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第8話 配想員と転生魔王

『銀河時間20時07分 場所、第352世界 チノン・ボーデンプラウトが記す。

この世界を説明する言葉が見当たらない。正確には、この世界がどんな所だったのかが把握できない。魔法、モンスター、恐怖支配、魔王――もう何でもありな状態だ。こんな混沌の世界で、あの転生者は何を考えているんだろうか――』


「マスター、今は記録を取る状況ではないと思いますが」

「分かってるよ。でもここ以外で記録できる時間があると思う?」


 書いてる途中でウラヌスが冷静に突っ込んでくるが、私だって今やりたくてやっている訳では無い。この先記録ができる機会が無いかも知れないと思うと、今書いておいた方が良いのだ。


 352世界に到着したまでは順調だった。しかし入ってすぐに、私たちはこの世界から地獄のような歓迎を受けることになる。モンスターの襲撃は序の口で、どう見ても悪の手先みたいなならず者集団、果ては邪悪な魔法使いまで襲いかかってきた。襲ってきたならず者をぶちのめして誰の指示か問い詰めると、けしかけてきたのは2か月前にこの世界に転生してきた転生者――自らを"魔王"と名乗る存在だと言っていた。おそらくそいつがあの転生者――アイク・ナルバスだろう。しかし、逃亡者のはずがなんでこんなに目立っているのか。逃げてる自覚があるのだろうか……まあ私としては見つけやすいから手間は省けるのだが。


 私は何度目かの襲撃を撃退し、今はウラヌスと廃屋に身を隠している。束の間の休息だが、この先こんな風に休息ができる保証は無い。外ではレルワさんが魂を回収している。もう随分と回収している気がするけど、あのトランクにはどれだけの魂を収容できるのだろうか……いや、それ以前にどれだけ回収ノルマを課されているのだろうか。あの人は向こうでどこまで仕事をサボっていたのだろうか。クビになっていないのが不思議に思えてきた。


「ちょっとー。まだまだ回収し足りないんだから、早く行きましょうー?」


 レルワさんが元気に呼んでくる。私は本当にとんでもない人と組まされているみたいだ。まあ多少の疲れも取れたし、また襲撃されると考えたら早く移動する方が良いだろう。そう考えて私はウラヌスに出発を告げて先へと進むことにした。


  ●


「……ウラヌス、目的地までの距離は?」


 私は周囲を警戒しながら尋ねる。ついさっき最後の魔物を倒したばかりだが、全く安心できる状況ではない。


「"魔王"と呼ばれる者の拠点はここから西北に2キロの所です」


 ウラヌスがライフルの残弾を確認しながら方向を指してくれる。そっちを見れば、遠くに城のような建物が見える。きっとそれが目的地だろう。だけど……あそこまでたどり着けるだろうか。少しずつ不安がよぎっていく。


「パワーパックはあと4個か……ウラヌスは?」

「こちらは3個。1個で500発と考えて残り1746発と想定します」


 私はしっかり弾数を数えてるウラヌスの律義さに感心しながら銃のパワーパックを交換する。軍用と言っても1個で50発。あと200発しか私には残されていない。

 私たちが先の心配をしている中で、レルワさんはそれはもう暢気に魂を回収している。魂は見えないがトランクが光っている事があるので、回収しているのはなんとなく分かる。

 レルワさんは回収ノルマが減らせて満足しているような笑みを浮かべている。そこに戦闘の疲れは見えてこない。武器だって、最初の襲撃で敵から奪った剣をまだ使っている。私の勘が正しいのなら、この人はまだ本気を出していない。この程度の相手に本気を出す必要が無いのだろう。


「マスター、7時方向に新手です」


 そう言われて私もそっちを見ると、武装したならず者集団がまた向かってきていた。しかも今までより数が多い。まるで波のように何度も押し寄せてくる。そうしないと自分たちが粛正されるとでも言いたげに、奴らは私たちを追い立ててくる。


「参ったわね……これじゃあキリが無い」


 私は銃を構えるが、できれば残りの弾薬は魔王との戦いに取っておきたいところだ。しかし銃なしで立ち向かえる数じゃない。


「ねえチノン。あなたはあの転生者に想いを届けたい?」


 突然レルワさんが声を掛けてきた。こんな時に一体何を話しているんだこの人は。


「すいません。今は冗談を聞く余裕がありません」

「冗談じゃないわ。あなたは本当にその想いを届けたいの?」


 再び尋ねてくるレルワさんの表情が真剣なものに変わっている。それで私も彼女が本気で問いかけてるのだと分かった。この状況でそれを聞く意図は分からないが、答えは決まっている。


「届けたい。それがどんな想いだろうと、想いは届けられないといけないの。私も含めてね」


 私は答えを突き付けた。するとレルワさんは私のことが理解できないといった表情で私を見る。


「それがどんなに否定されようと? あなたは命を賭けてでも想いを届けるって言うの?」

「届ける。想いを届けることを諦めたら、私もなんで生きてるのか分からなくなるから」


 私の答えに嘘はない。配想員が想いを否定したら、こんな仕事は成り立たない。私だって配想員になっていない。だから、この気持ちだけは持ち続けないといけない。

 レルワさんは私の言葉を聞くと、今度はとても面白いと言いたげな笑みを浮かべて私たちの前に立った。


「あなたの決意。本当に凄いわ……だから、ここからは私が全て引き受けてあげる。あなたは達は想いを届けに行って。その決意がもたらす未来を見せてちょうだい」


 レルワさんは振り向かずに先に行けと言い、持っていた剣を投げ捨てる。代わりに腰に付けていたあの鎌を手に取る。すると、鎌が黒いオーラに包まれたと思った途端、それは瞬時に拡大した。その刃渡りはレルワさんの身長とほぼ同等に見える。これがきっと、あの鎌の本来のサイズなのだろう。


「さあ、我が相棒"夜の舞踏会(ノクテム・ヴェイル)"よ。今宵の宴を楽しもうぞ!」


 レルワさんは大鎌に語り掛けるようにそう言って敵の集団に突入する。敵の集団も対抗して武器を振りかざすが、それよりも先にレルワさんの鎌が黒い軌跡を描いてならず者たちを吹き飛ばした。その身のこなしは、本当に舞踏会の舞を踊るかのように見える。


「マスター、今がチャンスです」

「……うん。行くよ、ウラヌス」


 ウラヌスに促されて私は前を向く。一瞬だけ、レルワさんの方に振り返る。しかし彼女は振り返らず、ただ敵の群れの中で踊るように戦い続けていた。言葉は無いが早く行けと訴えているのを感じる。

 私はそのままウラヌスと戦場を後にする。今はただ、想いを届けるために進むしかない。


  ●


 レルワさんと別れてからは、さっきまでの忙しさが嘘のように進みやすくなった。些細な小競り合いはあったが、レルワさんが派手に暴れているおかげで、敵は殆どそっちへ向かったように見える。そのお陰で弾も温存できた。それでもパワーパックはもう2個しかない。


「ここよね……」

「情報通りなら、ここで間違いないでしょう」


 私は目的地の城に辿り着いた。ありふれた見た目の西洋風の城だが、その姿は廃城そのもので、私たちを拒絶するような空気を出している。城門は開いていて、見張りも立っていない。


「罠の可能性は?」

「スキャナーは生命反応を検知していません。怪しい反応も無いようです」

「ふむ――なら行きましょう。後ろを頼むわ」


 どうやら罠でも待ち伏せでも無いらしい。私はひとつ深呼吸すると、ウラヌスに合図して城門を潜った。周囲の警戒を解かず、慎重に進んでいく。玄関ホールを抜け、廊下を慎重に進み、やがて応接間なのか、謁見の間なのか分からないが広い空間に出る。この場所の空気は明らかに他と違っている。あいつが居るのなら、きっとここだ。


「スキャナーに生命反応。前方です」

「ようやくご対面ね」


 ウラヌスが言った通り、奥から誰かが近づいてくる気配がある。ここに明かりが無いから、その顔はまだ見えない。しかしそいつが窓の前に出ると、月明かりでやっとその姿を見る事ができた。


「……お前は配想員か?」


 低い声で若い男が私に問いかけてきた。ボロボロの鎧に生気の薄い肌色と、とても魔王には見えないが、その背後にとてつもない憎悪を感じ取れる。ただの人間が背負えるモノじゃない、憎しみが形を持ってそこに在るかのようだ。

 そいつの短い金髪が月明かりを浴びて煌めいているが、蒼い瞳は暗く澱んでいてそこに光は無い。見えるもの全てが絶望だと言っているような顔だ。


「ええ、配想員、チノン・ボーデンプラウトです。ここでの名前が分からないので、代わりにアイク・ナルバスさんと呼ばせてもらいますね」


 私は確認のためにその名を口にする。その名前を聞いた魔王は一瞬でその表情に苦悶の色を浮かべる。


「その名を呼ぶな! お前は……俺を追いかけてきたのか!?」


 今にも錯乱しそうな叫びで、そいつは私を睨みつける。目的の転生者で間違いないようだ。


「そうです。転生者、アイク・ナルバスさん改め、モリムラ・カズトさん。想いを届けに来ました」


 私はアイク・ナルバスの本当の名前を口にする。その瞬間、アイクは私に向かっていきなり長剣を振りかざしてきた。


(速いっ……!?)


 予想を超えた速さに私は一瞬狼狽える。しかしその剣はウラヌスの腕が受け止めてくれていた。剣を受け止めたウラヌスの腕は半分斬られていて、時々火花が上がっている。いくら頑丈だからって無茶をしてくれる。今はそれに感謝しないと。


「マスター、この転生者は危険です!」


 ウラヌスは私を下がらせてアイクを迎え撃つ。アイクは私が義肢で出せる速度よりも速く動いている。普通の人間ならまず反応できない速さで、あのウラヌスが守勢に回っている。


「まだ追ってくる……! あいつが、あいつの亡霊がどこまでも追ってくる……だからここでお前を消す! その為に俺はこの世界を屈服させた……力も、権力も、世界の運命すらも、全て俺が支配する!!」


 アイクの叫びに私も流石に困惑する。想いを拒否するためだけに、世界を支配した? 馬鹿げている。自分のエゴのためだけに世界を塗り替えたのか。こいつ、本当に救いようがない大馬鹿野郎だ。

 アイクの叫びと共に左手が炎を纏いだした。魔法攻撃なのは明らかだ。


「避けて、援護する!」


 魔法攻撃を繰り出そうとするアイクに私はスタンモードにしたレーザーを撃ち込む。しかしアイクは撃った後にそれを回避して見せた。そして回避姿勢のままで炎の塊を私たちに飛ばしてくる。私が床を転がって回避すると、アイクはその隙を突いて斬りかかってくる。咄嗟に私も銃剣を突き出してそれを受け止める。

 刃物がぶつかり合う音が響き、互いに剣と腕を押しつけ合う。そして私たちは正面から見つめ合った。


「そんなに想いを拒否したいの? そんなに前の世界であなたを想う者の気持ちを否定したいの!?」

 

 私は正面からアイクに問いかける。それを聞いたアイクはもはや憤怒とも言える表情になっていた。


「そんなの不要だ! 俺はもうあいつを忘れた……いや、思い出すことがもはや罪なんだ!!」


 アイクがそう叫んで後ろに下がって鍔競り合いが終わる。しかし長剣相手では銃剣は不利だ。さっきの押し合いも、右腕の義肢を最大出力にしてやっと拮抗した。こいつは規格外の化け物と呼ぶに相応しい力を持っている。正面から挑むのは不可能だ。


「俺は……どうしようもないバカなんだ……」


 私は攻撃に備えて身構える。しかしアイクは剣を構えたまま、まるで自分に言い聞かせる様にぶつぶつと呟いていた。まるで自分に暗示を掛けているようにも見えるが、私は警戒しつつ距離を取る。


「俺は……俺は……」


 アイクの呟きに段々感情が入り込んでいく。そしてそれが爆発したのか、城中に響き渡りそうな声で叫んだ。


「俺は……親友を殺した! たったひとりの親友を!!」


 それは逃れられない運命を呪っているかのように、悲しい叫び声だった。

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