閑話⑱-3 神出鬼没の飯島博士
紀元が声が響いている場所に近づくと、そこにはいないはずの人物が真っ赤な顔で叫んでいた。
「ちょっと! なんでカメラの準備ができていないの? あさイチで撮影をするって言ったでしょ!」
「も、申し訳ありません。どうやら機材トラブルのようでして……」
「はあ? イレギュラーがあっても対処できるようにするのがプロの仕事でしょ! 忙しい私がわざわざ時間を割いて来てあげてるの? その価値がどれほどかわかってる?」
「本当に申し訳ありません……すぐに再開できるように全力を尽くしますので」
申し訳なさそうに頭を下げるスタッフに対し、声の主は小さく息を吐くと、睨みつけながら声を上げる。
「ホント早くしなさいよ! ……うるさい紀元に見つかったら、洒落にならないんだから」
「朝から大変そうですね。スタッフの皆さんも必死に復旧しようとしていらっしゃいますし、そのくらいにしておいたらどうでしょうか?」
諭すような声を背後からかけられ、再び怒りが爆発した女性が振り返ると、その場で固まってしまう。
「はあ? 私に指図なんていい度胸しているわね! 状況もわかってない素人は黙って……」
彼女の視界に入ってきたのは、満面の笑みを浮かべている紀元だった。
「……あ、あら、紀元じゃない? こんなところで会うなんて奇遇ね」
「ええ、飯島博士。おはようございます。本日は会議と打ち合わせがあるとおっしゃっていたような気がしましたが?」
不気味なくらい抑揚のない声で話しかけられ、飯島の額から滝のように汗が流れ落ちる。そんな彼女の様子を見ても眉一つ動かさない紀元に対し、必死に言い訳を始める。
「あ、えーっと……そ、そうよ! 打ち合わせの前に現場視察をしておくのも大事でしょ?」
「そうですね。たしかに大切なことだと思いますよ」
大きく頷きながら返事をする紀元を見て、飯島が安堵した表情を浮かべた時だった。
「でも……博士、今日がどんな日か知らなかったわけじゃないですよね?」
紀元の目が一気に鋭くなり、突き刺すような視線が飯島を貫く。
「……ほら、視聴者さんには最新の情報をお届けするのが、配信者としての義務というか……」
「博士、それよりも先に言うことがありますよね?」
「えーっと、紀元? すごく目が怖いんだけど……」
滝のような汗を流しながら、飯島が必死に話題を逸らそうと試みる。しかし、今回ばかりは相手が悪すぎた。
「博士、正座しましょうか?」
「え? ここで正座するの? ちょっと何を言って……」
「……正座しましょうか?」
「……はい」
貼り付けたような笑みを浮かべている紀元の放つ圧に耐えられなくなり、その場で正座をする飯島。
「博士、今日は迷宮の再オープン日です」
「はい……」
「本来であればもっと早くオープンできたはずなんですが、なぜかここまで延期せざるを得なかったんです」
「そうですね……」
「誰のせいでこうなったか……もちろんおわかりですよね?」
どんどん怒りのオーラが増していく紀元に対し、俯いたまま何も言えなくなる飯島。
「まあ、前の迷宮管理組合の嫌がらせや圧力もあったのは事実ですが……」
「そうよね。ヤツラが卑怯な手を使って数々の嫌がらせをしたのは大きかったわ」
紀元の言葉を聞くと、息を吹き返したように語り始める飯島。
「まあ、それも一因ではありますが……」
「だいたいね……権限が無くなったにも関わらず、利権で甘い汁を吸おうとか考えるのが間違ってるのよ!」
「……間違ってはいませんが……」
「でしょ! あのジジイどもになんで役所もペコペコしてるのって話よ! もっと偉大な称えるべき人物が他にいるでしょ!」
「……」
呆れ返る紀元のことなど気にする様子もなく、飯島の暴走はさらに加速していく。
「それにちょっと迷宮の棚をいじっただけで、『検査不合格だ』って騒ぐのも考えられないわ。少しくらいの改造なんて、オープンしたらどんな店だってやるじゃない!」
「いや、それはちゃんと家主とかの許可を取ってですね……」
「今の御時世、お客さんを集めるためのレイアウト変更とか常識でしょ! だいたい役所とか頭が固すぎるのよ。そんなことばっかりしてるから……」
「あー! もう、何を言っているんですか!」
飯島の語りがヒートアップし始めた時、ついに紀元が雄叫びに近い声を上げる。
「博士! あなたは全然わかってない! そりゃ民間の建物であれば多少の融通は通りますよ? あなたがいるこの場所は誰のものなんですか?」
「え? そりゃ会社が借りてるエリアなんだから私のものでしょ?」
「なんでそうなるんですか! 迷宮の管理権限は国にあるんです! 我々はその場所を間借りしてるだけ……博士の部屋とは違うんですから!」
「あ、そうなの? じゃあパパっと直しちゃえば問題ないんでしょ?」
「それができたら苦労しませんから! だいたい何のためにクソ面倒くさい申請書を出していると思ってるんですか!」
紀元の声が一階層に響き渡ると、正座したままの飯島が顔を傾げながら問いかける。
「何をそんなに怒っているのかしら? 別にもう終わったことだからいいじゃない」
「いいわけないでしょうが!」
再び紀元の叫び声が響き渡った時、飯島の元に数名の男性たちが駆け寄ってきた。
「お待たせしました。撮影の準備が整いましたので、さっそく開始しましょう」
「あら、ご苦労さま。紀元、そういうことだから話なら撮影が終わってから聞くわね」
「は……?」
呆然と立ち尽くす紀元を気に止めること無く、立ち上がった飯島は撮影スタッフとともにカメラの方へ歩いていく。
「ああ、そうか。博士は撮影のために迷宮に来たんだった……て、ちょっと待てや!」
紀元の絶叫が一階層に響き渡り、びっくりしたスタッフが一斉に振り返る。
「あ、いや、気にしないでくれ……」
我に返った紀元のか細い声が虚しく響く。
「これも全部博士のせいだ……」
顔を真っ赤にしながら、撮影を開始した飯島のもとへ向かう紀元。
この直後、さらなる災難が彼に降りかかろうとは――まだ知るよしもなかった。
最後に――【神崎からのお願い】
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