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第2話 新しい仕事、新しい厄介事

 シャワーを浴びてスッキリした私は新たな制服に袖を通す。一度仕事で着た制服は異世界の病原菌や未知の微生物などが付着している可能性があるので仕事を終えたらすぐクリーニング専用の転送ポッドで本部に送られる。だから仕事が終わるたびに新しい制服を着ることになるのだ。

 私は膝まで届く長い銀髪を乾かしてから所長室へと足を向ける。正直行きたくないが仕事なので仕方ない。


「あ、チノちゃんやっほー」

「やっほー。ベルちゃんも帰ってたんだ」

 

 廊下で私は同僚の配送員、ベルタ・ロッシに会った。「チノちゃん」と気さくに挨拶してくるベルタに私も「ベルちゃん」と気さくに挨拶を返す。彼女は私と同時期にここに配属されていて、唯一の同期でもあった。書類上は私より年上なのに全然そんな感じがしない。最近は仕事が忙しくて中々会えないのが残念だった。


「新しい仕事?」

「そうそう。今度は転生勇者様だから簡単な仕事だって」


 ベルタが所長室の方から来たという事はきっと新しい仕事だろうなと思ったが、どうやら正解だったらしい。しかも転生勇者相手の配想ときた。相手が特定できない仕事に比べれば遥かに楽な仕事だろう。


「良かったじゃん、簡単そうな仕事でさ。少なくとも前みたいな事は無さそうだね」


 私はベルタの機械化された左目の眼帯を見てしまう。以前の配想仕事で想いを受け取らなかった相手が逆上して攻撃した所為で、ベルタは左目を負傷していた。配想仕事はイメージと違って危険を伴う。転生者が皆、素直に過去の想いを受け取ってくれるとは限らない。私だって両足の膝下と右腕全部が義肢である。それでも私はこの仕事は続けようと思っているし、辞めるつもりも無かった。


 地球の暦で言うと西暦2700年頃、人類は魂を次元の違う異世界へ転移させる技術を開発して科学的な転生を可能にした。当然こんな技術は機密扱いで、使用できたのも極一部の者だけだった。しかし、民間にこの技術が流出して粗悪な違法転生が横行してしまった。政府の規制も追いつかず、悪徳業者が過去の異世界や並行宇宙に逃げてまで転生ビジネスを展開した結果、今は宇宙規模の転生ブームである。

 だが、こうした悪徳業者の転生では望み通りの結果にはならない。勇者になりたいと願っても適した世界へ行けはするが、特別なスキルが得られるとは限らない。それでも成功した稀有な例もあるので、多くの者が転生に希望を抱いてしまう。

 そんな転生者たちが転生前の世界に置いてきた他者が、届けたいと願った"想い"を届けるのが私たちの配想サービスである。


「大丈夫だって。昨日新しいお守り手に入れたし! それじゃあ行ってくるねー」


 ベルタはそう言って私と別れた。彼女はお守り集めが大好きだから、それらが彼女を守ってくれることを祈ろう。

 私はベルタと入れ違いで所長室へ入る。ライマン所長はデスクに腰掛けてコーヒーを飲んでいた。きっと砂糖マシマシだろう。それを証明するように、コーヒーの甘ったるい香りが部屋に広がっている。


「よし来たか。次は依頼人からの預かり物を第2531世界に届けて欲しい。現地の文明スケールは『タイプ2相当』。現在世界規模で戦争状態にあるから注意しとけ」


 所長は激甘コーヒーを飲みながら仕事を説明してくる。とても戦地に人を送ろうとしている態度には見えなかった。


「部下を戦地に送るのに励ましの言葉がそれだけですか?」

「お前が最初以外で失敗したことあったか? まぁ一応気をつけてな」


 所長のまったく心配する気が無い言葉を聞きながら、私は渋々端末に新しいデータを追加する。


「それからさっきも言ったが、これからは死神並行組合グリム・ギルドから来る死神を連れて行ってくれ。もうすぐ到着するだろう」


 所長は私が疑問に思っていた事を先に言ってくれた。やはり聞き間違いではなかったらしく、私はせめてもの抵抗として、露骨に嫌な顔をして見せる。


「所長、当たり前のように言いますがなんでこうなったんですか?」

「そりゃあれだ。この前の仕事で散々やらかしただろ? そのもみ消しの代わりに頼まれたからだ」


 そう言われて私は少し前の仕事を思い出す。確か不用意に戦闘を行ってその世界でかなりの被害を出していた。本来なら配想員は自衛以外の戦闘は禁止されているのだが、あの時はどうしようもなかった。私は自己防衛だと思っているが、上はそう見てくれるとは限らない。しかし所長がこの件を裏で事故として処理してくれたのだ。確かその時に掛け合ったのが『死神並行組合』だったと聞いている。


「それで代わりに死神を連れていけと?」

「そういうことだ。何でも彼女も仕事をいっぱい受け持っているようでな。それが終わるまでこっちで預かれってことらしい。それで向こうは手を打ってくれた」


 所長に説明されて私は渋々納得する。所長はこういう時に問題をもみ消してくれるので多少のトラブルは気にしなくてもいいのが良い所である。もちろん起こしたくて起こしているわけではないのだが。


「そろそろ来るはずだが……お、来たな。入ってくれ」


 所長がそんな事を言っているとドアがノックされた。所長が返事をすると、入ってきたのはどうみてもゴスロリの幼女だった。ゴスロリ風のドレスに黒髪のサイドテール、綺麗な深紅と青銅色のオッドアイが嫌でも目を惹いてしまう。身長は私より低くて幼女っぽさが滲み出ているが、どことなくプレッシャーを感じてしまう。


「紹介しよう。死神並行組合から派遣されてきたレルワさんだ」


 所長が紹介してくれた死神――レルワさんは所長の隣まで歩くと、振り返って私を心底つまらなさそうな目で見てきた。その瞳はどことなく私を馬鹿にしている様にすら見えてしまう。


「彼女が一緒に仕事をさせていただくチノン・ボーデンプラウトです。優秀な配想員なのであなたの邪魔はしないでしょう」


 所長はもう少し私に配慮するという事をしてくれないのだろうか。まるで私が足を引っ張りそうな紹介ではないか。そう思っていたらレルワさんは堂々と欠伸をしていた。なんというマイペースだろう。


「ふわぁ……面倒くさいけどしょうがないわね。チノンだったかしら? 私はテキトーにやるからそっちもテキトーにやってていいわよ」


 レルワさんは本当に面倒くさそうな口調で言ってくる。きっと心の底から今の状況が面倒なのだろう。私のイメージにあった死神とは全く違うみたいだ。


「レルワさんは死神並行組合が追っている違法転生者の魂を回収なんかを頼まれている。お前の行き先でそれを見つけたら単独行動で仕事に当たるそうだ。間違っても置いていこうなんて考えるなよ?」


 所長はレルワさんの仕事について説明するが、私が考えていた事に釘も刺してきた。こういう所は本当に抜け目ない。

 違法転生者とは、大抵の場合「転生を利用する逃亡犯罪者」を指す。この場合警察では追跡できないので、死神並行組合が代わりに対応している。本来は宇宙の魂を管理する目的で死神たちが立ち上げた組織らしいが、今の転生ブームでそういった仕事も請け負っているらしい。


「所長、理由は分かりましたがなんで私に付けるんですか?」


 私はもうひとつの疑問をぶつける。もみ消しの代わりにレルワさんを送ってきたのは理解するが、誰かと一緒に行動させる理由は見当たらない。なら勝手に行動させれば良いのではないだろうか。


「向こうからの厳命だ。彼女に極力単独で仕事をさせないようにともの凄く念を押されている。それならお前が連れて行って仕事を終わらせてもらう方が良いだろ?」


 所長の答えは何となく理解できた。なんせ人前で堂々と欠伸して、口を開けば「面倒」なんて言葉が出てくるような人だ。きっとひとりにしたらサボるのだろう。なんで彼女が選ばれたのか理解できたような気がした。


「じゃあ話も付いたし仕事に掛かってくれ。俺はこれから本部と通信会議だ」


 所長は勝手に話を終わらせて奥の部屋に行ってしまう。この人も大概マイペースだ。私もそうだが、この支所にはマイペース過ぎる人しか居ない。


「はぁ……それじゃあ行きましょうか、レルワさん」

「あら、意外と仕事熱心なのね。面倒だしもうちょっと休んでから行かない?」

 

 私は仕事を始めようとしたが、レルワさんはナチュラルにサボりを勧めてくる。やはりこの人が送られてきた理由はそういう事なんだろう。


「さっさと終わらせてから休んだ方が良くないですか?」

「うーん……まあ一理あるわね。じゃあ行きましょ」


 レルワさんは顎に手を当てて考える素振りを見せてから仕事する気になってくれた。これで折れなかったらどうしようかと思っていたので良かった。


  ●


 私はレルワさんを連れて支所の地下にある異界連絡路のゲートに向かい、傍の充電ポートで寝ているウラヌスを起こした。


「もう仕事ですかマスター。えらく熱心ですね」


 ウラヌスまでそんな事を言ってくる。そんなに言うなら今度サボってやろうかな。


「そちらの方は?」

「死神並行組合のレルワさん。これからの仕事に同行するって」


 レルワさんに気付いたウラヌスの問いに答えると、ウラヌスは「よろしく」とだけ挨拶して私の端末から新しい情報をインプットした。


「機械は好きじゃないわ。魂が無いのに生きているなんて不気味だし」


 レルワさんもかなり空気を読まないらしい。私は先行きが不安になってきた。ウラヌスは何も言わずに異界連絡路の通路を設定している。こいつに心があればきっと怒ってるだろう。


「設定完了。2531世界へのゲートが開きます」


 ウラヌスが起動させたゲートが開くと、私は気持ちを切り替える。

 配送員は転生者への想いを届ける使命がある。その想いに対する「重み」を無下にはできない。だからこそ、預かった想いは必ず届けなくてはいけない。それが私の仕事に対する信条だ。


「それじゃあ行きましょうか。想いを届けに」


 私はゲートを潜る。託された想いと共に。

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