第9話 私の想い、あなたの想い
アイクの悲しい叫びが響き渡り、私はあいつがここまでして想いを拒否する理由が少しだけ理解できた。
人は誰だって逃げたくなる時がある。その原因が自分にあるならなおさらだ。しかし、あいつの理由は聞き流す訳にはいかない。
「あんた……親友を殺したっていうの……?」
私が確認する様に問うと、アイクは私を睨みつけてきた。私を見るその眼は憎悪に染まっている。直後、アイクは言葉ではなく私に斬りかかるという形で答えを返してきた。
「黙れ! お前に俺の何が分かる!?」
そう叫んだと同時に一瞬で間合いを詰めてきたアイクに対し、私は身体を横に捻って避ける。だがアイクはすぐに対応して姿勢を崩しながらも横に剣を振ってきた。私も咄嗟に銃剣で受け流したが、危うく拳銃の銃身を斬られるところだった。接近戦ではロングバレルの拳銃は取り回しが良くない。しかも、アイクの攻撃はさっきよりも重くなっているのを感じる。
「あいつは親友だった……でも俺は……あいつを拒絶した。だから、あいつは死んだんだ! 俺はあいつを忘れないといけないんだ!!」
そう叫びながら再びアイクが迫って来る。しかし、動きは速いががむしゃらに突っ込んできているような攻撃は、まるで感情的に駄々をこねる子供のようだ。
「そんなに未練がましく思ってる時点で忘れらなんかしないよ! それに……あんたはとんだ思い違いをしてる!!」
私は反論しながらアイクの行動を抑えようと攻撃を受け止める。どうしてこんなに想いを受け取りたくないのかその理由も分かったし、それがとんだ思い違いであることも分かった。次はこいつを何とかして落ち着かせないといけない。
「何が思い違いだ! お前はどうせ……あいつの家族か、大事にしていた人間からの言葉を持ってきたんだろう!? "お前は最低な裏切り者だ"とか、"死んで詫びろ"とか、そんな言葉を!!」
私の考えとは裏腹に、アイクはますます感情的になっている。攻撃は滅茶苦茶で、魔法攻撃もろくに狙って撃ってこない。避けやすくはなったが、止めるのは至難の業だ。もはや理性ではなく、怒りと後悔だけで戦っている。いや、暴走していると言うべきか。
アイクは大振りな構えで剣を振りかざしてきたが、私は後ろに飛んで回避する。その直後に炎を飛ばして追撃してきたが、その魔弾は私の周囲に着弾して床を焦がすだけだった。
「マスター、スキャナーに多数の反応。敵の援軍と推定します」
ウラヌスが牽制の射撃をしながら報告してくる。この状態で援軍に来られたらアイクに想いを届けるどころの話じゃない。その前に決着を付けないと。
「あんたは本当に誤解したまま逃げ続けたいの? でも、私はそうはさせない。決着を付けて、あんたの言い訳がとんでもない思い違いなのを教えてあげる!」
私はそう宣言すると同時に、拳銃に銃剣を装着する。ロングバレルなのはこの形にできるようにする為だ。
アイクの攻撃は速く、力も強い。だが、焦りと苛立ちが混じっているせいで動きは読みやすい。なら、隙を作る事ができれば……。そう考えて私は両足の義肢の出力を上げて走り出す。しかし向かうのはアイクの方ではない。
「ウラヌス、10時方向から援護!」
私はウラヌスに指示を出して壁に飛び掛かる。そしてその壁を蹴って跳躍した。ウラヌスはそれに合わせて指示した方向に移動して援護射撃をする。
アイクは私の行動に一瞬驚いて反撃しようとするが、ウラヌスの援護射撃がそれを阻止する。そして私はアイクを飛び越え、ウラヌスの方へ飛び込んでいく。
「おりゃぁぁぁ!!」
その勢いのまま、私はウラヌスの肩を足場にして更に跳躍する。さらに加速を付けた私はアイクに突っ込む。この動きは想定していなかったようで、アイクは剣を両手で構え直して慌てて受けに回る。だが、その目は動揺と苛立ちで揺れているのが分かる。私は着剣した拳銃で発砲する。スタンモードでも当たれば行動不能な威力だ。アイクはそれを予期していたのか、炎の壁を展開して銃撃を防ぐ。狙い通りだ。
「……何!?」
炎で視界が遮られたアイクは手前で着地して横に飛んでいた私を見失った。その隙に、私は死角からアイクの懐に飛び込む。私がそのまま正面から突っ込むと思っていたのか、アイクは反応が遅れた。私はそのチャンスを逃さず、銃剣を叩きつけるようにしてアイクの剣を打ち払う。咄嗟のことでアイクはつい剣を手放してしまい、その剣は遠くへ弾き飛ばされる。そして私は彼の正面に銃口を向けた。
静寂の中で、アイクは荒い息を吐きながら拳を握りしめている。自分が負けたことが信じられないといった顔をしているが、勝負は着いた。
「……落ち着いて、話を聞いてくれない?」
私は落ち着かせるように、ゆっくりと語り掛ける。それでもアイクは魔法を展開しようと魔力を溜める。私も警戒して銃を降ろせない。
「あなたがマスターを撃つ前に、私が引き金を引きます。抵抗は無意味です」
そう言ってウラヌスもライフルを向けている。アイクは動かず、打開する方法を考えているようだ。しかし、私たちも悠長に待っているわけにはいかない。
「このままだと、あんたを病院送りにしてでも話を聞いてもらうしかない。ずっと戦うのも疲れるだけでしょ? だから、このまま仕事させてくれないかな」
私はもう一度説得を試みる。しかしアイクは何も言わず、視線を一瞬だけ入口の方にちらりと向けた。恐らく援軍が来るまでの時間稼ぎをしているんだろう。私は顔には出さなかったが、内心では焦りだしていた。
「あなたの考えているプランは失敗です。スキャナーの反応はもう消えています」
ウラヌスの言葉にアイクは目を見開く。やはり時間稼ぎを考えていたようだ。しかし、その企みも失敗した。それを示すように、入り口の扉が開かれる音がする。私は背を向けているから見えないが、誰が入ってきたのかは察する事ができる。
「勝負あったかしらね?」
まるで劇の幕引きを楽しんでいるようなレルワさんの声が響いた。私がちらっとそっちを見ると、レルワさんは余裕に満ちた表情で大鎌を軽く肩に担ぎ、片手でトランクを持ったままこちらへ歩いてきている。
アイクはようやく敗北を実感したのか、うなだれるように顔を下げた。
「そんなに……俺を悲しませたいのか?」
「まだ言ってるの? それはあなたの思い違い。それじゃあ……あなたへの想いを届けましょう」
まだ勘違いしているアイクに少し呆れつつも、私は鞄からタブレットを取り出してゆっくりと画面をアイクに向けた。
画面に映る人物の顔が映し出されると、アイクは一瞬息を呑んだ。
『……これでいいのか? カズト、聞こえてるか?』
再生された声を聞いた途端、アイクは画面を凝視する。今起きていることが信じられないと、夢を見ているんじゃないかと、その表情が語っている。
『俺は生きてる。奇跡だって騒がれたけどな。俺の意識が回復しない間に、お前が転生したらしいと聞いた。だから、ここで俺を想いを届ける……悪かったな。あの時はお前の性格をよく考えてなかった。内気だったお前に、とても悪い事を言った。許してほしい……いや、許さなくてもいい。でも、お前が転生してまで苦しむことじゃないんだ――』
続く言葉を聞いてアイクは自然と涙を流していた。
「ユウヤ……生きてたのか。あの時、喧嘩別れして……事故に遭ったって聞いて……絶望的だって聞いて……」
アイクが小さな声で呟いている。言葉を詰まらせ、肩が小刻みに震えている。長い間抱えていた罪悪感が、一気に崩れ去っていくのが分かった。親友を殺したんだと思っていた誤解は解けたようで、その必要のない後悔は涙となって洗い流されている。
ようやく、彼は想いを受け取ってくれた。誤解から生まれた後悔と、それから逃げる為の転生。逆に言えば、アイクは親友の事をそこまで想っていたとも言える。それが彼をここまで追い詰めた原動力だった。今、彼は魔王ではなくひとりの心優しい青年に戻っていた。
『正直、お前にこの気持ちを伝えられないと思うと辛かった。でも、このサービスを見つける事ができて、本当に良かったって思ってる。もし、これがお前の元に届いて、俺の想いが伝わったら本望だ。そっちの世界で楽しくやってることを祈るよ。じゃあな』
その言葉を最後に、メッセージは終了した。映像が消え、黒くなった画面にはアイクの泣き顔が映っている。私はゆっくりとタブレットを鞄に戻した。勘違いから始まり、いくつかの異世界を巻き込んだ逃走劇もようやく終わったのだ。
「最初に転生してから……ずっと思ってたんだ。本当はこんな風に逃げるべきじゃないって。でも、それを正すことができなかった……だから、全てを忘れて本当に新しい人生を歩んでるんだと思い込んでいた……」
アイクが独り言のように語りだす。その気持ちは私にも分かる。辛いものには蓋をしたい。私だって、そうしたい。
「なあ、元の世界に戻る方法はないのか? あいつにまた会ってみたい……」
アイクは私に期待するような目を向けている。しかし、私はそれに応えられない。
「それは限りなく不可能です。一度転生した魂は、元の世界に戻る事はできません。魂は一方通行で世界を移動します。それが転生なんです」
アイクの表情が凍りついた。希望が、絶望に塗りつぶされて、そのまま崩れ落ちる。顔は見えないが、絶望の表情をしているのは分かってしまう。非情に聞こえてしまうが、下手に希望を与えてしまうよりは良いと思う。もし希望があると思ったら、彼はきっとまた転生を繰り返すだろう。
転生は――便利な人生やり直し装置なんかではないのだ。
「俺は……もうあいつに会えないのか……俺がそうしたってことなのか……」
アイクの涙が床に零れて染みを作っている。その悲しみは、私にも分かる。何故なら――私も《《転生者》》なのだから。
でも、完全に希望が断たれた訳ではない。アイクの心が分かるからこそ、私はこの言葉を伝える。
「一度転生した魂は普通は戻れない。でも、"配想員は仕事であれば"どんな世界へも行くことができるわ」
私はその希望を口にする。その言葉は私にとっての希望でもある。
私の言葉を聞いてアイクははっと顔を上げる。その眼には希望の光が見え隠れしていた。
「本当なのか……? 配想員になれば、元の世界に行けるのか」
「仕事があればという条件はあるけどね。でも、配想員の仕事はそんなに甘いものじゃないわ。あなたはその覚悟が持てる?」
私は肯定する。配想員は転生者への想いを届けるのが仕事。だから、配想相手さえ居れば、その世界へ行くことは可能だ。しかし、配想員は易しい仕事じゃない。現に私は普通の人間では無くなっている。
「配想員になれば、俺も……だけど、俺にはできない。俺は前の配想員を傷つけた……もしかしたら……その人を殺してしまっていたら……」
アイクがそう言って頭を抱えている。それを聞いて私もベルタの事が気がかりになってしまう。まだ、彼女は眠っているのだろうか。もしかしたら……。
「その心配は不要だ。ベルタの意識はもう戻ってる」
唐突に聞こえてきた声に、私もウラヌスも、アイクもレルワさんも驚いてそちらへ振り向く。
そんな私たちを見て、ライマン所長は肩をすくめて見せた。