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第3話 配想員と死神と

『銀河時間14時03分 場所、第2531世界 チノン・ボーデンプラウトが記す。

 この世界は「短絡的」過ぎる。どこの国も軽率な理由で、まるで息をするように戦争している。まるで戦争してないと死んでしまう世界かのようだ。私が言うのも何だが――』


 私が手帳に記録を残していると、すぐ近くで砲弾が炸裂した。舞い上がった土が降り注いできたので、私は慌てて手帳をしまう。


「マスター、また砲撃が始まりました」


 外を見ていたウラヌスが淡々と報告してくる。そんな事はこの状況を見れば誰だって分かる。

 私たちは今無人の塹壕に身を隠している。今回の仕事先である2531世界は情報通り戦争の真っ只中で、到着早々戦闘に巻き込まれた。目立つ訳にもいかないので、私たちは主戦場を避けつつ配想先の転生者の情報を探って場所を転々としている。近い所に転生者が居るのは分かったが、この戦場で探すのは大変そうだ。今は休憩がてら、ここに残されていた無線機をウラヌスが弄って情報を集めている。アナログ技術は専門外だから、こういう時はウラヌスが頼りになる。


「しつこいわね。ウラヌス、何か分かった?」

「転生者らしき人物を発見。通信内容から推測して、ここから北東約5キロの場所で指揮を執っているようです」


 通信を傍受したウラヌスから嬉しい報告が来る。こういう時のウラヌスは本当に頼もしい。もう少し可愛げがあれば良いのだが、それはきっと無理だろう。


「良い情報ね。砲撃が止んだら移動する。今のうちに準備して」


 私は指示を出しながら立ち上がる。そして隣で昼寝しているレルワさんを見て、その豪胆さに感動しそうだった。どうしてこんなに余裕で寝れるのだろうか。


「レルワさん、移動するから起きてください」


 私が彼女の肩を揺すると、レルワさんは盛大な欠伸と共に目を覚ました。


「ふわぁぁぁ……もうちょっと寝かせてよ。こんなんじゃ私の魂は壊れないし」

「あなたの基準で考えないでください。戦場を突っ切りますからせめて自衛の準備をしてください」

「えぇ……まぁ面倒くさいけど仕方ないわね」


 レルワさんは面倒くさそうに動き出す。少しは死の危険というものを感じて欲しい。と言っても死神であるレルワさんは物理的に死なない。撃たれようが切られようが一時的にダウンするだけだ。まあ私も機械義肢にした影響で物理的な成長は止まっているからある意味では"死んでいる"とも言える。だからと言って本当に死ぬ気はないけど。

 レルワさんは塹壕に落ちていた短機関銃を拾って使えるか確認している。私は彼女が腰に付けている手のひらサイズの小さな鎌を使うのかと思ったが、私の予想は外れたらしい。


「こっちでも良いんだけどね。こういう時は銃の方が良いでしょ?」


 私の心を読んだのかレルワさんはそう言って腰に付けた鎌をぽんぽんと叩く。やっぱりアクセサリーでは無いみたいだ。私も愛用のレーザーピストルと銃剣を取り出して点検する。本来自衛以外の戦闘は禁止だが、この状況で規則も何もあったもんじゃない。

 全員の準備が終わると、私たちはいつでも動けるように身構える。ふと後ろを見ると、レルワさんはどこか楽しそうな表情で私を見返してきた。もしかしてこの状況を楽しんでるのかな?


「マスター、あと20秒で砲撃が止まるかと」


 ウラヌスが砲撃の間隔を分析してタイミングを図る。私は無言で頷いてそのタイミングで動くと伝えた。そして20秒待つと、予想通り砲撃が止んだ。静かになった戦場はそれはそれで不気味さを感じる。


「行くよ。ウラヌスは先導して。レルワさんは後ろにお願いします」


 私の合図でレーザーライフルを構えたウラヌスが先導する。その後ろに私、更に後ろにレルワさんが続く。周囲を警戒しながら私たちは指揮所があるという方角を目指して静かな戦場を駆ける。時折遠くから銃声や砲声に混じって誰かの断末魔が聞こえる。この世界では人の命はとことん軽いようだ。私は時折聞こえる悲痛な叫びを無視して先を急いだ。


  ●


 ウラヌスの情報通り、進んだ先には指揮所らしき場所があった。そこでは立派な階級章を付けた男が指示を出しながら歩き回っている。あれが指揮官だろう。


「エコースキャンが痕跡を検知。あの指揮官が転生者かと」


 ウラヌスの報告で私も物陰からそいつを見る。長年配想員をしてきた私の勘も、そいつが配想先だと囁いていた。


「まずは配想先の特定完了ね。次はどうやって届けるか……」


 私は周辺を見回してどうやって近づくか考える。指揮所の近くまで来れたのは幸いだったが、数十人の兵士をやり過ごして近づくのは不可能だろう。一戦は避けられそうに無い。


「私に良い案があるわよ?」


 私は作戦を考えてると、突然レルワさんが介入してきた。その表情はやはりこの状況を楽しんでいるかのようで、どことなく不安を感じてしまう。


「聞いてもいいですか?」


 私が話を聞くと、レルワさんはかなり大胆な提案をしてきた。私は思わず声が出そうになるが、成功すればかなり仕事が楽になる。そんな提案ができるのなら、きっとこの人はそれができるのだろうと判断して私はその作戦の実行を決めた。


 ――10分後。

 静かだった指揮所が悪夢のような大混乱に見舞われていた。


「敵襲!!」

「至急応援を!」

「敵はどこだ、敵は!」


 指揮所には怒声、銃声、そして兵士の断末魔が絶えず響いている。その中心にはレルワさんが居た。


「これじゃつまらないわ……もう少し遊びましょう?」


 レルワさんはまるでダンスでもしているかのように華麗な右ステップで横薙ぎの銃撃を加える。レルワさんは終始笑顔で、倒れた兵士から魂が抜けていく瞬間をまるで慈しむかのように見ている。しかし、その瞳には慈愛の色など微塵も無い。


「どうせみんな消えるのよ。遅かれ早かれ、ね」


 そう言いながらドレス姿で戦場を飛び回っている彼女の姿は、まるで死と言う花を飛び交う蝶のようだ。しかしその羽ばたきに美しさや可憐さなど存在しない。その羽からは人間には抗えない絶対の恐怖――「死」が撒き散らされていた。あれが死神というものなのだろうか。


「レルワさん、すごい……」


 私はウラヌスと共に遠くでその様子を見ていたが、あんなに面倒くさそうにしていた態度からは想像できないくらい戦闘慣れしている様子に言葉が出ない。少しあの人が怖くなってしまった。それでも作戦は上手くいっている。指揮所が襲撃されたとなれば、指揮官は安全のために退避する筈だ。私たちはそれを見計らって近づく算段だった。


「マスター、脱出する集団を見つけました。転生者も一緒です」


 予想通り、ウラヌスは脱出する転生者を見つけてくれた。ここからは私たちの番だ。


「近くに来たらやる。援護は任せた」


 私は隠れて転生者が通るのを待つ。そして近くまで来た瞬間に飛び出した。飛び出してすぐに護衛を拳銃で殴り倒す。出力を上げた右腕の義肢で殴られたそいつは一瞬の呻き声を上げて崩れ落ちる。戦闘は避けられなくても、できれば殺しは最小限にしたい。突然のことで他の護衛は狼狽えていたが、その隙にウラヌスが挟撃で護衛を殴り倒す。私も残りを倒してから指揮官に拳銃を向ける。まずは武装解除させないと仕事ができない。


「武器は捨ててください。殺しはしません」

「くっ……何なんだお前は」


 指揮官は悔しそうな表情を見せるが、抵抗できないと判断して銃を捨てる。それを確認して私も銃を下ろした。


「手荒な真似で申し訳ありません。私は配想員のチノン・ボーデンプラウトと言います。転生者、アーヴィルさん改めコニシ・テツロウさんにお届け物です」


 私はいつもの名乗りをしてから、鞄にしまっていた依頼品を差し出す。それは古風な懐中時計だった。理由は不明だが、彼は今の世界に不満を抱いて転生したらしい。そして残された依頼人はせめて自分のことを忘れないで欲しいと、大切にしていた懐中時計を託したのだ。


「あいつ……だが俺には持つ資格が無い……きっと変われると思っていた。でも結局、ここでも世界に翻弄されるだけだった……」


 そう言ってコニシさんは受け取ろうとはしない。


「資格は関係ありません。想いの形は様々です。想いをどう受け止めるか……それこそが一番大事だと思いますよ」


 私は自分の気持ちを訴えて無理やり懐中時計を握らせる。転生してもなお想ってくれる相手が居るという事、それがどれだけ大切な事なのかを転生者は忘れがちだ。しばらく沈黙していたが、やがてコニシさんは懐中時計を強く握りしめた。


「そう、だな……分かった。これは受け取るよ」

「ありがとうございます。今回は配想料を頂いておりますのでこれで失礼します」


 私は受け取ってくれたコニシさんに微笑み、ウラヌスと共にその場を後にした。

 戦場に戻ると、レルワさんは満足したのか疲れたのか分からない表情で私たちを待っていた。指揮所の惨状はどう見てもやり過ぎに見える。仕方ないとはいっても、手加減はして欲しかった。また所長の根回しが必要だろうと思うと、自然とため息が出てしまう。


「少しは暇つぶしになったわ。永く生きると暇つぶしも大変なのよ」


 レルワさんはそう言うが、私にはその言葉が本意なのかは分からなかった。その間にウラヌスは異界連絡路を開いてくれたので、私たちはようやく戦場から抜け出すことができた。


  ●


 支所に帰還すると、私は少し違和感を感じた。いつもなら所長が出迎えに来るのだが、今はそんな気配がない。


「……珍しく忙しいのかな」


 私がそう思っていると、所長が入って来た。しかしその足取りと表情はとても重く見える。


「戻ったか……ベルタが配想先で負傷した。かなりの重態で意識も戻ってない」


 所長の言葉は瞬時に私の中を駆け巡ったが、私はその場で動くことができなかった。

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