第6話 覚醒の時
未だ鳴りやまぬコメント通知に頭を抱えてしゃがみ込む瑛士。
「良かったではないか。お主の実力を見せつけることで、わらわのチャンネルも大盛況なのじゃから」
ひとしきり笑って満足そうな表情を浮かべたルリが、瑛士に声をかけてきた。
「俺は目立つのが嫌だって言ったよな?」
「そんなこと言っておったかのう? まあ、良いではないか」
「全然よくねーよ! これを見ろ!」
笑いながら話すルリに、苦虫をかみつぶしたような顔をした瑛士がスマホの画面を突き出す。
《チャットコメント》
『弄られキャラが実は強かったって、どこのラノベだよw』
『コイツってルリ様の下僕みたいなもんだろ? ルリ様はどれほど強いのか……早くご勇姿を拝見したい! あ、ちゃんとお膳立てはしろよ』
『こんなかっこよかったなんて知らなかったわ。さっそくオネエ仲間にも報告しておいたからね♪』
『不覚にもかっこよく見えてしまうとは……しかし、お前がルリ様にした仕打ちは消えぬぞ!』
右手を顎に当て、感心したように画面を見つめるルリ。
「ほうほう、ご主人が人気者になって、わらわは鼻が高いぞ!」
「お前な……あからさまにおかしなコメントが混じってるじゃねーか! 最後のヤツ、さっきの警備員だろ! 仕事中になんで配信見てるんだよ! それに、おネエ仲間とか怖すぎるだろ……」
「ご主人、よく聞くがよい。カリスマ配信者たるもの、視聴者の期待に応えるのも義務というものじゃ!」
「俺の貞操がどうなってもいいのか! って、そんな趣味はないわ!」
瑛士の悲痛な叫びに、草むらの中に潜んでいたモンスターたちが一斉に動き出す。
「む? ご主人が大声を出すから、モンスターどもが動き始めたようじゃぞ?」
「俺は何もしてないだろうが! そもそもの原因を作ったのは……」
文句を言おうと顔を上げた瑛士の目の前に、能面のように表情を消したルリの顔が迫っていた。
「それで今回の原因を作ったのは誰じゃ?」
「……えっと、それは……」
「モンスターを呼び寄せたのは、だ・れ・の・せ・い・じゃ?」
ルリが放つ無言の圧力に、頭から滝のような汗を流し、何も言い返せなくなる瑛士。
「私が悪いです……大声出して申し訳ありませんでした……」
「わかればよいのじゃ。まったく、配信を切っておいて正解じゃったな」
「いつの間に配信終了してたんだよ……」
「そんなことはどうでも良いじゃろ。それよりもどうする、ご主人? すっかり囲まれてしまったようじゃぞ」
瑛士から顔を離したルリが仁王立ちしながら辺りを見渡す。同時に我に返った瑛士も立ち上がり、ただならぬ気配を感じ取って小さく息を吐く。
「見事に囲まれてしまったというわけか……このフロアにはホーンラビットしかいないとはいえ、ざっと見て三十匹以上いるな……」
「うむ。魔法が使えれば、こんな奴らは一網打尽にできるのじゃがな」
「でも使えないんだろ? 今はどう切り抜けるか考えるほうが先決だ。……ルリ、俺が突破口を作るから、一階層の入り口へ走れ」
「な……ご、ご主人はどうするつもりなんじゃ!」
瑛士の言葉に驚いたルリが、悲痛な声で聞き返す。
「この程度の奴らにやられるほど弱くはねーよ。ある程度数を減らしたら、俺も出口へ向かう」
「いやじゃ! わらわも一緒に戦うんじゃ! そうだ、ご主人! わらわを読むのじゃ!」
「お前を“読む”だと? いったい何を言い出すんだよ……」
ルリの突然の提案に瑛士は困惑する。だが、彼女はさらに続けた。
「お主を置いて逃げるなんていやなんじゃ! わらわを読めばこんな奴らなど……」
「何度も言わせるな! 読書魔法はこりごりなんだ!」
「ご主人のわからずや!」
ルリが泣き叫びながら瑛士の左手を握った、その瞬間だった。突如、頭の中に覚えのない映像が流れ込んできた。
(な、なんだこれは……でも、この景色には見覚えがある……たしかディバイン・カンパニーの研究所?)
脳裏に流れる映像が、過去の記憶とリンクしていく。すると、見覚えのある少年が現れる。
(椅子に縛り付けられてるこの子が……まさか俺なのか? じゃあ、これはいったい誰の視点なんだ?)
「……じん、しゅじん、ご主人!」
「はっ!」
自分を呼ぶ声で我に返った瑛士。視線を下に向けると、抱き着いて涙を流すルリの姿があった。
「ごじゅじん……よがっだのじゃ……」
「俺はいったいどうしたんだ? ルリ、早く逃げる準備を……って、あれ?」
瑛士が周囲を見渡すと、二人を支点に半径二メートルほどの草が黒く焦げて燻っていた。
「何が起こったんだ? それより取り囲んでいたホーンラビットたちは?」
「ご主人は何も覚えておらんのか? わらわがご主人の手を握った途端、取り囲んでいた魔物たちが一瞬で燃え上がったのじゃ」
「マジか……」
「それでビックリしたご主人に声をかけたのじゃが、目を閉じたままで身動き一つせんくなったのじゃ……わらわは……ご主人が死んでしまったと思って……」
顔をうずめたまま、声を上げて泣きじゃくるルリ。その様子を見た瑛士は何も言わず優しく抱きしめ、彼女が泣き止むまで背中をさすり続けた。
数十分後、落ち着きを取り戻した二人は、三階層の階段を目指して歩き出す。
「さて、そろそろ三階層を目指すとするか。次はルリにも実戦を経験してもらわないとな」
「……」
瑛士が元気よく声をかけるが、ルリから返事がない。
「おーい、ルリ? どうかしたのか?」
「べ、別に何でもないのじゃ……の、のう、ご主人。三階層を目指すのは別の日にしないか?」
「なんだ? もう疲れたか?」
「いや、そういうわけではなくてじゃな……」
青白い顔をし、滝のような冷や汗を流しながら腹を押さえるルリ。その時、盛大に腹を壊したような音が鳴り響いた。
「ルーリー? もしかして……腹、壊したんじゃないのか?」
「い、いや、そんなことはないのじゃ! 決してアイスの食べすぎとかじゃないのじゃ!」
「じゃあなんで青白い顔で腹を押さえてるんだよ? 正直に言え!」
「嫌じゃ! わらわはスカイシールアイスを食べるミッションが残って……」
「どこまで食い意地が張ってるんだ……」
「スカイシールアイス買ってくれないのなら行かないのじゃ!」
「お前、その状態でまだ言うのか……人として社会的に抹殺される前に早くトイレ行ってこい!」
「む、無念じゃ……」
脱兎のごとく一階層への階段を駆け下りていくルリ。一人残された瑛士が、大きくため息をつきながら辺りを見回したその時だった。
「ん? 本の切れ端がなんで光ってるんだ?」
焼け焦げた草むらの一部に、光り輝く本の切れ端のようなものが現れていた。
まさか、それが二人の運命を大きく左右することになるとは――まだ気づいていなかった。
最後に――【神崎からのお願い】
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