第3話 証拠隠滅はお早めに
「ご主人、しっかりするのじゃ!」
慌てたルリが駆け寄って声を掛けるが、瑛士はうつ伏せに倒れたままでなんの反応も返してこない。近くにしゃがみ込んで両手で体を揺すってみるが、一向に起き上がる気配はなかった。
「なんで返事をしないのじゃ? 一体誰がこんなことを……」
苦虫を噛み潰したような表情でルリが声を上げた時、少し離れた位置にいた音羽は額から滝のような汗を流して固まっていた。
(ど、どうしよう……まさかこんなことになるなんて……とりあえず気配を消してここから逃げないと……)
音羽がリビングの出口を目指してゆっくり移動しようとした時だった。
「音羽お姉ちゃん……ちょっと聞いてもいいじゃろうか?」
「ひゃ、ひゃい!」
瑛士の方を向いたまま拳を握りしめ、肩を震わせたルリが声をかけてきた。予想外の呼びかけに思わず変な声を上げてしまう音羽。
「大変なのじゃ……ご主人は、もうだめかも知れぬ……」
「え、いや、そ、そんなこと無いと思うけどな~」
「わらわもそう思いたいのじゃが、事態は予想以上に深刻なのじゃ……」
一切後ろを振り返ること無く、悔しそうな声を上げるルリ。その姿を見て冷や汗が止まらなくなり、音羽の心はどんどん焦り始める。
(ちょ、ちょっとなんで起きないのよ……落ち着くのよ、音羽。瑛士くんも悪ふざけしているだけに違いないわ)
心の中で自分に言い聞かせるように唱えると、深く深呼吸をする。そして、気持ちを落ち着かせてルリに向かって話しかける。
「ルリちゃん、何がそんなに深刻なのか教えてくれないかしら?」
「うむ、念の為に先程脈拍を測ってみたのじゃが……まったく取れなかったのじゃ」
(ウ、ウソでしょ! それって心臓が止まってるってことじゃない!)
「え、あ、そ、そんなことはないと思うけどな……ルリちゃん、もう一度測ってみたらどうかな?」
焦る気持ちを悟られないように声を絞り出し、声を掛ける音羽。
「そうじゃのう。もしかしたら上手く測れなかっただけかもしれんのじゃ」
アドバイスを聞いたルリが瑛士の右手首を持ち、再び脈を測り始める。その様子を祈るような気持ちで音羽が見つめていると、深刻な声がリビングに響き渡る。
「……な、なんということじゃ……」
「ど、どうだったの、ルリちゃん?」
「うむ……脈を測り直したのじゃが……」
「う、うん。それでどうだったの?」
「いや、なんでもないのじゃ。それよりも音羽お姉ちゃん、ご主人をこのままにしておくのは非常にまずいと思うのじゃ」
ルリの声を聞いた音羽の顔から、血の気がどんどん引いていく。
「ど、どういうことなの? でも下手に動かさないほうがいいと思うのだけど……」
「わらわも最初はそう思ったのじゃ。しかし、そんな悠長なことを言っていられるような状況ではないのじゃよ」
瑛士の方を向いたままのため、ルリの表情はわからない。しかし、彼女の声は真剣そのものであるため、音羽の心もどんどん揺れ動き始める。
(私はどうしたらいいの? でも、迷っている時間はどんどん少なくなるし……ルリちゃんがここまで深刻に話すということは、覚悟を決めるしかないのかも――大丈夫よ、私のせいでと決まったわけじゃないわ……今はルリちゃんの指示を仰ぐのが最適解よ)
自分に言い聞かせるように心で唱える音羽。大きく息を吐いて落ち着きを取り戻すと、優しい口調でルリに声を掛ける。
「ルリちゃん、私も覚悟を決めたわ。指示に従うから何でも言ってほしいの」
「ありがとうなのじゃ! 音羽お姉ちゃんのその言葉を待っていたのじゃ」
返答を聞いたルリがゆっくり立ち上がりながら振り返ると、真剣な表情で音羽を見つめる。
「音羽お姉ちゃん、わらわたちに残された時間はそんなに多くはないのじゃ……すぐに行動を開始しようではないか!」
「ええ、間違いないわ。限られた時間で最高の結果を出しましょう!」
真剣な表情で見つめ合うと、無言で頷きあうルリと音羽。
「音羽お姉ちゃん、まずはこちらに来てほしいのじゃ」
無言で頷き、ゆっくり歩き始める音羽。そして、瑛士の足元に近づいた時、突然ルリが声を掛ける。
「音羽お姉ちゃん、そこでストップなのじゃ」
「え?」
音羽が困惑した様子で立ち止まると、ルリが口を開く。
「こんなところにご主人が倒れていては、都合が悪いのじゃ。まず、運び出そうと思うのじゃ」
「わかったわ……私は足首の方を持てばいいのかしら?」
「さすが音羽お姉ちゃんなのじゃ。わらわが腕を持つから足を持ってほしいのじゃ」
「わかったわ。じゃあ声を掛け合って持ち上げましょう」
音羽の返答を聞いてルリが無言で頷き、それぞれの位置につくと、力を入れて視線を合わせる。
「じゃあいくわよ。せ―の!」
音羽の号令で瑛士の体を持ち上げる。徐々に床から離れ始めると、ルリが声を上げる。
「音羽お姉ちゃん、まず第一段階は成功なのじゃ! そうしたら、離れた位置に……」
ルリが次の指示を出そうとした時だった。聞き覚えのある鳴き声がリビングに響き渡る。
「ニャ、ニャ―」
瑛士の体の下から突然、翠が伸びをしながら現れる。
「翠! そんなところにいたのか!」
翠の鳴き声を聞いたルリは急いで抱きかかえようと両手を伸ばした時だった。
「ぐえ……」
鈍い音とともに顔面から床に叩きつけられた瑛士が声を上げると、足を持っていた音羽も驚いて離してしまう。
「あ、ご主人のことを忘れていたのじゃ。なんか変な声が聞こえたような気がしたのじゃが、気のせいじゃろうな」
「あ? 何が気のせいだと? 思いっきり頭から落ちたんだ……まずは俺になにか言うことがあるだろうが!」
思いっきり顔面を床に打ち付けたことにより、意識を取り戻した瑛士。鬼の形相でゆっくり立ち上がるとルリを睨みつける。
「ああ、ご主人も気がついたから結果オーライなのじゃ。しかし、なんでそんなところで寝ていたのじゃ?」
瑛士の怒りなど気にする様子もなく、顔を傾げながら問いかけるルリ。
(は? 瑛士くんの意識が戻った? それよりもなんで翠ちゃんが体の下にいたの?)
何が起きているのか理解できず、呆然と立ち尽くしてしまう音羽。
なぜ翠が体の下から現れたのか? その疑問はルリの言葉によってすぐに明らかになる――
最後に――【神崎からのお願い】
『面白い!』、『楽しかった』と思って頂けましたら、『評価(下にスクロールすると評価するボタン(☆☆☆☆☆)があります)』を是非宜しくお願い致します。
感想やレビューもお待ちしております。
今後も本作を書いていく強力なモチベーションとなります。感想を下さった方、評価を下さった方、本当にありがとうございます!




