第5話 瑛士の実力
「ふふふ、ついにわらわの無双伝説が幕を開ける時が来たようじゃな!」
「なにが『無双伝説』なんだよ。そんなに自信たっぷりに話すってことは、槍の腕前も一級品なんだな?」
槍を手に上機嫌で先を歩くルリに対し、瑛士が少し皮肉めいた声色で話しかける。
「ん? お主は何を言っておるのじゃ? わらわは槍なんぞ使ったことはないぞ」
「そうか……は? 使ったことがない? 一度もか?」
振り返ったルリが不思議そうな顔で答える。あまりにも自然な返事に、理解が追いつかず、その場で立ち止まる瑛士。
「そうじゃぞ。実物を使うのは初めてじゃが、何か問題でもあったのか?」
「いや、ちょっと待て……お前、さっき素振りしてた時、けっこうな使い手っぽかったじゃないか?」
「あー、なんじゃ、そのことか。いつも配信しているゲームのキャラが槍使いでな。その動きを見よう見まねでやっただけじゃ」
「お前……もっと早く言えよ!」
二階層へ続く通路に、瑛士の絶叫が響き渡る。
「まったく……ご主人はさっきから叫んでばかりでうるさいのう。そんなに大声を出していたら、迷宮攻略の体力がなくなるぞ」
「実戦経験なしでどうやって攻略していくんだよ! 魔法は使えない、槍は初めて使う……先が思いやられるわ」
頭を抱えてしゃがみ込む瑛士を見て、ルリが近寄ると優しく肩を叩く。
「そんなに悲観するな。生きておればいいことはあるんじゃぞ?」
「お前が言うな!」
「そんな些細なことより、はやく二階層へ行くのじゃ。ほれ、動かぬのであれば置いていくぞ」
「あ! こら、まだ話は終わってない……!」
何かを叫ぶ瑛士を無視して、ルリは奥に見える階段へ向かって歩いていく。その後ろを複雑な表情の瑛士が追いかける。階段を上り終えると、驚きの光景が目に飛び込んできた。
「すごいのじゃ! ご主人、ここは本当に迷宮なのか?」
ルリの目に広がったのは、青々とした草が生い茂る草原のような景色。心地よい風が頬を撫で、新緑の香りが鼻腔を満たしていく。
「二階層は草原エリアだったな。ここは危ないモンスターも出てこないし、準備運動にはちょうどいいぞ」
「そうなのか。そうとなれば、わらわの槍がどれほどの切れ味か試して……あー! 真っ白なウサギさんなのじゃ! 捕まえて遊ぶのじゃ!」
数メートル先の草むらから、白いうさぎのような生き物が顔を出した。その姿を見たルリが駆け出す。
「あ! ルリ、ちょっと待て! そいつはウサギじゃない、モンスターだ!」
「え? なんじゃと?」
声をかけられたルリが一瞬後ろを振り向いた、その時だった。
「ぎゅ!」
うさぎと思われた動物の目が鋭く光り、長く伸びた耳の間から鋭い角が現れる。そのまま敵意むき出しで、ルリに飛びかかってきた。
「え? ど、どうしたらよいのじゃ……」
見た目の変貌ぶりに驚き、その場から動けなくなるルリ。初めて自身に向けられた明確な殺意に恐怖し、目を閉じたその時――
「ぎゅっ!」
「まったく……だから勝手に動くなって言っただろ?」
ルリの横を一筋の風が駆け抜け、短い断末魔が聞こえてきた。恐る恐る目を開けると、短剣を構えた瑛士が立っていた。その足元には、首と胴体が分かたれたモンスターが力なく横たわっている。
「ルリ、ケガはないか?」
「う……うわーん!」
瑛士が振り返ると同時に、涙を溜めたルリが抱きつき、声を上げて泣き始めた。
「大丈夫か? ケガはしていないよな?」
「ご主人、ご主人……怖かったのじゃ……」
「やれやれ……もう大丈夫だから、安心しろよ」
泣きじゃくるルリが落ち着くまで、優しく頭を撫でる瑛士。しばらくして泣き止んだ彼女に、モンスターの残骸を見せながら語り始める。
「このモンスターはホーン・ラビットって言うんだ。見た目はうさぎそのものだけど、警戒心が強くて、むやみに近づくと耳の間に隠した角で突き刺してくるんだ」
「こんなにかわいい見た目をしておるのに……」
「見た目に騙されるヤツも多いからな。攻撃パターンは突進だけだから、落ち着いて処理すれば問題ないぞ」
「なるほどじゃ。しかし、ご主人? やけに戦い慣れているようじゃが、それはなぜじゃ?」
説明を聞いていたルリが問いかけると、少し気まずそうに瑛士が答えた。
「お前も知っての通り、いろいろ狙われてただろ? そのこともあって、親父に鍛えられたんだよ……」
目を細め、寂しげな表情で答える瑛士。その様子を見たルリが、明るい声で励ますように話しかける。
「さすが、わらわのご主人じゃ! こんなに頼れる人物が近くにいるのは心強いのう!」
「なんだよ? 今日は珍しく褒めてくれるじゃないか」
「当たり前じゃ、わらわの危機を救った英雄じゃぞ? なあ、お前たちも、そう思うじゃろ?」
「へ? “お前たち”って?」
何のことかわからず聞き返したその時、スマホからけたたましい通知音が鳴り響く。
《チャットコメント》
『ルリ様、お怪我なくご無事で何よりです!』
『おのれ……ホーン・ラビットめ! この手ですべて狩り尽くしてくれるわ! そしてルリ様からなでなでしてもらうんだもん!』
『なかなかやるじゃないか! ルリ様のご活躍が拝見できないのが残念だが、よくやったぞ!』
『あら? よく見るといい男じゃない? あたしの彼氏にならない? オネエだけどロックオンしちゃうわよ♪』
『瑛士くんだったかしら? ぜひ我々の秘密結社に加わってもらいたいわね』
スマホの画面を見た瑛士の顔がみるみる青ざめていく。そして背伸びして覗き込んだルリが、楽しそうに笑い声をあげた。
「あはは! 大人気になったのう、ご主人! 良かったではないか!」
「良くねーよ! なんでオネエに狙われたり、秘密結社とかいう怪しい組織に目を付けられるんだよ! そもそも、いつから配信してたんだ?」
「ああ、このフロアに入った時からじゃぞ? わらわの愛らしい姿を下僕どもに見せてやらねばと思ってな」
「そういうことはもっと早く言えぇぇぇ!」
瑛士の絶叫がフロアに響き渡る。
その様子を見たルリは、お腹を抱えて楽しそうに笑っていた――が、この後、まさかの事態が襲いかかるとは思ってもいなかった。
最後に――【神崎からのお願い】
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