転生したら原始時代だったんだが?
原始時代に転生する話を思いついたので書きました。
絶対誰かが先に書いてるし似たような話がいっぱいありそうですが大目に見てください。
異世界転生、と言えば剣と魔法のファンタジー世界か、中近世ヨーロッパ的な異世界が転生先であるのが不文律。
皆蔵総一も数々の異世界転生ジャンルの作品に触れるうちにそんな価値観を持つようになっていた。
だが。よもや自分が異世界転生する立場になってみて、その価値観が崩れることになろうとは思ってもみなかった。
なんせ、総一が転生したのは剣も魔法もない原始時代だったのだから。
仲間——というか群れの人間は毛皮を纏い、石器で狩りをしたり木の実や水を集めたりするグループに別れる。前者は健康な男で、後者は未熟な子供や女が担う。若い男である総一は前者に属している。
老人はいない。なる前に死ぬのだろう。そういえば昔テレビか何かで原始時代の平均寿命は二十代だったと言っていた記憶がある。
長生きしても四十に届かないくらいの超ハイペースな人生だから、総一にも妻と子供がいる。
原始時代にも夫婦や家庭の概念はしっかりあって、総一は妻と子供の食い扶持を稼ぐために毎日死に物狂いで石器を振り上げて野生動物を追い回している。獲物は草食動物ばかりではなく、時にはメスライオンか模様のない虎のような猛獣と出くわしたりもするので本当に命懸けだ。実際何人も仲間が死ぬところを見ているので、次はいつ総一の番が来るのかわかったものではない。
狩りで疲れ果てて集落に帰ると、残っていた女子供が総出でわーっと出迎えてくれる。かけられる言葉は「おかえり」でも「お疲れ様」でもなく、「ウー」だ。
原始時代だから当然言語なんてものはない。言葉は「ウッ」「オッ」の短音と「ウー」「オー」の長音が二つずつ、計四種類。これに細かい表情や声音のニュアンスが付随して、意思疎通ができる。
総一も前世の記憶を思い出した頃にはすっかりこの原始話法に適応しきっており、前世で使っていた日本語などすっかり話せなくなっていた。
仔細を伝えるのには言語というのは実に便利だが、原始時代にそんな繊細なコミュニケーションは求められないのだ。「あれが欲しい」ならそれを指差して「ウッ」で済むし、「あいつにあれを三つやってくれ」なら当人と現物を指差すか、ジェスチャーで対象物を伝えて、三を示すのに「ウ、ウ、ウ」と短く刻んで言う。
細かい不文律はあれど語彙を要しない会話は慣れてしまえば大変に楽だ。なんせ迂遠な言葉使いの裏を読んで込められた意図を察することなど全くないのだから。目を吊り上げて「ウオ、ウオオ!」と言われたら怒っているし、目を細めて優しく「ウウー」なら好意を示されている。シンプルが故に単純明快だ。
時折現代の娯楽や食事が恋しくなることもあったが、忙しない毎日に追われていれば懐古に浸る間もない。再現するにも文明すら未熟な原始時代で何をどうやって現代知識チートなどやるんだ、という壁にぶち当たって、総一は早々に全てを諦めた。
総一は今、名もなき群れの男の一人としてそこそこ立派にやっていけている。そう遠くないうちに獣にやられるか病や寿命で死ぬだろうが、妻も子供も群れの仲間がなんとかしてくれるはずなので未練はそんなにない。
また生まれ変わるなら文明の育った、娯楽があってゆったりとした人生を過ごせる世界がいいなあ、というのが唯一の望みだった。