第7話 深まる謎と近づく影
「モンスターを倒すとアイテムがドロップすることが稀にあるとは聞いていたが、こんな低階層では前例がないぞ」
光り輝く本の切れ端に近づき、怪訝な顔で見つめる瑛士。
「このまま見なかったことにもできるが……念のため持ち帰るか」
静かに呟いてしゃがみ、手を伸ばす瑛士。するとその物体は何かに呼応するように輝きを一層強め、彼の視界を完全に奪った。あまりの眩しさに目を閉じた瞬間、不思議な声が響く。
「……私のかけらを見つけてくれてありがとう……他の子たちも迷宮に取り残されているから、早く助けてあげて。アイツが……手に入れる前に……」
(は? なんだ今の声は? “他の子たち”? “アイツ”って誰のことだ?)
「お、おい! 肝心なところが聞こえないぞ! 何を手に入れる前にだ?」
目を開けられないまま必死に叫ぶが、声が返ってくることはなかった。しばらくしてゆっくりと目を開けると、そこには驚きの光景が広がっていた。先ほど燃やし尽くされたはずの草むらが、まるで何事もなかったかのように元通りになっていたのだ。
「どういうことだよ……たしかに黒焦げになっていたはずだよな……」
あまりの変化に慌てて周囲を見渡すが、二階層に到着したときと同じような景色が広がっているだけだった。
「まさか時間が……なんてことはないよな。考えても仕方ないか……」
無理やり納得しようとしながら立ち去ろうとした時、足に奇妙な感触を覚える。
「ん? これはさっきの切れ端か?」
視線の先にあったのは、輝きを失った切れ端が右足首にくっついている様子だった。
「なんでこんなところにあるんだ? ……そんなことより、こいつがあるってことは……いや、考えるのはやめよう。迷宮攻略のヒントになるかもしれないし、持ち帰ってルリに相談だな」
拾い上げて呟きながら、一階層へ続く階段に向かって歩き出す瑛士。途中で数匹のホーンラビットと目が合うが、彼の姿を見るなり、ものすごいスピードで逃げていく。
「あいつらってあんなに臆病だったか? もっと好戦的だったと思ったんだが……」
首をかしげつつ階段を降りていく瑛士。
「まあいいか。それよりルリのやつに雷を落とさないとな」
先に走り去ったルリへの苛立ちを感じながら歩いていると、一階層の出口付近から騒がしい声が聞こえてきた。
「だーかーらー、わらわは何ともないと言っておるじゃろうが!」
「いえ、ルリ様に万が一のことがあれば、私たちは生きてはいけません! 本当に大丈夫なのでしょうか?」
「さっきから言っておるじゃろうが! ちょっとお腹を壊しただけだと……だいたいお前らが『ルリ様の食べる姿が素敵』とか言ってソフトクリームを次々と渡したのが悪いんじゃろうが!」
顔を真っ赤にして怒鳴るルリに対し、片膝をついて首を垂れる人々。その中には、先ほど警備室で見かけた二人の姿もあった。必死に弁明するルリは、気配を消して背後から近づく人物にまったく気づいていなかった。
「そうか、ちょっとお腹を壊したのか?」
「そ、そうだと言っておるじゃろうが! わらわにはこの後、スカイシールアイスを食べるという大切なミッションが……」
「ほう? 食べ過ぎて腹を壊したやつが、まだアイスを食べようっていうのか?」
「ちょっと油断しただけじゃ! 大体なんじゃ、わらわに物申す不届き者は……」
苛立った様子で後ろを振り返ったルリの顔が、凍り付いた。
「いつも“食べすぎるな”って言ってるのはどこのどいつでしょうかね?」
「ご、ご主人……な、なんでこんなところに?」
「なんでって……そりゃ、先に降りていったお前の様子が気になるのは当然だろ? それより、きちんと説明してもらおうか? いったいソフトクリームをいくつ食べたんだ?」
「そ、それは……その……」
ルリが目を泳がせながら言い逃れようとしていると、後ろの人々が声を上げ始めた。
「ルリ様は何も悪くありません! 悪いのは我々なんです!」
「そうですとも! あまりにキュートなルリ様の笑顔に癒されたくて、わんこそばのように食べさせてしまって……」
「あ、ばか者! 余計なことを言うでない!」
「何をおっしゃいますか! ルリ様はご心配なく……さあ、我々に思う存分怒りをぶつけるがよい!」
「なんで叱られる側が、そんな上から目線で物申してるんだよ……」
慌てふためくルリと、勝手に盛り上がる人々を見て、頭に手を当てて大きくため息をつく瑛士。その後、謎の押し問答が続き、二人が解放されたのは一時間近く経ってからだった。
迷宮の出口に向かって歩く二人は、疲れ果てた様子で肩を落とし、項垂れながら進んでいた。
「あー、なんかすっげー疲れたぞ……なんでお前のファンが謎に集結してんだよ……」
「わらわに聞かれても知らん……トイレから出て、二階層へ向かおうとしたら、いきなり声をかけられたんじゃよ……」
「強面のおっさんに『さあ、ルリ様の代わりにお前の怒りを受けてやろう。思う存分物申すがいい』とか言われなきゃいけないんだぞ……女の人からは『仕方ないから聞いてあげてもいいんだからね! でも、叱られるならルリ様がいい……ああ、それは至高のご褒美』とか言いながらトリップするし……」
「ま、まあ……いろいろあったが、よかったと考えるのじゃ。こうして無事に解放されたわけじゃし、スカイシールの無料券ももらったことじゃからな」
右手に握られた紙の束を見せながら笑うルリ。その様子に、瑛士はすっかり毒気を抜かれてしまう。
「ま、何とか無事に帰ってこれたから良しとするか。せっかくの無料券もあることだし、展望フロアに行くか?」
「ほ、ホントなのか? いいのか、ご主人?」
「約束しただろ? 無事に迷宮から帰ってきたらってな」
瑛士の提案に喜びを爆発させ、先ほどまでの疲れが嘘のように飛び跳ねるルリ。
「やったのじゃ! アイス無料券で無双するのじゃ!」
「お前な……さっきお腹壊したばっかだろうが! アイスは二つまでだ!」
一転してこの世の終わりのような表情になるルリ。すると、瑛士が持っていたアイス無料券を目にも留まらぬ速さで奪い取る。
「あー! わらわの無料券を! アイス質を取るなど卑怯だぞ!」
「やかましい! お前が持ってたら全部使っちまうだろうが!」
二人の言い争う声が通路に響き渡っていた。
この時はまだ気が付いていなかった――一体のドローンカメラが、ずっと彼らを撮影していたことに……
最後に――【神崎からのお願い】
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