第1話 その想い、転生者に届けます
涼しい風が吹いて私の頬を撫でていく。あちこち歩いてようやく見つけた日陰に座り込んだ私にとって、この風はとても気持ちいいがどこか寂しい気持ちを感じさせてくる。
私はふと顔を上げて空を見た。太陽がこれでもかとばかりに輝いていて、地上にいる私たちの事など気にも留めていないようだ。実に恨めしい。
「こんな所に転生ねぇ……」
無意識にぼやきが出てしまった。仕事じゃなければこんな世界には絶対来ないだろう。相手は一体何を思ってこんな世界に転生したんだろうか。いくら宇宙規模で転生ブームが起きているからって、こんな世界に転生するなんてモノ好きも良いところだろう。もしくは最近まで文明があって理想の転生先だったのか……。
私――チノン・ボーデンプラウトはそんな事を考えながら世界を見渡した。周りはどこを見ても砂漠で、崩壊したビルの残骸があちこちに見えている。どう見ても文明が崩壊している光景に、私はため息をつく他無かった。
「はぁ……事前調査が当てにならないのは勘弁だわー」
私は文句を言いつつ事前に聞いていた情報を思い出す。出発前には現地の文明スケールは『タイプ3ベータ相当』で、宇宙進出可能かつ魔法概念のある世界だと聞かされていた。しかし実態は目の前の光景通り、文明なんてあったものじゃなかった。
私は座ったまま手帳を取り出して思ったことを書き記していく。こんな世界だろうと記録は残したい。異世界は一期一会なのだ。訪れた異世界を記録するのは私の趣味でもあるけど、その世界で何があったかを思い返すための日記でもある。
『銀河時間15時33分 場所、第3822世界 チノン・ボーデンプラウトが記す。
この世界では他の世界とよく似た概念――魔法と呼ぶべきものがある。ここではその源は「エーテル」と呼ばれているらしい。実に有り触れている。なんてことの無い概念だ。しかし最近ではこの魔法の概念がある世界が転生先として人気らしい。正直なところ私には何故そこまで人気なのかが分からない。確かに数ある世界の中で魔法の無い世界の方が多いのは知っているが、ここ最近転生者が多くて少しうんざりすることがある。まぁ、それでも仕事なのでやるのだが――』
私がそこまで書き記していると、無機質な機械音声で横やりが入ってきた。
「仕方ありません。3822世界の観測記録は7年前から更新されていませんから」
その無機質な声を聞いて私はそっちに目を向ける。そして声の主を見てからもう一度ため息をついた。
「はぁ……ウラヌス。あんた来る前にこうなってるって知ってたでしょ?」
私は隣に立っている人型のヒューマノイドロボットを問い詰める。私が「ウラヌス」と名付けたそいつは表情はないが、どこか私を馬鹿にしているようにも見えてしまう。
「はい、情報を確認しました。マスターはもう知っているとばかり思ってましたが?」
ウラヌスはいつもの無感情な口調でそんなことを言ってきた。確かに情報確認はしていなかったが、まるで私を馬鹿にしているような言い方は少し腹が立つ。こいつの論理回路は人を苛立たせるのが本当にうまい。
「はいはい私が悪かったわよ……それで、配想先の特定は?」
私は途中まで書き記した手帳を仕舞いながら立ち上がる。もう少し休憩したいが、さっさと仕事を終わらせて帰る方が楽だと思ったからだ。その為には『配想先となる転生者』を探さなくてはならない。
私の仕事は配想員である。
配想員とは異世界に転生した者に、転生前の世界からの「想い」を届ける役目を担う仕事である。簡単に言えば異世界の郵便屋みたいなものだろうか。今回はこの第3822世界と呼ばれる場所に転生した者へ「想い」を届ける仕事で来ている。想いと言っても形は様々で、手紙や音声メッセージは勿論、思い入れのある品物まで様々なものを扱う。私はその託された想いを転生者に届ける役目を担っているのだ。
「ここまでの聞き込みからカリースという男が転生者と判断します。その人物は10キロ先の集落に居るとの情報です」
ウラヌスはここまで私たちが集めた情報から転生者の居場所を予測してくれる。配想先の世界は特定できても、誰が転生者なのかまでは特定できない。だからこの仕事は配想そのものより配想先を探す方が大変なのだ。
「10キロ!? もし間違ってたらどうするのよ?」
「マスターのいい加減な調査結果に比べれば87%の確立で正確です」
本当にこいつは憎たらしい。確かに私の調査は粗はあるが流石に言い過ぎだろう。だがこいつが居ないと私は異世界を渡れないし、帰ることもできないから付き合うしかない。耐えるんだ私。
「まったく可愛げがない……じゃあさっさと行きましょう」
私は怒りを抑えてウラヌスが示した方角へ歩き出す。ウラヌスもその後に続いて、私たちは再び砂漠を歩きだした。
●
だいたい2時間は歩いただろうか。私は額をとめどなく流れる汗を拭いながらひたすら砂漠を歩いている。後ろを振り返るとウラヌスが平気な顔で付いてきているのが見える。もちろんロボットに表情なんて無いのだが、なんとなくそんな風に見えてしまう。かくいう私も足に疲れが溜まっているという訳ではない。両足の膝から下は機械義肢なので壊れない限りずっと歩いていける。と言っても砂漠なので機械には優しくないからできれば早く離れたい。その為には早く目的地に着かなくてはいけない。乙女にとってこんな環境は髪と肌が痛むからさっさと仕事を終えて帰りたかった。
「ここがそうなの?」
私はようやく辿り着いた集落らしい場所で足を止める。人の姿はあるが、皆私たちを見るなりそそくさと逃げてしまう。きっとよそ者を歓迎しないのだろう。そんな事にはもう慣れている。
「エコ-ソナーに反応があります。ここから250メートル先です」
ウラヌスはエコーソナーで転生者を割り出していた。転生者は転生する時に魂に痕跡を残すので、これで転生者を見分けられる。ウラヌスの情報を頼りに更に歩くと、そこには小さな小屋が建っていた。
「ここかしらね」
「反応はここから出ています。内部に生命反応も探知。間違いないでしょう」
私が確認を取るとウラヌスは淡々と説明してくれた。ここまで言うなら間違いない。私は小屋の前に立って扉をノックした。
「すいませーん、こちらはカリースさんのお宅でしょうかー?」
私は声を上げて呼びかけるが返事も無いし扉が開く様子もない。しかし誰かがいる気配は確かにあった。
「出てきませんね」
「まあ予想通りね。それじゃあ……」
相手が出てこないので私は次の手を使う。肩に掛けた鞄から端末を取り出して情報に目を通した。
「ええーと……では改めまして、カリースさん改め転生者スコット・ライリーさん。お届け物がございまーす!」
私は端末情報にある名前を見ながら相手の本当の名前を叫んで再びノックする。すると今度は小屋の中で物音がして、少し待つと扉が開かれた。
「誰だお前!? どうしてその名を……」
上手くいったようだ。転生者は転生前の名前を口にすれば殆どの場合、何かしらの反応をするものだ。
出てきたのはみすぼらしい姿をした男で、明らかに私に警戒の目を向けている。
「私は配想員のチノン・ボーデンプラウトと言います。あなたが転生する前の世界より想いをお届けに参りました」
私はいつもの仕事口調で自己紹介をすると肩に掛けた鞄からタブレットを取り出す。そしてその画面を相手の方に向けて起動した。タブレットの画面に映し出されたのはひとりの女性だった。彼女の姿を見た瞬間、スコットさんの表情が強ばった。
『スコット。聞こえているかしら? 私を覚えていれば良いのだけど……あなたが私の元を離れて転生したと知った時はとてもショックだったわ――』
静かに語られていくメッセージ。それこそが、彼が前に居た世界から届けられた想いだった。
「メアリー……今になって……ううぅ……」
スコットさんは崩れるように地面に膝をついて涙を流していた。転生者はしばしば過去を忘れようとする。しかし、残された者たちが届けたい「想い」だってある。それを伝えるのが私たち、配想員の役目だ。きっと彼も異世界転生で何かを変えたかったのだろう。しかし転生先で必ず成功するとは限らない。ここみたいに転生先の文明が崩壊してしまえば、例え魔法が存在していてもまともに生きていけないだろう。そういう事はこの宇宙ではよくある事だ。
「確かに想いを届けました。それでは……」
メッセージが終わると、私はタブレットを仕舞ってから書類を取り出す。
「今回の配想料を頂戴いたします。今回は着払いで依頼を頂いておりますので」
私がそう言って伝票を突き出すと、スコットさんは呆然としながら私を見つめていた。これは早まっただろうか。
「やはりマスターはこの仕事がよく似合っているようです」
ウラヌスの辛辣な皮肉を前に私は反論できなかった。
でもまあこれで、今回も配想完了である。これが私、配想員チノン・ボーデンプラウトの仕事なのだから。
●
それから仕事を終えて、私はウラヌスが起動してくれた異界連絡路を通じて支所へ帰還した。
「お、帰ったか。シャワーは使えるようにしてあるぞ」
「流石所長ですね。気が利いてて素敵です」
異界連絡路の先で出迎えてくれたのはここの支所長であるライマンさんだ。仕事の疲れを癒すために、まずはシャワーを浴びることにする。こういう時所長はとても気遣いができていてとても嬉しい。
「シャワーから出たら次の打ち合わせな。次の仕事から死神を連れてってもうらうからそのつもりで頼むぞ」
所長はそれだけ言ってどこかへ言ってしまった。
私は所長の言葉の意味が理解できずしばらく動けなかった。