閑話⑰-1 紀元の意外な弱点?
飯島が限定配信の準備があると姿を消して数日、会社内の自室で再び頭を抱える紀元の姿があった。
「なんでこう……次から次へと問題ばかり起こるんだよ……」
大きなため息を吐いて椅子にもたれかかる紀元。机の上に置かれていたのは会社に届けられた朝刊だった。普段であれば流し読みする程度だが、ある記事が目に留まると一気に血の気が引いて仕事が手につかなくなったのだ。
「博士が大丈夫だっていうから信用していたのが、間違いだった……思いっきりすっぱ抜かれているじゃないか」
再び大きなため息を吐くと、机の上に置かれた新聞に視線を向ける。そこに書かれていたのは、前迷宮管理組合の理事長と副理事長が行方不明になったという記事である。
「毎回あの人は詰めが甘いんだよ……そりゃ奴らのしてきた所業は許されるものじゃないし、被害者や裏社会からも相当な恨みを買っていたのは間違いない……が、どうするんだよ……」
額に手を当てて椅子にもたれかかると、数日前にモニタールームで飯島と会話した時のことを思い返す。
「博士、いいですか? 配信で何をするつもりか知りませんが、マスコミにすっぱ抜かれたら終わりですからね」
「そのくらいわかっているわよ! でもね、アイツらは潰しても湧いて出てくるのよ……まさに黒い悪魔のごとく……」
「いや、まあ、その例えはどうかと思います……が、否定はしません」
「でしょ? 本当に鬱陶しいんだから! 前理事の豚どもよりも先に消したほうが……」
「わー! そっちのほうが大問題ですから!」
飯島の矛先がマスコミ全社に向き始めようとして、真っ青な顔で慌てて止めに入る紀元。そんな彼の様子を見ると、おなかを抱えて笑い声をあげる。
「あはは! 何を本気にしているのよ」
「いえ……博士ならやりかねませんから……」
大きく肩を落として安堵する紀元に対し、飯島は笑いながら話を続ける。
「もーいくら私だってそんな独裁者みたいなマネはしないわよ」
「……ウソだ!」
「なんでそんな鬼の形相でにらまれなきゃいけないのよ! まだオヤシロ様の……」
「言わせねーよ! そもそもそれはゲームですから!」
紀元の絶叫が室内に響き渡ると、呆れた顔をした飯島が話しかける。
「まったく……あんたにはユーモアというものがないの?」
「そういう問題じゃありません! 祟りとかは存在しないんですから!」
顔を背けながら必死に訴える紀元の様子を見て、薄ら笑いを浮かべる飯島。
「ふーん、でも祟りや呪いってあると思うんだけど」
「あるわけないでしょ。科学的根拠もなければ迷信です! 迷信!」
語気を強めて言い放つ紀元に対し、ある考えが飯島の脳裏をよぎる。
(絶対幽霊とか怪奇現象が苦手でしょ。こんな面白いチャンスはないわ……もうちょっとからかっちゃお)
「へぇ……でも、私見ちゃったんだよね……この間、会社で深夜……」
「な、なにを見たって……い、いうんですか?」
「それ聞いちゃう? 知りたいの?」
「べ、べつに、い、言いたくないのであれば言わなくていいですから」
額から大量の汗が流れ落ち、紀元が明らかに動揺し始める。
「えー知りたくないの? あ、もしかして怖いんでしょ」
「な、なにをおかしなことを言っているのですか……そ、そんなわけ……」
「でもーすごく汗かいているし、全身が小刻みに震えているわよ?」
「ハハハ、ちょっと冷房が効きすぎているだけじゃないですか?」
目を逸らしながら必死に取り繕う紀元だが、膝から下が尋常ではないほど震えていた。彼の様子を見た飯島はさらに口元を吊り上げ、意味深な言葉を続ける。
「じゃあいいわ。まあ……このビルは昔あんなことがあったからね」
「な、なにが、あ、あったんですか?」
「え? 気にしないで! 私の独り言だから……そういえばちょうど本部長室の辺りだったわね。もう二度とあんな悲劇は……」
「ひ、ひぃ! いい加減話してください! 何があったんですか!」
この世の終わりのような表情で必死に訴えかけると、小さく息を吐いた飯島が急に真顔になって黙り込む。ただ事ではない雰囲気を感じ取った紀元が、胸の前で手を合わせて膝をつくと声を上げる。
「神様……どうかわたしをお助け下さい……」
必死に祈りをささげる姿を見た飯島が吹き出しそうになるが、小さく息を吐いて必死に耐える。何とか呼吸を整えると神妙な表情で話しかける。
「真実を話すわ……そう、あれは忘れもしない夏の日だったわ……大量の猫がなだれ込んできたのは」 「は?」
「もうね、大変だったのよ。逃げ回るし、事務所を占拠されてみんな骨抜きにされ……モフモフパラダイスで仕事にならなかったのよ」
「……」
時が止まったように固まっている紀元に対し、嬉しそうに語り続ける飯島。
「大きな雷が落ちたことがあってね。近くの猫カフェから脱走したみたいなのよ、ちょうど閉店準備していた時に。裏口の扉が開いていたらしくて、一直線にうちのビルに逃げ込んできたんだって」
「猫カフェですか……」
「そうそう、ほんと可愛かったのよ。研究所で扱っていた実験体とは大違いでね。全員正社員でお迎えしようと本気で考えたわ」
「えっと、博士? すいません、悲劇と何の関係があるのでしょうか?」
「話を聞いていればわかるでしょ? すぐに店員が来て捕獲されて、一気に虚無感が襲ってきたのよ? これ以上の悲劇があるわけないじゃない」
「……」
黙って話を聞いていた紀元が俯き、肩を震わせ始める。
「あれ? 紀元くん、どうしたのかな?」
異変を察知した飯島の顔に一筋の汗が流れると、ご機嫌をとるように問いかける。
「……わかりました。そんなに博士が猫好きだとは知りませんでした……」
「いや、それは違うというか……」
「そんなにモフモフに囲まれたいのであれば、とっておきの場所がありますよ……」
「ものすごく悪い予感するのは気のせいかしら……」
「そんな遠慮する必要はありませんよ……今からお連れしますね、迷宮というモフモフパラダイスに!」
顔を上げると満面の笑みを浮かべて話しかける紀元の迫力に、思わずあとずさりする飯島。
「いやー! 紀元に連れ去られる!」
「人聞きの悪いことを言わないで下さい。れっきとした業務の一環ですから」
モニタールームを飛び出し、大声で叫びながら逃げ始める飯島。
「博士、今日は逃がしませんよ!」
彼女の後を追うように部屋を飛び出す紀元。
「……やはり排除しなければいけなかったようですね」
少し離れた柱の陰から二人の様子を見つめる人物が呟く。
この直後、紀元のスマホに一本の連絡が入ったことで事態は急展開を迎えることとなる。
最後に――【神崎からのお願い】
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