
「チッ……君のように勘の良い幼馴染は苦手だよ……」
「音羽の両親め……だから俺に押し付けてきやがったのか!」
「そんな……押し付けるなんてひどい! でも大丈夫、もう逃げられないからね?」
「怖いわ! 誰かタスケテ……」
不気味な笑みを浮かべる音羽と、青白い顔で全身を震わせている瑛士。二人の様子を見たルリは、何かを悟ったような表情で声高々に宣言した。
「うむ! これで一件落着と言うヤツじゃな!」
「なにも解決してねーよ!」
瑛士の大絶叫が家中に虚しく響き、迷宮に行く前から気力を使い果たしてしまった。そのため、お茶でも飲んで落ち着こうという話になり、三人はリビングに移動する。
「もうすでに疲れたぞ……これから迷宮攻略を進めるのにどうして……」
テーブルに突っ伏して疲れ果てている瑛士。隣に座る女子二人は、タブレットで迷宮にある展望フロアのエリアマップを楽しそうに見ていた。
「音羽お姉ちゃん、このスカイデッキから景色を眺めて食べるスカイシールアイスが絶品なのじゃよ!」
「へー。スカイシールアイスが出店していたのね? 他にはどんなお店があったの?」
「あとはクレープ屋さんもあったのじゃ! なんでも都市部で大人気のお店らしく、すごい行列になっていたのじゃ」
「なるほどね。今度一緒に並びましょうか? 私もクレープ食べてみたいのよね」
「もちろんなのじゃ! そういえば、展望デッキを散策していた時に妙な光景を見たのじゃ」
「妙な光景? 何があったの?」
「うむ。帽子を深くかぶった作業服の男性三人が、奥の方に行ったと思ったら、壁に吸い込まれるように姿を消したんじゃ。わらわも慌ててその付近を調べたのじゃが、何もおかしなところはなくてのう。見間違えだったのじゃろうか?」
腕を組みながら首をかしげるルリに対し、話を聞いていた音羽の目が鋭くなる。
「ルリちゃん、その人たちが消えた場所ってこのマップでいうとどの辺りかしら?」
「たぶんこのあたりだと思うんじゃ……」
ルリの指さしたマップを見た音羽の口角が上がる。
彼女が見た三人はどこへ消えたのか? そして音羽の笑みの意味とは?
最後に――【神崎からのお願い】
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