第3話 迷宮の秘密と瑛士の素質
迷宮内の通路を談笑しながら歩いていた瑛士とルリ。先ほど説明のあったフロアへの入り口が見えてきた時、異様な光景が飛び込んできた。
「おい……ルリ、これはどういうことなんだ?」
「なんじゃ? ただの小川があるだけじゃろ? 別に珍しくもないぞ」
「そうじゃない! なんで壁に埋まっている本から水が出ているんだよ?」
瑛士が声を張り上げて指をさした先にあったのは、ページが開かれたまま壁に埋まっていた本。まるでそこが水源のように水が溢れ出し、小川を形成していたのだ。
「ほう、お主にはあの本が見えるというのか」
「何を言っているんだ? どう見ても本から水が出ているだろうが!」
「ふむ……ご主人、何かおかしいとは思わんか?」
「何かおかしいだと? いや、この光景がすでにおかしいんだが……」
「そうではない。ご主人には見えているのに、なぜ他の迷宮攻略者には見えていないんじゃろうな?」
ルリの発言を聞いた瑛士が目を見開き、驚きのあまり言葉を失った。なぜなら、彼が映像で見た光景は、壁のヒビから水が湧き出て小川のように流れていたからだ。
「その反応を見る限り、まったく知らなかったようじゃな」
ルリは小さくため息をつくと、呆れた様子で瑛士に話しかける。
「どういうことだよ? お前だって一緒に映像を見ていたじゃないか。その時だって何も言わなかったし……」
「わらわはとっくに仕掛けを見抜いておると思ったからのう。仕方がない……ご主人、少し離れておるんじゃぞ?」
促された瑛士は無言で数歩後ろに下がる。その様子を確認したルリが右手を体の前に突き出し、水が湧き出ている本に向かって野球ボールほどの光弾を放つ。すると、壁に着弾する寸前で大爆発が起き、通路中に爆発音と煙が充満する。
「おい! いくらなんでもやりすぎだろうが! 何も見えないし、迷宮を破壊するなんて前代未聞だぞ!」
驚いた瑛士が両腕で顔を防ぎながら叫ぶが、ルリは一点を見つめたまま微動だにしない。
「ふむ……そういうことか。おもしろいことをするのじゃな。わらわに対する挑戦として受けてたとう!」
「おい! 人の話を聞けって言っているだろ? どうするんだよ、こんなことして説明できないぞ」
「どうして慌てておるんじゃ? ご主人、あれをよく見るがいい」
ルリに促された瑛士が、煙の薄くなった方へ視線を向けると、信じられない光景が目に飛び込んできた。
「どうなってるんだよ! あれだけの爆発が起こったのに、どこも壊れていないなんておかしいだろ!」
「見ての通りじゃ。どうやらこの迷宮は、何らかの隠ぺい魔法がかけられておる。たちの悪いことに、普通の人間では見破れないようにな」
「意味が分かんねーよ……いったい誰が?」
不安な表情を浮かべる瑛士に対し、ルリが勝ち誇ったような表情で話す。
「安心するのじゃ。この現象は人の手によるものではないぞ。迷宮由来のものと考えてよさそうじゃの」
「迷宮由来だと?」
「おそらく読書魔法の素質がある者しか見えぬようになっておるんじゃろうな」
「チッ……絶対悪意しかないだろ……」
「あきらめも肝心じゃよ、ご主人。それに、間違いなくこの迷宮内にわらわの探し物がありそうじゃぞ」
天井を見上げたルリが、いつになく真剣な顔で話す。
「お前の探し物か……いい加減、その正体が何なのか教えてくれてもいいんじゃないか?」
「……ちゃんと話したいのはやまやまなんじゃが、説明するのが難しいというか……実際に見せたほうが早いというか……」
「そうか。それなら早く見つけに行くぞ」
小さく息を吐き、優しい顔でルリに語りかける瑛士。
「いいのか、ご主人? わらわの探し物が気にならないのか?」
「気にならないと言ったら嘘になる。だが、言いたくないことを無理に聞くのは違うと思ってな。それなら早く見つけようぜ」
「ご主人……」
その言葉を聞いたルリは、目に涙を浮かべて瑛士に抱きついた。体を震わせて涙を流す彼女を見て、瑛士は落ち着くまで優しく頭を撫でていた。
「よし、すっきりしたのじゃ」
数十分後、泣き止んだルリは笑顔で瑛士に話しかける。
「それはよかった。それじゃあ、装備を整えて迷宮攻略を始めるとするか! でも、ルリは魔法が使えるから武器は必要ないよな?」
「いや、その……魔法のことなんじゃが……」
瑛士が声をかけると、何ともばつの悪そうな顔で煮え切らない返答をするルリ。
「なんだ? 魔法がどうかしたのか?」
「非常に言いにくいのじゃが……さっき結界を破壊しようとして魔法を使ったじゃろ?」
「ああ、たしかに使ったな。それがどうかしたのか?」
「あの時に、わらわも意地になってじゃな……全魔力を使い切ってしまったのじゃ」
「はあ? 全魔力を使い切っただと?」
ルリが暴露した衝撃の告白に、瑛士は呆れて項垂れる。
「お前……これからが本番だという時に何してくれてんだよ!」
「しかたないじゃろうが! わらわに楯突こうとした迷宮が悪いんじゃ。わらわは悪くない!」
「ドアホ! 普通はもう少し考えて使うだろうが! なんで全部使っちまうんだよ!」
「ふ、ふん! お主がちゃんと読書魔法を使うと言っておれば、こんなことになっていなかったのじゃ!」
そっぽを向いて責任転嫁し始めたルリに対し、頭にきた瑛士が応戦する。
「そうか。あくまでも俺のせいだと言いたいわけなんだな?」
「そ、そうじゃ! ご主人が悪いんじゃ!」
「よーくわかった。せっかく出発前の景気づけにソフトクリームでも買ってやろうと思ったが、気が変わりそうだな」
瑛士の言葉を聞いたルリの表情が一変し、この世が終わるような絶望的な雰囲気を漂わせる。
「そ、そんな……わらわはそんなつもりで言ったわけじゃ……」
「お、おい」
「うわーん! ごじゅじんが、ごじゅじんが……わらわのソフトクリームが……」
迷宮内に大号泣するルリの声が響き始める。
「ルリ、そんなに大きな声で泣くなって! 別にいじめてるわけじゃ……」
必死にルリを宥めようとした時、誰かが瑛士の肩を叩いた。慌てて振り返ると、険しい顔をした制服姿のガタイのいい強面の男性が立っていた。
「こちらはダンジョンの秩序を守る警備隊です。少女の泣く声が聞こえたため、フロアから駆け付けました。ちょっとお話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」
警備隊が満面の笑みを浮かべ、瑛士に顔を寄せる。
「えっと、あの……」
「こんな通路で話すのもなんですから、ちょっと事務所で話しましょうか? ゆっくり聞かせていただきますよ」
有無を言わさない圧力で瑛士の両肩を掴み、なすすべなく引きずられていく。その様子を見たルリは、涙を拭うふりをしながら笑みを浮かべ、小さく手を振る。
「ご主人、頑張るのじゃよ~」
「お前……やっぱり確信犯だろ!」
「何のことかサーッパリわからないのじゃ」
「このクソガキが! 後で覚えてろよ!」
「はいはい。お話は事務所でゆっくり聞くからね。黙ってきてもらえるかな?」
「……」
そのままフロアの一角にある警備事務所へ連れていかれた瑛士。
彼の言い分が通用するわけもなく、数十分にわたる説教をされることになった。
この後、さらなる災難が降りかかることになるとは、まだ知る由もなかった──
最後に――【神崎からのお願い】
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