第7話 想いを届けに
レルワさんの放った言葉が、私の中で反響していた。
転生者を見つけた? ベルタを襲い、世界から逃亡までしてのけたあの転生者を?
そこまで理解したとき、私はいつの間にかレルワさんに詰め寄っていた。
「本当ですか!? 一体どうやって?」
思わず声が強く出てしまう。気づけば私はレルワさんに詰め寄っていた。探すべき転生者が見つかるとなれば、私の興奮も高まっていく。
レルワさんは少し驚いたように目を瞬かせたが、すぐに余裕の笑みを浮かべた。
「そんなに興奮しないで。まずは一度帰りましょう?」
「……そうですね。まずは支所に帰りましょう」
レルワさんに言われて私も一度帰る方が良いと思い、ウラヌスが起動した異界連絡路で1233世界を出て行った。
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支所に帰ってシャワーを浴びてから、レルワさんは皆をラウンジに集めた。待っている間にレルワさんはまた私のお気に入りの茶葉で紅茶を飲んでいた。しかし今は気にしない。
所長が「すまない、遅れた」と言いながら入って来て、これで全員が揃った。
「じゃあ始めましょう。相手の逃亡先を特定した……正確には転生で使ったルートを割り出したってところね」
レルワさんは紅茶を飲みながら説明する。少し表現に誇張がある様だが、ルートが分かってるなら話は同じだろう。
「一体どうやって? 機関の調査でもまだ手掛かりが無い状況だぞ」
所長も驚いている様子で、顎に手を当ててどうやって特定したのか考え始める。
「本当は偶然だったんだけどね。さっきの世界で追ってた違法転生者がね、あの転生者らしき人の逃亡を手助けしたみたいなの。2ヶ月ほど前に来て、そいつに見つからない転生ルートを与えたって言ってたわ。それ以上は魂が送還されて聞けなかったけど」
レルワさんは面白そうにクスクス笑っている。きっと本当にこの状況を楽しんでいるのだろう。
「その見つからないルートって、どう割り出したの?」
「魂の移動するルート。これは基本的には決まった道しか無い。あなたたち《異世界連携機関》はこの道の入り口と出口だけを観察している……それで合ってるかしら?」
私は先に進めるために質問する。レルワさんはやや説明口調で転生時の魂の移動について説明し始めた。
「概ねそんな感じだ。まさかその転生者は無理やり入り口を作って移動したと?」
「残念。それならあなたたちももっと足が掴めるでしょ? いきなり入り口ができたら流石に気付くし」
所長が説明を聞いて答えるが、レルワさんは面白そうに笑いながらそれを否定する。勿体ぶらないで早く教えて欲しい。
「正直私も驚いたわ。その逃げ方は、言わばルートの逆走。簡単に言えば逆転生……と言えば良いかしらね」
紅茶を口に運んだレルワさんの表情がふと真剣になる。その言葉が出たとき、ラウンジの空気が一瞬で変わった。
「魂の逆走……?」
ウラヌスが機械的にその言葉を繰り返し、所長が目を細める。私は思わず息を呑んだ。転生のルールを理解している者なら、それがおかしい言葉なのは誰でも分かる。
「そんなこと、理論的にありえない……!」
私はつい声が出てしまう。宇宙を移動する魂は基本的に同じ方向にしか移動しない。一度と通った道を戻って行く事はできない。魂は一方通行で世界を移動する。それが常識だと教えられていた。
「確かにありえない。でも不可能でも無い。逆走とは言っても、既存の転生ルートをそのまま遡る訳じゃ無い。例えるなら……川の流れに逆らうように、新しい支流を作り、本流とは逆方向へ魂を流しているって言えば分かるかしら?」
レルワさんの例えで私も少し理解できるようになった。しかし、それだと――。
「それってつまり……転生前の世界に戻ることも可能ってことですか?」
私は無意識のうちに、そんなことを言っていた。転生したら元の世界には戻れない――そういうものだと思っていた。もしその常識が覆るのなら、転生自体の意味が大きく変わってしまう。
そんな考えが一瞬脳裏をよぎるが、レルワさんは「そう簡単じゃないわよ」と軽く笑っていた。
「逆方向に進むと言ってもそれが元の世界に繋がるとは限らない。これはあくまで魂の身を隠すための手段。一度転生してしまった魂は、前の世界との繋がりが完全に断たれる。例え戻るルートを作ったとしても、元の世界が正規の入り方をしていない魂を受け入れる保証は無いわ。世界だって不純物は受け入れない。世界に馴染めない魂まで受け入れる道理は無いわ」
レルワさんが落ち着いた口調で説明してくれて、私も冷静さを保つことができた。逆転生は隠れるためには使えても、元の世界に戻るための手段にはならないということが分かって私は少しホッとする。
「それを実行できたという事は……力のある違法転生者か犯罪組織といった裏家業を頼ったという事か?」
所長はいつの間にかコーヒーを手に考えを纏めていた。こんな方法は普通の転生者には不要だ。身を隠す必要に迫られた者でないと知ることは無いだろう。
「そうね。私が刈り取った違法転生者はまさしくその稼業の斡旋者。非合法の裏ルートで身を隠すビジネスでお尋ね者になった奴よ」
レルワさんは飲み干した紅茶のお代わりを入れながら話を続ける。まさかこんな偶然があったとは驚きだ。
「そんな奴と繋がっていたなんて……転生勇者が聞いて呆れるわね」
「それは誤解よ。そいつの話だと、その転生者は既に何度か転生をしていたらしいわ。とにかく逃げたいから、見つからないやり方で何処かへ送ってくれと頼んできた……だそうよ」
レルワさんが私の考えをやんわりと訂正してくれる。しかし、私には新たな疑問が湧いてくる。
「何度も転生を……そこまでして、逃げようとするの? まるで私たちから逃げてるみたいじゃない」
逃走のために何度か転生していたと聞くと、過去の世界には逃げたくなる何かがあるとしか思えない。そんな世界からの想いを、果たして受け取ってくれるだろうか。そんなに、辛い心を抱えているのだろうか。
「それじゃあ本題だ。その転生者は今どの世界に居る?」
所長が遂に本題を切り出した。ルートが分かっているならもう行き先も判明している筈だ。その言葉で、私たちはレルワさんに注目する。
「それを言う前に、死神並行組合とあなたたちのデータを照合しないと。その世界の呼び方が違うから、ね」
確かに、機関と死神並行組合では世界の分類方法が違う。照合が必要なのは分かるが、今はそんな余裕を見せるよりも仕事をして欲しい。
「なら早くしましょう。急がないとまた逆転生で逃げるかも」
「そこは心配しなくて良いわ。逆転生はね、一度使うとまともな転生ルートが使えなくなる場合が殆どよ。本流から外れた魚が集団に帰れないようにね」
私の焦りにもレルワさんは動じず、いつもの感じで話している。この人は本当に自分を崩さない。なんとなく、動揺し続けている私が情けなく見えてしまった。
「じゃあ早いとこ照合してしまおう。資料室に来て貰えるかな?」
所長がそう言って部屋を出ようとする。レルワさんは微笑を浮かべながら軽く肩をすくめて立ち上がり、面倒くさそうな足取りでその後に続いた。
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「ウラヌス、パワーパックどこ?」
私はいつも以上に入念に装備をチェックしている。ウラヌスは自己診断機能で状態チェックをしながら「右の棚です」とだけ返してくる。私は言われた場所にあった銃のパワーパックを手に取って腰に付ける。所長が闇ブローカーから手配してくれた軍用のパワーパックで、これなら弾数と威力を増やせる。こういった非正規品を融通できる所長は流石としか言えない。
「緊急用バッテリーパックの充電完了まで残り9分。マスター、私は先月これを充電するように頼んだと記憶していますが?」
ウラヌスが痛いことを言ってくる。確かに言われたが、緊急性は無いと思って忘れていた。
「悪かったわよ。それより情報はしっかり読んだ?」
私はつい話を逸らす。データの照合から判明した転生者の逃亡先――第352世界。少し前にその世界の情報を聞いて私も驚いていた。
「はい。352世界の文明スケールは『タイプ1ベータ及びエマージェンス』……魔法概念と極度の混乱状態が確認されています」
ウラヌスの読み上げる情報は正確だった。観測情報だけでははっきりしないが、どうやその世界では転生者によって混乱が引き起こされているらしい。それがあの転生者――アイク・ナルバスである可能性は非常に高い。逃走の果てに、この転生者は何をしようとしているのだろうか。
「備えは最大限に。相手が逃げる心配は無いと思うけど、戦闘は避けられないわ」
私は愛用の銃剣を取り出して刃こぼれが無いか見る。元は配想先の世界で拾ったものだが、今までこれには何度も助けられている。困ったときに何度も道を示してくれたから、ウラヌスはこの銃剣に「パスファインダー」なんて大げさな名前を付けた。まあ、悪い名前じゃない。
「用意周到ね。このままじゃ待ちくたびれちゃうわ」
暢気な声と共にレルワさんが入って来た。見た目はいつも通りだが、ひとつだけいつもと違うところがある。
「レルワさん、そのトランクは何ですか?」
私はレルワさんが持っている大きなトランクを指して尋ねてみる。するとレルワさんは不思議そうにそれを持ち上げて見つめていた。
「これ? 魂収監用具だけど。大容量タイプの。戦闘するなら魂の回収ノルマが捗るからね」
どうやらレルワさんは魂の回収もするらしい。しかも大容量ときた。向こうで何が起きるのか想定しての事だろう。
私の考えを余所にレルワさんはそのトランクに腰掛けて私たちを待っている。あまり待たせるとまた昼寝しそうなので、点検を終えた銃剣をしまって最後に忘れ物が無いかチェックする。
「オッケー、準備完了。ウラヌスは?」
「バッテリー充電完了。問題ありません」
私とウラヌスは同時に準備を終える。ウラヌスはそのまま異界連絡路の設定を始めた。
私はやけに緊張している。この配想は今までの仕事とは何かが違う。そんな予感が頭から離れなかった。しかし、想いを届ける事に迷いは無い。どこまで逃げても、転生前に捨ててきた繋がりは消すべきでは無い。いや、消したらいけないのだ。
やがて異界連絡路が開くと、私は息を整えて覚悟を決めた。
「よし、想いを届けに行くよ」